3-2.朋友遠道而來,不好玩 2010

朋友遠道而來,不好玩 ①

 九月九日、沖縄県宜野湾市宇治泊周辺、沖縄外縁道。

 青い空、白い雲。

 車窓の右手には、六〇年代SFのイラストのように半円形の透明アクリルガラスに覆われた、高架鉄道がきらめいている。

 そして屹立する巨大な白亜の建造物。


「右手に見えますのが沖縄環状鉄道、その向こうにありますのが普天間宇宙港です」


 その巨大なロケット組立施設と管制施設の向こうに、合衆国海兵隊の駐屯地司令部があるわけだ。

 黒髪を後ろになでつけたアジア人男性乗客は、沖縄周遊観光バスの車窓からの風景を眺めながら、そのように思った。

 彼は外形上は、まったく、ただの観光客にしか見えない。

 ただ彼のすぐ後ろに座る、秋津洲公安警察外事課のものはそうは思っていない。

 バスの左手前方には、嘉手納空軍飛行場と、その手前の海水浴場が見えてきた。

 飛行場から二機、秋津洲海軍航空隊の七式艦上戦闘機が離陸していく。

 轟音が遅れてやってきた。



 九月十五日、キャンプ・シュワブ西方、屋外長距離射撃演習場。

 例によって屋外射場で特設救難第9小隊を待ち受けていたシュミット中尉は、朝から陰鬱な気分だった。

 理由は受領した命令にある。


『特設救難第9小隊の東側火器使用訓練に於いて、ファースタンバーグ三等軍曹には格別に精度の悪いものを使用させよ』


 ファースタンバーグ三等軍曹の腕は本物以上だ。

 誰もがその腕を認めている、まさに完璧で究極のスナイパー。

 だが、そのこだわりは軍務に支障を来しかねない。

 バーレットの一件はスミス大尉の忠告通り、「ファースタンバーグ問題」のほんの入り口にしか過ぎず、この一カ月でシュミットはそれを思い知った。


 そのわがまま嬢ちゃんに、どうやってその命令を呑ませるか。

 それを考えるだけで胃が痛くなる思いだった。

 ところがである。


「……おはようございます、中尉殿」


 仏頂面で現われたファースタンバーグは、何も言われずとも一番使い込まれているように見えるSKSカービンを手に取った。

 旧ソ連が第二次大戦終了後に開発したセミオートカービン半自動短小銃で、状態の良い者であれば合衆国のスポーツシューターやハンターも使用している。

 だがヴェトナムで回収されて以来、数々の沖縄駐留合衆国兵に手荒に扱われてきたそれは、素人目にも見てもガタガタのボロボロだった。

 木製の銃床は傷だらけ、鉄の機関部と銃床の間は隙間ができて、金属部分はさびができたり摩耗したり。


「おはよう三等軍曹。弾薬はそっちだ。飽きたらこっちのAKMAK小銃改正型だ」

「……アイサー」


 気乗りしない様子で、それでも愚痴をこぼさず、とぼとぼと弾薬係下士官のもとに向かうファースタンバーグ。

 その後姿を見てシュミットは訝しんだ。

 続いてやってきたジャクスン二等軍曹に尋ねる。


「おい二等軍曹スタッフ・サージャント。君の相棒はどうしたんだ?」

「大丈夫ッスよ。撃ってるうちに機嫌良くなりますって。ありがとうございます」


 心配するシュミットをよそに、ジャクスンは朗らかに答えた。

 だがあまり芯を食った返答ではない。

 それに疑問を差し挟む間もなく、ジャクスンはSKSを手に取り立ち去った。

 なんなんだありゃ、と思っていると、次にやってきたのは事務所勤めのはずのホウプネフ中尉だった。


「あれっ、君もか?」

「そりゃあ海兵たるもの、まずライフルマンたらねばなりませんもの」


 彼女も涼しい顔でAKMを受け取り、弾薬を受領するといそいそと射場へ向かう。

 あまりに鮮やかすぎて、シュミットはただ見送るしかない。

 そうこうするうちにスミス大尉がやってきた。

 彼は難しい顔でモシン・ナガンを受け取ると足早に去っていき、その様子がどうにも、シュミットの心を泡立たせた。


 第9小隊はその後一週間かけ、東側領域の銃火器の射撃訓練を実施した。

 SKS、AKM、AK74に豊和八八式、北方機工公司ノリンコ九七式。ヴェトナム帰りの三十八式小銃やM16A1にMAS36、DshkにPKMにRPDなどの機関銃、RPGや各種のライフルグレネードに、最後にはタイの密造銃。

 そして翌週には、第9小隊の一部は沖縄からいなくなってしまった。

 その意味をシュミットが知るのは、1カ月後のことだった。



 九月二二日、那覇国際空港、国際線コンコース。

 魔族合衆国人の男女連れ6人が、荷物を持ったまま何やらうろうろしている。

 人種は雑多だ。服装はバラバラ、社会階層はそれほど近いようにも見えない。

 ひどく痩せぎすでブランド物のスーツを着こなすオーク男性、スレンダーな優良企業の秘書風な黒エルフの女性、Tシャツにデニムのスライムの男と、同じ格好の肉感的な黒エルフの女性、白い肌の目立つサングラスをかけたスマートな男性は吸血鬼であろうか。さらに派手すぎる衣服と体つきのオークの女性もいる。

 ややあって、彼らは目当ての人物を見つけたようだ。

 黒髪を後ろになでつけ、サングラスをかけた中年のアジア人男性に声を掛ける。


「陳さん。探しましたよ」

「お会いできてうれしいです、ウイルさん。わかりにくいところに居て申し訳ありません」

「広州行はこちらで?」

「ええ。一時間後です」

「ふぅ。間に合ってよかった。大学時代の同級生同士でグループ旅行しようっていうのは良かったけど、合衆国から清龍帝国ちゅうごくへは直行便無いから」


 彼らの後ろの人ごみの中に、うら若い秋津洲人女性が二人見え隠れする。いいところ女子大生ぐらいの年かさで、ふたりともひどくかわいらしい。

 中年男性はそれに気が付いたが、取り立てて気に留める様子は見せなかった。


「では早速、搭乗手続きと出国審査を済ませてしまいましょう。早めに搭乗ゲートに並ばないと、席を横取りされてしまいます」

「そうですね。では、お願いいたします」


 そうして一行は搭乗手続きと手荷物預かり窓口に並んだ。

 そのあとに先ほどの秋津洲人女性たちが並び、それを何の変哲もない一般人にしか見えない男たちが見ていた。



 八時間後、四川省成都。

 都市中心部の三十九階建て高級ホテルの最上階、レストランのVIPルーム。

 合衆国人の団体旅行客と目立たない男の一行はそこにいた。


「ふぅ。もういいかな?」

「ええ、皆さんご苦労様でした」


 円卓に腰かけた魔族たちは、それでようやく息をついた。


「集団デート旅行ねぇ。こんなバレバレのカバーでうまくいくとは思えないけど」

「いいじゃないか。デートが嘘なのは間違はないが、お前たちが付き合ってるのは本当なんだから」


 ピンクの肌をしたジョニー・ジャクスン海兵隊二等軍曹が軽口を叩くと、蜘蛛のように手足の長い痩せぎすなオーク、ウェイラー・スミス大尉が少し投げやりな調子でまぜっかえした。


「どうですかジョー。いっそスパイディと付き合ってみては?」

「うーん。悪くはありませんけど、私まだそういうのピンときませんのよ」


 体格の良いほうの黒エルフ、エリザベート・ファースタンバーグ大尉が幼馴染としての態度と下級者としての態度をごたまぜにした言葉遣いで水を向けると、スミス大尉の横に座るスレンダーな黒エルフ、ジョー・ホウプネフ中尉は小首をかしげた。

 スミスが盛大に苦笑するが、ホウプネフに悪気は一切ない。

 そういう女だ。


「もったいない。中尉殿も誰かと付き合えば、もっと女ぶりが上がりますよ」

「私はそういうの良くないと思うなぁケイティ。ご本人にお任せすべきだよ」


 と、こちらはとっくに結婚しているケイティ・ステュワート三等軍曹と、アラン・ステュワート海兵隊二等軍曹。

 ケイティは秋津洲の漫画に出てきそうなセクシャルすぎる体形のオークで、私服の今はその緑の肌を惜しげもなく見せびらかしている。

 一方、妻の無邪気な物言いに苦笑いしながら苦言を呈したアランは、透き通るような白い肌の吸血鬼。サングラスで誤魔化してはいるが、その実この場の男性陣で一番ハンサムではあった。訓練兵としての字名はヘルシング、体力錬成小隊上がりの、ジャクスンの訓練同期だった。


「俺の意見は聞かないのか? まぁいい。陳さん、いや、劉大佐。改めて話を伺いましょう。どうせなら二週間前、キャンプ・コートニーで聞いたのよりもうちょっと突っ込んだ話が聞けることを期待しますよ」


 ブランド物の小キレイなシャツの襟と背筋を正し、スミス大尉が中年オールバック男性に声を掛ける。

 一行の案内役、陳さんこと劉大佐は、困ったような微笑を浮かべながら、皆に食前酒を進めるのだった。

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