ジョー・ホウプネフ

「よう」


 夕方、よりはやや早く十五時ちょうど。

 那覇駅前で集合したファースタンバーグの格好に、ホウプネフは言葉を失った。

 つまり、身長百七十センチ、ストレートヘアを高い位置でポニーテールにし、サマージャケットとスラックス、シルクのワイシャツで身を固めた黒エルフの美男が、パンクバンドのTシャツとビンテージジーンズ、スケートシューズと安物のサングラスをかけ、何やら荷物をあれこれ抱えたジャクスン三等軍曹を従え、ファースタンバーグの声で「よう」と声を掛けてきたからだ。


「は? え????」


 自分のよく知る声が眼前の見覚えのない男性からするのだから、当然混乱する。

 ついでに言えば周囲の女性の視線は、男装したファースタンバーグに注がれている。

 下手をすると、女連れのいかにも女好きそうな浮ついた雰囲気の男すらもが目を奪われている。


 実のところを言えばホウプネフもすこぶるつきの美人である。

 カラスの濡れ羽色のような艶めいた黒髪をあごのラインから立ち上がるようにショートカットにし、ファースタンバーグほどではないにしろ存在を主張する胸と尻は美しいラインを示し、それをひざ上十五センチまでスリットの入った臙脂色のタイトミニと暗褐色のベルト、薄黄色の袖なしブラウスでまとめている。

 つまるところがバリキャリ風な姿なわけで、それはそれで視線を集めていたが、いまやまるで人々の関心を集めていないことから、ファースタンバーグの出来の良さを察していただきたい。

 

 さてそんなホウプネフに、


「んだよ、呆気にとられた顔して。さては俺に惚れたか?」


 とファースタンバーグがニヤニヤしながら尋ねると、ホウプネフは顔を真っ赤にしつつも気丈に言い放った。


 「おあいにく様。私、他人の女に懸想するほど暇ではありません事よ!」


 叫んでそっぽを向いたところで、ファースタンバーグのニヤつきが大きくなった。

 その腰を横からジャクスンが抱き寄せ、ささやくように注意する。


「あんまりからかうなよ。そういうのは俺かアイシャ相手だけにしとけ」

「怒った?」


 ファースタンバーグの、猫のようないたずらっぽい笑み。


「妬けたんだよ」


 ジャクスンはサングラスをちょっと上げて男らしい微笑みを見せ、ファースタンバーグの頬にキスをした。ファースタンバーグの蕩けるような笑み。

 周囲で見ていた女性たちの中から黄色い悲鳴が沸き上がる。

 ジャクスンはスライム男性であるから普段の肌の色はピンク色だが、よく見ればかなりハンサムな顔立ちではあったからさもありなん。

 とはいえこれはいかさまキザが過ぎるのではありませんこと、このクソクソクッソあっちぃのは絶対にこの二人のせいですわ、そうに違いありません。

 ホウプネフはそう思いながら、手で顔を扇いだ。

 駅前ロータリーに掲げられている電光掲示板では気温摂氏三三℃となっていたから、ホウプネフは多分正しい。



「とりあえずその格好! もう少し女らしくなさいませ!!」

「んだよお前こそ変わってねーじゃん」


 というわけでショッピングである。

 そういうことになった。


「ところであのどっしりしながら弾力感のあるお乳はいったいどちらへ……? あのみずみずしい大きなトマトのような張りのあるお尻は……そもそもあなた本当にエリザベートですの?? 私のエリちゃんを返して!!!!」

「ジョーが壊れた(笑)」

「わろてる場合か(笑)」


 ちなみにさっきの場所からまだ一歩も動いていない。

 ので、ジャクスンが二人の背中を押して、ファッション街のほうへと押していく。


「んでレイザーなんですけどね、これ補正下着っす」

「は!?!? 嘘をお言いでないですわよ!?!?」

「マジマジ(笑)。圧迫感あるけどさ、これなら痩せマッチョ男とかで通るだろ? いや―もうテンション上がっちゃってやべーのなんの(笑)」

「なー。さっきも何買うかスゲー悩んだけどいいスーツ有ってよかったよな」

「え? もうお洋服買いましたの!?」

「てか今日は元からそのつもりだったんだよ。あそこの角曲がるとオタク街なんだけどさ、そこのコスプレ? 衣装屋にその下着あるって聞いててさー」

「沖縄来たのは結構前だけど、訓練漬けでなかなか来れなかったからなぁ」


 結構買い物しちゃって割と財布ヤベーが? とジャクスン。

 でももう一周するのも悪くねーよな、とケラケラ笑うファースタンバーグ。

 ホウプネフは小声で「出遅れましたわね」とつぶやいた。

 


「やっべ何着ても男にしか見えませんわ!?」

「だろ~~~~~~??」

「いやー格好いい。マジ最高。いや~~最高……はぁもうマジ無理……しんど……」

「そんでこっちは脳が焼けてらっしゃいますからね? わかりますけれど!!」


 ファースタンバーグが試着室から出るたびに、ジャクスンとホウプネフは大騒ぎ。

 若者向けのファストファッション店であるから、品ぞろえは幅広い。

 キレイめ、ワルめ、タイトフィットにルーズフィット、ストリートにオフィスカジュアル。

 調子に乗ってあれもこれもと試すうち、周囲にも見物客の輪が広がる。


礼服ブルードレス着てた時から男装似合うなぁとは思っていましたけれど、よもやこれほどとは……」


 などと言いながら、ホウプネフは「あれも」と傍らの店員に購入の意思を示す。

 購入した分は上下一そろいでもう一〇セットにもなろうか。

 さすがに騒ぎも荷物も大きくなりすぎ、ちょっといたたまれなくなってきたファースタンバーグは退店を促す。


「もういいよ。さすがに悪い」 

「そうですわね。ではこちらのお店はこれぐらいで」

「「こちらのお店は!?」」


 ホウプネフの返事にファースタンバーグとジャクスンは声を合わせて驚くが、ホウプネフはまったく気にしない。


「次行きますわよ!! あ、こちらの荷物はキャンプシュワブへ……え? 送ってはくださらないの? んもう、仕方ないですわね。はいじゃあジャクスンさんこれ持って。ハイハイはやくはやく」


 と言って入ったのは向かいのやや特殊な女性向け衣料品店。

 黒かったり白かったりする店内は、なんだかフリフリゴスゴスしている。


「えちょ、俺はこんなの着ないからな!」

「まぁまぁまぁまぁいいからいいから。店員さん! この子に似合いそうなの何着か見繕ってくださいまし!! それで救われる命もありますのよ!!」

「ヨロコンデー!!」

「にゃあああ!?」


 どうやらこのロリ系ファッション店店員、先ほどの騒ぎを聞きつけて手ぐすね引いて待っていたらしい。

 フリル過多の衣装を何着も用意して、ファースタンバーグを試着室に押し込んだ。

 あまりの手際の良さにジャクスンがポカンとして見ていると、ホウプネフがせいせいした顔をしてジャクスンに並び立つ。


「私昔から、あの子に一回こういう女の子女の子したヤツ着せたかったんですの」

「ま、まぁわからんでもないですが」


 ジャクスンの合いの手にあまり深い意味はなかった。

 それを「どうでもいい」と受け取った、ホウプネフの血圧は急上昇した。


「なぁにをおっしゃいますのこのプルプルゼリー!! あぁんなクッッッッッソカッコいいイケメン捕まえといて、なぁんでこういうとこ連れてきませんの!! おバカですわ超おバカ!! 恥を知りなさい恥を!!」


 一応は小声でジャクスンをしかりつけるホウプネフ。


「いやだってアイツは自意識男なんだし、本人が着たがらないから……」


 そしてまたも芯を外した反論をするジャクスン。

 そういうとこだぞジャクスン。

 当然ホウプネフはキレ散らかした。


「こンのバッッカヤロウ! ああいう! バチクソイケメンが! 普段着なれない女の子服着て! クッソ恥ずかしがる様からしか! 得られない栄養がありますのよ! それをみすみす見逃すとかどーゆー料簡ですの!?!? お脳ドタマが沸いていらっしゃるんじゃないかしら!?!?!?」


 言ってることが無茶苦茶である。


「あいつに聞いたら、小さいころに女の子の格好させようとしまくったのって中尉殿らしいですが、えと、つまり……」


 やっと芯を食った質問をするジャクスン。

 若い頃に訓練教官たちに味あわされた恐怖とは、また別種の脅威を感じている。


「ンなもんイケメンに女の子の服着せたらクッソ楽しいからからに決まってますわ。イケメンの恥じらいはDNAにも素早く届く。イケメンの女装で寿命が延びる。ガンにもそのうち効くようになります」


 言ってることが無茶苦茶である。

 だがしかし後ろで聞いている店員たちは、まったく然りとばかりに何度も深くうなづいている。

 と、その時、更衣室のカーテンがジャッと音を立てて勢いよく開いた。


「そういうことかよテメェ……俺がホントに男だってこと判っててあんなこと言ってたんだな……」


 眉間に青筋立てた白基調の長身褐色耳長巨乳甘ロリが、ドスの利いた声で怒りをあらわにする。でっかいボンネットとひざ丈スカートにレースの手袋、ちょっと食い込んだニーソックスが可愛いね♡


「あら、もちろんそうですわ。郷のどの男の子よりも、あなたが一番かっこよくて、一番男の子らしかったんですもの」


 対するホウプネフは、涼しい顔でいけしゃあしゃあ。

 傍らのジャクスンの肩をつかんで引き寄せ、細くしなやかな指で顎をつかんでファースタンバーグをしっかり見させる。


「それより怒っちゃだめですわ。ねぇジャクスンさん? しっかり見て差し上げて」


 ジャクスンは声もだせない。

 あうあうと何か呻くばかりで、体色が急速に虹色になり始める。


「あらあらあらあら、先ほどの気障な態度はどちらへ行ってしまいましたの?」

「や、だって、その、あの、心の準備が、その、こんな、か、かわいいなんて」


 ホウプネフがジャクスンの耳元でささやくと、彼はファースタンバーグから目を離せないまま、上ずった声でぎくしゃくと言い訳をする。

 それを聞いて、ファースタンバーグの褐色の肌は急速に赤みを増した。

 頃や良しとみるとホウプネフは、軍隊言葉でファースタンバーグを怒鳴りつける。


「三等軍曹! 気を付け! リラックス! 足は揃えて内またで! 両手はペンギン! 小首をかしげて! 体の向きは! 右三〇度! こっちを向いて微笑んで!」

「ヤッター! アリガトウゴザイマス!!」

「生きててよかった……」


 店員たちが歓声を上げる。

 カワイイの完成である。

 ジャクスンは石のように──もといプラスチックのマネキンのように固まり、ファースタンバーグは目を白黒させてホウプネフの言いなりになり、ホウプネフと店員はこれでもかとばかりに携帯電話のカメラで写真を撮りまくる。

 はっと我に返ったファースタンバーグが声を荒げようとして、ホウプネフが店員たちに号令を掛ける。


「はいはいでは次行きましょう次!!」

「カシコマリー!!」


 甘ロリ、ゴスロリ、ロリパンクにロココ調のイブニングドレス。

 ホウプネフは彼女いうところの栄養を存分に吸収したが、油断したところを自棄になったファースタンバーグに試着室に連れ込まれ、そろいのメイド服や執事服を着せられて無事昇天した。

 なおジャクスンはあまりの「「「良さ」」」に爆発四散したのち、店員の手によって掃き集められ、なんとか「「「戦死」」」は免れた。



「くそったれ、昨日はひどい目にあったぜ」

「まだ怒ってんのかよ」

「うるさいよ。次はジョニーも着ろよ、あのフリフリのやつ」

「ぶははは」


 次の日月曜日。

 第9小隊は営内待機とされていた。

 ほかにも沖縄駐留部隊の司令部要員もそうなっていたし、運の悪い当直要員は沖縄の夏の日差しと潮風の中を小銃抱えて勤務していた。

 待機は通常勤務ではないとはいえ、休暇でもないので、営庭なりどこなりで朝礼はしなくてはならない。

 というわけでTシャツと迷彩ズボンで営庭に赴いたジャクスンとファースタンバーグ、とほか数名。

 その日も沖縄は快晴で、キャンプシュワブには気持ちのいい風が吹き渡っている。

 ビーチでバーベキューやろうぜ、いやいやそんなことしたら基地司令がすっ飛んできて全部食われちまうなどと、みな思い思いにくっちゃべりながら、ストレッチしたり軽いPT筋トレをして士官たちを待っていると、スミスとロレンツォ、ほか数名の士官がやってきた。

 彼らもジャクスンたちと似たような格好だったが、一人だけ勤務服Bサービスドレスをぴっちり着込んで、制帽を小脇に抱えた者がいる。


「あら、おはようございます」

「あれ!?」

「お、お前なんでここに!」


 にっこり笑って愛想を振りまくホウプネフだった。


「レイザー、士官にお前はないだろう」


 スミス大尉はニヤニヤしている。


「あー、で、知ってるやつは知ってるが、知らない奴は知らんだろ。ジョー・ホウプネフ中尉。今日からMARSOC第三襲撃支援大隊本部小隊だ。偵察狙撃は持ってないが、偵察と通信、兵站管理業務のスペシャリストだ。俺たち特設衛生大隊第三中隊は、まだこの9小隊しか編成が完結していない。よって管理業務は第三襲撃支援大隊に手伝ってもらってるわけだが、そこでホウプネフ中尉にも関わってもらうことになる。みんな敬意をもって接するように。特にお前らだぞ」


 すでに頭が痛そうなそぶりを見せるロレンツォ大尉の最後の言葉は、ジャクスンとファースタンバーグに向けられていた。


「ホウプネフが一女、ジョーでございます。ファースタンバーグ様の親類縁者ですが、今さら権力欲出したウチのボケ爺に海兵に送りこまれたのをいいことに、いけしゃあしゃあと図々しくやらせていただいております。ご面倒をおかけするとは思いますが、皆様どちらもお引き立てのほどを」


 上品な笑顔でにっこり挨拶するホウプネフ。

 いやまぁ確かに所属は聞いてなかったもんなと、ジャクスンとファースタンバーグは空を仰いだ。

 

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