不思議の国の海兵隊③
現場はバグラーム空軍基地東側、居住区域のそのまた東。
パーキンスの世界では刑務所があったところだが、こちらでは取り壊され、土レンガのくずがうずたかく積み重なった、小高いボタ山じみたものがあるだけだった。
そのボタ山のすぐそばで、十数名の現地人が射殺され、どす黒い血を流し、真夏の日差しの元、土埃にまみれて倒れ伏していた。武器は携帯していない。
現場にはまだ銃身が熱いカービン銃を持った日本兵──バート上級曹長は彼らを秋津洲兵だと言った──が、彼らが射殺したものを取り囲んで監視している。
少佐とほか何名かの士官が、日本兵たちと監視体制がどうの、パトロール周期がどうのと、なにか話している。
だがパーキンスの目は、彼らには向けられていない。
死体の山に向けられている。
汚れ果て、腐り果てているそれらのいくらかは、まだ身動きしている。
母親と思しき女性の遺体の下から、年端もいかない子供が、腐って肉の削げ落ちた手を伸ばして這い出ようとしている。
その子供はパーキンスと目を合わせると、歯を剥き出し、敵意も露わに吠え立てた。発した音は言葉ではない。ただの吠え声だ。
腐って白く濁った子供の右目が、ボロリとこぼれ落ちる。
それにパーキンスは怯えてしまった。
腐り濁った眼球がこぼれ落ちる様に、ではない。
そのあまりに純粋な敵意、生きとし生けるものをすべて否定する意志にだ。
映画に現れるゾンビのように、おそらくまともな思考は持ってはいまい。
あの小さな腐れた頭蓋に収められているのは、現世への敵意、ただそれだけだ。
パーキンスがたじろぐと同時に、秋津洲兵がうんざりした様子で拳銃を抜き、その子供の頭を撃った。誰もそれに注意を払わない。
銃声のこだまが消えると、少人数の武装勢力がトヨタのようなピックアップトラックに乗って現れ、助手席から降りてきた多少身なりの良い男が少佐たちと話をする。
ピックアップが掲げた旗は彼が知るタ-リバーンのものにぱっと見はよく似ていたが、ターリバーンが白無垢の生地に黒でシャハーダを書いたものであるのに対し、その旗は赤地に白抜き文字だった。ついでに言えばターリバーンは、白旗を掲げて挨拶に来たりなんかしない。
そうこうするうちに、パーキンスが若い頃にソニーのゲーム機で遊んだRPGの登場人物のような格好をした女達が何人か、空から降りてきた。
彼女たちがお経を唱えながら槍で死体や死に損ないの心臓を突き刺すと、明らかにそれらの表情から険しさが抜け、死に損ないなどは動くことすらやめてしまった。
その様子を見届けた武装組織の男が立ち去ると、ブルドーザーと
ブルドーザーが死体の山を穴の方に向かって押し始めてからようやく、その場に集まった兵たちは警戒を解き、基地へ向かって戻り始めた。
◇
「というのが我々の戦争の日常なわけだが、どうだ?」
少佐がバート上級曹長から受け取ったミネラルウオーターのボトルを開けつつ、パーキンスに問うた。
三人はMARSOCが根城にしている格納庫の日陰に戻っている。
滑走路の照り返しが眩しい。
周囲では装備を解いたMARSOC隊員が筋トレに励んだり、チェスをしたり、思い思いに時間を潰している。
同じくミネラルウオーターのボトルを開けつつ、パーキンスは瞼をしばたかせた。
「そうですね……ようやくここが、俺の知ってるアフガニスタンじゃないことを納得したというか……そんな感じです、マム」
「ご愁傷さまだ、大尉。見ると聞くとじゃ大違いだろ?」
「ええ……先程はあんな態度を取って、大変申し訳ありませんでした、少佐殿」
パーキンスは管制塔屋上での態度を謝り、少佐は鷹揚に頷いて謝罪を受け入れた。
「言っておくが、誰もああしたくてやってるわけじゃない。女子供がグールになるのも、それを撃ち殺すのにも、誰も彼もが飽きちまうほど慣れちまったんだ。旧政権やイスラーム至上主義の連中に至っちゃ、アノニマニシスと戦うこと自体が汚れだと考えるやつが出始める始末だ。異教徒と戦って死ぬことが誇り、なのにだぞ? さっきのあんちゃんはその例外だが、それでもこないだの大攻勢で手下を多数失ってからは、こっちと仲良くすることをなんとも思わない素振りを見せてる。まぁ、こっちがつけあがったらその瞬間に首切りには来るんだが。なんにせよ、アノニがアフガニスタン国外にそれほど浸透してないのは、奇跡だよ奇跡」
少佐はやれやれと首を振り、それからパーキンスの目を覗き込んだ。
「まぁ、それで、さっきの提案に戻るわけだ。いずれにしても身分は保証する。だから──」
「志願します、もちろん」
パーキンスは即答した。
その目に迷いはない。
「いいのか」
「いいもなにも」
パーキンスの脳裏にあったのは、さっきの子供の視線だ。
記憶の中で、その子供の顔は今は遠い記憶となった幼なじみや、近所に住んでいた人懐こい子供の顔にすり替わっている。
9.11をやらかした組織がこちらにもあり、それが分裂して片方はゾンビを武器にしている。そいつらを野放ししてはおけない。
もし奴らが合衆国内に侵入したら。
それにどのみち、パーキンスは一人ぼっちだった。
それはどこに居ても同じだった。
ならば、どこで海兵をやっても、やっぱり同じだ。
「掲げる旗は違っても海兵は海兵で、合衆国は合衆国だ。ならば俺のやることは決まっています」
パーキンスの言葉を聞いて、少佐とバート上級曹長は顔を見合わせた。
互いにうなずく。
「ならば、大尉。君に何ができるか、我々は確認せねばならない」
「もちろん、実戦で?」
「その通り。だがその前に再訓練だ。君の合衆国も様々な人種が居ただろうが、我々の合衆国ほどじゃああるまい。まずはそいつを確かめてくれ」
◆
二週間後、カンダハール。
「ちゅうわけで次の作戦、お前らも連れて行くからな」
「なにがちゅうわけで、なのかわかりませんが、まぁわかりました、マム」
カンダハール国際空港わきの
「んだよーお姉ちゃんて呼べって言ってんだろー」
「んだからそういう公私混同は良くないっスよ。サムに報告しとくんで、帰国したら叱られといてくださいね」
度を過ぎた親しみを表す少佐に対して心底呆れた調子で三等軍曹が混ぜっ返すと、一同はクスクスと失笑した。
どうやらこのやり取りはそう珍しいものでもないらしい。
パーキンスが首を傾げて眺めていると、三等軍曹は少佐に対するよりもよほど丁寧な態度で、MARSOCメンバーやバート上級曹長に生意気な口を聞いたことを謝っている。
SARの小隊長が苦虫を噛み潰したような顔をしているが、何も言わないところを見ると、ピンク色の三等軍曹もかなりアクの強い男だということが伺い知れた。
まぁ詳細は君らの大隊長から聞いてくれ、明日から三日ばかり合同で簡易訓練だから、と少佐が言って手をひらひらと振ると、その場は砕けた空気となった。
折しも金曜日の午後一七時となれば、そうなるのも無理はない。実質的な休みは、その晩しかないからだ。
周囲でやぁやぁ二ヶ月ぶりですね、などと挨拶が交わされる中、パーキンスに歩み寄ってくるものがいる。
「ご壮健で何よりです、大尉殿」
「ワッツ曹長。その節は世話になった」
それはこの地に流れ着いたときにパーキンスを助けた、NY訛のユダヤ系、ワッツ曹長だった。
「もうこちらには慣れましたか?」
「ん。まぁ、なんとか? だがまぁ、チームのリズムにまだ馴染めなくてな。次の作戦は俺も控えだ。だが、チャレンジしがいはあると思ってるよ」
パーキンスは苦笑で答えた。その表情に影はない。
ワッツは安心したような笑みを見せた。
「そうだ、君のチームメンバーを改めて紹介してくれ。控え同志、仲良くしといたほうが良さそうだ」
「喜んで、大尉殿」
ワッツに案内されながら、きっとただの控えでは済まないのだろうなと、パーキンスは唐突に思った。
それはおそらく予感のようなものであり、できれば当たって欲しくない類いのものだったが、同時に避け得ないものであることも、パーキンスはよくわかっていた。
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