不思議の国の海兵隊②

「はい、お疲れ様でした。もういいですよ」


 と言われてパーキンスが目を開けると、セクシーという言葉ではあまりにも言葉が足りない雰囲気の女性が、そばを離れるところだった。

 女日照りのひどい生活をしているパーキンスにとっては目に毒どころの騒ぎではないが、それを自制する方法も彼はまたよく知っている。


 パーキンスは歯医者で使うようなリクライニングチェアに横たわっていた。

 戦闘装備は外されていたが、衣服はきちんと身につけている。

 脱がされた形跡もない。

 辺りを見回すと、そこは警察の取り調べ室のような飾り気のない部屋の中。

 鉄格子の掛かった窓が一つに、飾り気のないドアが一つ。

 味気ないスチールデスクが壁際に二つ、書類棚が三つ。

 安物のパイプ椅子に前後逆に座り、上半身を背もたれに預けている少女が一人と、先ほどの女医らしき人物、さらには土色のごつごつした肌を持つ大男が一人いるだけだった。少女と大男はMARPAT迷彩を、女医は迷彩服の上から白衣を着ていた。


 この部屋に入る前のことを思いだそうとする。


 ウルズガン州の山中で海兵隊もどきに拘束され、傷の手当てを受けながらヘリを待ち、続いてやってきたCH-47に乗せられやってきたのは、バグラーム空軍基地。

 ヘリから下ろされさっきの女医に目を見つめられ──そこからの記憶がない。

 この部屋に入った記憶も、女医以外のこの部屋の人物たちに見覚えも、ない


「どうだ大尉。気分は悪くないか?」


 困惑するパーキンスに、少女がにこやかに声をかけてきた。流暢な英語。

 青みがかった紫色の肌、ボブカットにした暗紫色の頭髪、側頭部には大きな羊角、背中には大鷲のような翼が見え隠れしている。


「きみは……?」


 パーキンスが問うと、少女は笑みを大きくして自分の襟元を、指でピンと弾いた。

 そこには少佐の襟章が縫い付けられている。

 パーキンスは思わず大男に目を向けた。

 大男はこっくりとうなずくと、恭しい態度と東北部訛りの米語で答えた。


「事実です、大尉殿。人は見た目によらず、です」

「だって、そんな、いいとこハイスクール入ったかどうかだろ、見た目」


 大男の階級章は上級曹長。

 態度もこれまでに接してきた下士官たちと変わらないから、これはすんなり受け入れることが出来た。

 マーベルコミックの登場人物みたいに牙が生えてようが、下士官は下士官だ。


「そういう反応、久しぶりに見るとちょっと面白いな」


 少佐の階級章を付けた少女はくすくす笑った。

 身を捻って背後のスチール机からバインダーを手に取り、内容を読み上げる。


「リチャード・パーキンス、三四歳。アメリカ合衆国海兵隊大尉。一九七四年二月一二日生まれ。出身はバージニア州リッチモンド。親父さんも海兵隊大尉か。実家で飼ってるペットはゴールデンリトリバーのチェイニーと、メイクーンのジェニファー。一九九六年、アナポリスを次席卒業。一九九七年海兵隊少尉任官」

「どうしてそれを」


 パーキンスは落ち着いた声で尋ねた。

 どこかで話した覚えはない。

 少佐はちょっと首を傾げて女医を振り返り、答えた。


「そっちのエイミー・マクマホン軍医大尉がきみを寝かせて、催眠誘導で聞き出した。身元確認だな。同意を取らなかったことは謝罪する。ついでに寝てる間に、あちこち治しておいた。足首の骨折と、首の裂傷はもちろん。あと脾臓と腸管が破裂してたみたいだが、もう大丈夫だ。どこもおかしい感じはないだろう?」


 言われてパーキンスは腕を回したり、体を捻ってみたり。

 怪我が治るどころか、長年の任務の影響であちこちガタが出ていた体が、嘘みたいにスッキリしていた。


「驚いた……入院覚悟してたのに」

「SARの連中がきみをここにつれてきたのは正解だった。ここの軍医魔法使いは、本国より腕のいいのが揃ってるからな。ちなみにきみが救出されてから、四八時間が経過している。さて、続けてもいいか?」


 パーキンスは頷いた。


「二〇〇〇年より第二武装偵察中隊。二〇〇三年よりMARSOC前身のDet.1デット・ワン参加、二〇〇六年よりMARSOC第一襲撃大隊と。やるなぁ。生え抜きだ。これまでにイラクに二回、アフガニスタンは今回が三回目の出征。中南米や東南アジアの麻薬戦争にも多く参加してるな。だが、あー、個人としての生活はあまり充実してないな……趣味らしい趣味は銃器集めとタクトレと筋トレ。嫁なし子供なし、と」


 少佐はなんとも言えない顔をして、パーキンスを見つめた。


「きみ、ウォーモンガーなのか?」


 パーキンスは身を起こしながら答えた。


「そうかも知れません。ですが、仲間のために戦い続けるのは、悪くないもんです」


 それを聞いて少佐と上級軍曹の表情が、愛想笑いから本物の笑顔になった。


「ふむ。国は違えど海兵は海兵ってわけだ。失礼した、大尉」


 それから少佐は立ち上がり、パーキンスのそばに寄って、右手を差し出した。


「こんにちは、アメリカ合衆国連邦海兵隊大尉。ようこそ、魔王の統治せる魔族合衆国連邦海兵隊特殊作戦コマンド・バグラーム駐屯地へ。我々はきみを歓迎する」


 差し出された紫の肌の手を握ってみると、普通の人間と同じように暖かく、それでパーキンスはようやく緊張を解くことができた。



 パーキンスと少佐、それにバートという名の上級曹長は連れ立って隊舎の外に出て、管制塔へ向かっていた。

 少佐は特別な立場にいるらしく、どこも顔パスで通ることができた。

 また、パーキンスのことは彼女に一任されているとのことだった。


「さて。どんな感じかな、大尉?」

「ああ、なんといってよいか……不思議の国に来た気分です」


 パーキンスの返事を聞いて、少佐ははっはっはと屈託なく笑った。

 並んで立ってみると、少佐はパーキンスより頭二つほど小さい。


「ルイス・キャロルか。いいな。君にとってはまさしくそうだろう」


 眼前の駐機場では、パーキンスの見慣れたヘリや戦闘機、攻撃機、爆撃機に無人機のほか、大小さまざまなドラゴンが羽根を休めている。

 大きなドラゴンはみな羽根で頭を覆って眠りこけ、あるいは世話のものにホースで水をかけられ目を細めている。小さなドラゴンたちは、コンクリートの胸壁に渡した天幕の下で世話のものと戯れていた。

 滑走路上では箒のようなものにまたがった者たちが四人、離陸滑走を始めている。


 それだけならまだ夢でも見ているのかと思っていたところだが、すれ違う様々な国の兵士の様子を目の当たりにするにつれ、自分を取り巻く事象が現実のものであると認識せざるを得なくなった。


 ギシリャの国籍ワッペンを肩につけた魅惑的なハーピーたちは、香ばしいが不快ではない匂いをしていた。

 日陰で即興ラップに興じる、どれも見分けがつかないぐらい筋肉太りしたオーガーに黒人にオーク。全員がM4A1SOPMODⅡを肩から吊るしている。

 前を行く少佐に声をかけたデルタの隊員は、オオカミの顔つきと体毛と、AN/PEQ-16とサプレッサーを装着したHK416を持っていた。

 列を成してヘリから降りてきたSEALsの分隊には鱗を持つ者がいたし、ポーランドの国籍ワッペンを肩につけたGROM隊員の三割は、SARチームにも居たピンクの肌のぶよぶよした連中だ。

 ドイツ陸軍特殊部隊KSKと思しき連中はみな一様に色白で尖った耳の優男ばかりだし、フランス外人部隊の連中ときたら、それまでに見た十倍もの人種が含まれているように見えた。


 だがパーキンスが一番驚いたのは、映画やアニメの中にしか居ないような人種が色々とうろついていたことなどではない。

 そこらに満ちている空気──生まれも育ちも違うのに同じものを見てきた連中だけが醸し出す雰囲気、特殊部隊に共通の言葉にならない匂い──そういったものが、自分の知っているバグラームのそれと、まったく同じだったことだ。

 だから、パーキンスはあれこれと思い悩むことをやめにした。



 道すがら、パーキンスはこちらの世界のあらましについて少佐と上級曹長から説明を受けた。

 聞けば聞くほどこちらの世界とパーキンスのいた世界はそっくりだった。

 魔法や魔族の存在など、ヘラート郡の武装組織にアラブ人傭兵がいるか否かぐらいの違いでしかない。


 それでやっぱり目の前に広がるのは、見れば見るほどアフガニスタン、見慣れたバグラームだ。

 ソ連が進駐していた頃に作られた古い管制塔、その屋上の手すりに手をかけて、パーキンスはそのように思った。


「それでな、大尉。あー……。もうわかってると思うが」

「俺の家族は見当たらない。社会保障番号はマッチせず、兵籍番号は他人の物。アナポリスにも海兵基礎学校にも俺の在籍記録は存在しない。もちろん、俺のチームの連中も。パッケージに至ってはどこの誰やら。そんなところでしょう、マム?」


 パーキンスの眼前で、AC-130Hスペクターが一機、着陸した。


「……もっと早く言うべきだった。すまない」


 パーキンスの背後に立つ少佐は、うつむいて額を揉んだ。

 

「いえ。気を使っていただいて、ありがとうございます、マム。けれどまぁ、一人には慣れているつもりです」


 パーキンスはそう言って、空を見上げた。


「そのつもりだったんですが」

「……合衆国はきみにあらゆる支援を行う用意がある。我軍に加わることも、望むなら、新しい職を用意してやることだって」


 言われてパーキンスは振り返った。


「新しい職?」

「だって、きみは我が国の海兵隊員ではないじゃないか。似たような歴史と経緯で、似たような敵と戦ってはいるが」

「なんですって?」


 声を荒げて、パーキンスは自分が激情にかられていることに気がついた。

 だが、うまく自制することが出来ない。

 彼はそのとき初めて気がついたのだが、結局の所、海兵隊とは彼にとっての全てだったのだ。

 それを異世界の人間が否定しようとしている。

 到底許せることではなかった。


「海兵は海兵。あなたは確かにそういった。それは嘘なんですか?」 

「いや、そうではないが」


 少佐はしまったな、と言う顔をしている。

 こうなってしまった人間を落ち着かせるのは、案外と難しい。

 と、そのとき、基地全体にサイレンが響き渡った。

 敵の襲撃を告げるサイレン。

 パーキンスのいたバグラームではあまり鳴らなかったが、こちらではよほど多いのだろうか。

 目に見える範囲の者たちは急ぎはすれど慌てはせずに、銃と弾薬帯を持って駆け出した。明らかに慣れた様子だ。

 パーキンス自身は同じようなとき、もう少し慌てていた覚えがあった。

 それを確認したバート上級曹長が二人に提案した。


「少しよろしいでしょうか、少佐殿、大尉殿。大尉殿に、こちらとあちらの目に見える最も大きな違いを確認していただくのは? 大尉殿も、それを見ていただいてからどうするか判断されたほうが良いでしょう」


 少佐とパーキンスは顔を見合わせた。

 確かにそうすることが、最も良さそうではあった。

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