ヴァルキューレの騎行⑥
俺が目を覚ましたのは次の日の朝。
窓から入る日差しで目を覚ました。
どこかの建物、大きな部屋に運び込まれたマットレスの上だ。
あんまり眩しいもんで手をかざして目をしばたかせていると、左側から声をかけられた。
「よう、ジョニー。目を覚ましたか」
そっちのほうを見ると、エディが同じようにマットレスに寝かされてた。
肩に包帯、あっちこっちに大小の擦り傷、点滴を打たれて、でもすこぶる上機嫌。
「おはようございます、中尉殿。ご機嫌な朝ですね」
「ご機嫌?
「ええ」
「これでエヴァ・ヴァイオレットみたいな脚のキレイなおねーちゃんが朝食を運んできてくれたらサイコーだ」
それで俺たちは顔を見合わせて、下品にエッヘッヘと笑った。
エディが状況を説明してくれてる間に、俺の頭ももう少ししゃっきりした。
俺たちが寝かされているのは、あの農業試験場の農場管理棟の講習室。
長机やらパイプ椅子やらは撤去され、即席の病室に早変わりしていた。
ロレンツォ中尉やお供の兵隊たちは、後片付けで大忙し。
ワッツ曹長とスティール一等軍曹は、夜半すぎまで診療が続いたおかげで今持って爆睡中だそうだ。
ドクター・サーブや長老がた、ナザル大尉やコマツたちは全員無事。
コマツたちゼロ中隊はウジサトたちの根拠地の情報を得て、ナザル大尉たちを連れてそっちに向かった。
レイザーはもちろん、ローランド一等軍曹、ボタスキー二等軍曹も無事だった。
無事と言ってもエディは肩を脱臼していたし、ローランド一等軍曹はグールに引っ張られて膝の靭帯をひどく痛めていたし、ボタスキー二等軍曹は足首捻挫に左手首骨折の重傷だ。
ここに寝ているのは俺たち海兵の野郎ども四人と、比較的軽症の民兵たち。
レイザーは中身はともかく外見は完璧な女だから、俺達とは別の部屋。擦り傷ぐらいしか怪我もなく元気なもんだから、今はあれやこれやと雑用に使われている。
民兵たちには損害が発生していた。百人近くいた民兵たちのうち、ざっくり三〇人ばかりが死亡していたんだ。彼らの魂に安らぎあれ。
けれど腕や脚を失ったものは少なくて、一〇人もいないとのことだった。
「あの状況で? そりゃまたどういう」
「なんでって、あー、お前は気を失ってたのか。それは……あ、ご本人がたから説明してもらったほうが早いかな?」
疑問を口にした俺にエディが説明しようとしたところ、部屋の外からドヤドヤと足音と話し声がして、それで彼は説明を取りやめた。
「だぁから言ってるだろ! 済まなかったって! Jバードだってあんだけやられてたら着陸しようがないだろうが」
「それでごまかそうってのか!? それが貴様の流儀とでも!?」
「そうじゃないって、もう。仕方ない、個人的に一つ頼み事聞いてやる! ついでに借り一にしといてやるよ! それでどうだゴッル!」
「じゃあワルキューレ全員でパームビーチのリッツ・カールトン七泊八日! VIPルームで!」
「アホか! いくら私でも破産しちまうよ! 三十四人もいるだろうが、お前ら」
「じゃあこの四人だけでも。言っとくけど姉さまにまともな寝床用意しなかったの、本当に恨んでるんだからな!」
「だからごめんて。あー……途中、旨いバーベキュー食わせる代わりに田舎で二~三泊ってんなら、まぁなんとか?」
「ようし、言ったな!? 絶対だぞ!? 絶対だからな!?」
「わかったわかった。ったくさぁ。おーっす海兵! 生きてるか?」
なんつって部屋に入ってきたのは、我らが少佐殿閣下。
後ろになんだか時代がかった鎧を着込んだ金髪の美人さんたちを引き連れている。
みんなちょっぴりくたびれたような様子だった。
「おはようございます、少佐殿!」
起き上がれないなりに精一杯背を伸ばして敬礼の真似事をする俺ら。
少佐殿は微笑んでウンウンとうなずいていたけど、俺を見て顔をぱっと輝かせた。
「おいエリザベート! ジョニーが起きたぞ! 早く来い!」
そうすると行列の一番うしろ、お客様がたの荷物持ちをしていてまだ部屋に入ってなかったレイザーがダダダと走り込んできて俺に飛びついた。頭から。
「ぐえっ!」
「アホ! ボケ! なんで勝手に死のうとしやがる! 心配したぞケツの穴!!」
もうひどいもんだ。
馬乗りになって襟首掴んで揺さぶるわ、頭突きを何発も食らわすわ、俺が上官だってこと忘れてんじゃないのかね、全く。
おまけに周りのみんなは礼儀正しく目を背けてくれていた。アフガン男たちは目を剥いていたけど、流石に口に出してなにか言うほどじゃなかった。
けどまぁ全くもって、我が相棒のおっしゃるとおり。
「ごめん。お前が死んだりグールになったりするより、なんぼかマシだと思ってさ」
「だからってお前が死んだら意味ないだろ!! このバカ!!」
そう言うとレイザーは俺に馬乗りになったまま、俺の胸に顔をうずめてびぃびぃと泣き始めた。
そこに少佐殿がクスクス笑いながらやってきた。
「まったく、お前ら見てると飽きが来なくていいよ」
「少佐殿」
身を起こそうとしたけど、レイザーが馬乗りのままじゃうまくいくわけがない。
おまけに俺の体はまだガキのままだ。
けど少佐殿は笑って許してくれた。
「ん。ま、無事で何よりだ。お前が死んだらサムが悲しむ。そんなにちっちゃくなったのはびっくりしたけど、本当に良かった。エリザベート、お前もだ。よく頑張ったな。それにスミス、ローランド、ボタスキー。そちらの方々も」
少佐殿がアフガン男たちに頭を下げると、彼らはワッサラームアライクム、と言って胸に手をおいてお辞儀をした。
彼らはパシュトウ族で、旧政権のシンパだったはずだ。つまり女性の扱いは手厳しい。手厳しいってのは
けど彼らにも、そういうのは関係なくなってたようだ。生命の恩人に対しては、とるべき態度ってもんがある。
「どうも、ありがとうございます……ところで、そちらの方々は」
と言うと、少佐殿は金髪さんたちを紹介してくれた。
「ああ、彼女たちが来てくれたから、お前たちを助けにこれたんだ。こちらはNATO統合航空司令部第一戦略戦闘航空団、ヴァルキリーズだ。彼女たちが、グールどもの大半を成仏させてくれたんだ」
その名を聞いておったまげちまった。
ヴァルキリー、ワルキューレ、ヴァルキュリア。
神代から北欧の空を守り続けてきた使徒の一団。
当然、それまで一度もお目にかかったことはない。
「ブリュンヒルデ准将」
背の高い、やや目元の強い女性。
「ゲイルスコグル中佐」
レイザーと同じくらいの身長の目隠れさん。
「オルトリンデ中佐」
おっとりした印象のお姉さん。
「そっちの生意気でちびっこいのがゴッル少佐だ」
「生意気は余計だぞ!」
ギザ歯でちびのお嬢ちゃん。
みんなどえらい美人だったりドチャクソ可愛くて、なんかドギマギしちまった。
甲冑の胸にくくりつけてる軍用無線機が違和感アリアリで、ちょっと可笑しい。
「ISAFドイツ軍の、あのー、ほら、なんつったか、理屈ばっかりの役に立たない参謀中佐がいたろ? アイツが
「ブリュッフェン君の判断は素晴らしいよ。この危機的状況に於いて、西側社会で最も迅速に死霊
ブリュンヒルデ少将閣下が真面目なことを言いながら心底おかしいという表情をするのを見て、少佐殿もニヤリとする。
「ホントは私一人だけでも飛び出したかったんだけど、一人で出ても仕方ないだろつって参謀長に止められちゃってさ。ヒルデ、お前たちが来てくれて本当に助かった。礼を言う。ほら、お前らも言っとけ言っとけ。今のうちに拝んとけば、ご利益間違いなしだ」
それで俺たちは改めて、口々に少佐殿とワルキューレたちへの礼を口にした。
アフガン男たちにも彼女たちがどういう存在か説明すると、みんなすがりつかんばかりに礼を言った。
そりゃそうだ。あんな死にそうな思いをしたんだ、アッラーの御下へ行ける保証ぐらい欲しいもんな。その点、ガブリエルの旦那と同じ働きをする──死後楽園へ連れてってくれる戦乙女相手にお祈りするなら、きっとご利益があろうってもんだ。
「でも、少佐殿が一番かっこよかったんだぜ! 奴らにとどめを刺したのも少佐殿だし!!」
と、俺の上でようやく身を起こしたレイザーが、目元を拭いながら言う。
俺の大事な相棒が、馬乗りになったまま子供みたいに身振り手振りで話したところによれば、こうだ。
ワルキューレの四人による超音速誘導術式攻撃。
その攻撃でグールたちは大幅に数を減らしたが、討ち漏らしや手遅れとなった者たちが居る。
そこに巨大なループを描いて天空から駆け下りてきた少佐殿。
音速どころかマッハ五の極超音速、お気に入りの斧槍に魔法を乗せて展開した巨大な魔法刃を煌めかせ、高度一メートルを滑り込むように駆け抜けた。
轟音、砂塵、衝撃波。
魔法刃は生者もろとも死者も半死人も切り裂いた。
地面にしがみついてたおかげで吹き飛ばされずには済んだものの、体が痺れて動かない。周りにはまだグールやなりかけが居るはずだ、と思って見回すと、動くものはみな生者だけ。
おまけに確かに魔法刃で切られたはずだが、全くもってなんともない。
砂防林の北の端を見ると、アホみたいにどでかい土煙。
その土煙の中から、着地した少佐殿が表れたそうだ。
「もうスゲーんだ、秋津島のアニメみたいでさ! で、俺を見つけるとこう言ったんだ、無事で重畳、グールもなりかけも今ので全部始末した、あとは任せてゆっくり休めって! マジで渋くてホント、感動しちまったよ!」
レイザーが手放しに他人のことを褒めるのは、実のところ珍しくもなんともない。
けど、こんなにヒーローアニメ見たガキみたいに興奮してんのは珍しい。
なんて思いながら少佐殿を見やれば、お前そんなに褒めんなよと照れ隠し。
けど目の下のクマがすごいことになってるし、頬もなんだかげっそりしてた。
「大丈夫ですか?」
「あー? 平気平気。どうってことないって」
俺が気遣うようなことを云うと、少佐殿は手を振って否定した。
けどなんだかやっぱりつらそうだ。
「そんなことよりお前だよ。わけのわからん呪いを食らったな? カブールの軍医じゃ解呪出来なかったろ。おいゴッル。お前たしかこういうの治すの好きだったよな? やってくれ」
と言ってさっきのギザ歯っ子を振り返ると、どっこいしょとばかりにエディのベッドの端っこに腰掛ける少佐殿。
ギザ歯っ子のゴッル少佐は「なんでだよ」とぶぅ垂れてたが、少佐殿が重ねて頼むと、しょうがないなとこっちを向いた。
その途端に態度は豹変、サムや俺や全世界のご同輩がレアなアメ車を田舎の納屋で見つけたみたいな顔をした。
「はーこりゃ珍しい。へーえ? ふぅーん?」
「ちょ、ちょっと」
彼女は俺を撫でくりまわしたり、顔を両手で挟んでぐにゃぐにゃと揉んでみたり。
しまいにゃ「ちょい失礼」と言って俺のほっぺたをぺろりと一舐め。
まだ俺の腹の上に乗ってるレイザーが一瞬でブチ切れそうになってたが、そこは役者というか、戦士としての格が違いすぎる。ゴッル少佐がちらりと見ただけでシュンとしちまった。
「はーん……面白いね、これ。術の大元は古代中国かな? それを秋津島の神道、陰陽道の魘魅式で大幅に味付けし直してるわけだ。確かにこれ、経典の民の
「どうだ、いけそうか?」
「誰に言ってんだよ、それ。ゲイル姉さん、ちょっと手伝って」
ゴッル少佐はゲイルスコグル大佐を呼びつけると、レイザーを俺の上から退かせて俺を寝かせた。
ゴッル少佐が何事かつぶやきながら俺に手をかざし、ゲイルスコグル大佐がゴッル少佐のつぶやきをノートに書き留める。
つぶやきが一区切りするごとに、俺の体を縛り付けていた何かが少しずつ解けるような感触がした。
「よし、あとはゴッルに任せよう。クラッツェンの、お前もひどい顔色だ。あの一撃で魔力も底をついたろうに、徹夜で私らに付き合ってジャララバードの夜間掃討なんてするから。今にもぶっ倒れそうじゃないか」
「フフン。お前には何でもお見通しか」
「当たり前だ。何年の付き合いだと思ってる。ほら、肩を貸してやる」
ブリュンヒルデ准将は我らが少佐殿閣下に肩を貸して、彼女を立たせて差し上げた。その途端にオルトリンデ大佐の目が、怪しく瞬いたりなんかはしていない。そういうことにしておいたほうが、多分国際問題になりにくいと思うんだ俺は。
「きみ、ファースタンバーグ君。女性部屋まで案内してくれ。我々も一眠りするとしよう。それから君、ジャクスン三等軍曹」
「イエスマム」
「あまりクラッツェンのを心配させないでやってくれ。だがまぁ、ご苦労。ゆっくり休んでくれ」
そうしてブリュンヒルデ准将たちは出ていき、俺はゴッル少佐のつぶやきを子守唄にして、安心して意識を手放した。
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