ヨモツヒラサカ
時はわずかばかり遡る。
気を失ったジョニー・ジャクスン海兵隊三等軍曹が農場管理棟の即席病室に寝かされ、ヴァルキリー・フライトがマリーン11とともにジャララバード市街のグール掃討に当たっていたころ。
つまりは夜半のことである。
四機のAUH-14攻撃ヘリコプターが編隊を組み、アフガニスタン東部山中を北上していた。
いずれも機関砲並びに短距離空対空ミサイルで相互に支援できる位置を取り、地を這うように飛んでいた。
くすんだ緑と土色で迷彩したヘリの内部は、一機を除いて秋津洲皇国陸軍義烈空挺隊ゼロ中隊の面々で満席だった。
そして問題の一機には、宮内省
いや、それだけでは正確ではない。
壁際のベンチに並んで腰かけた彼らの前には、べたべたとお札が貼られた軽金属製の棺桶があった。
「ぞっとしないぜ。佐々さん、本当にこれは持っていかなきゃいけないのか」
コマツが憔悴しきった様子の佐々三等官に問う。
「もちろんです。現地には捨て置けない。きちんと封印処置しなければ」
げっそりと頬のこけた佐々は、それでも熱心な態度でコマツに応えた。
異常な態度、と言っても良いかもしれない。
「テルミットで消し炭にし、七星剣もなまくらどころか溶けて変形した鉄の塊になったとはいえ、油断はできません。あのまま放っておいて復活しない保証はなかった」
棺桶には霜が降りている。
分厚い断熱材が張り巡らされている棺桶の内部には、あの氏郷と七星剣を埋め込まれたナザル大尉の弟の遺体が、溶けた七星剣ともども液体窒素で超低温保存されているのだ。
棺桶に貼られたお札は死者を死者のままにする封印だ。
もちろん、棺桶の内部や断熱材には神道、陰陽道、仏教、修験道などの様々な呪文がびっしりと刻まれ、あるいは書かれている。
ナザル大尉はその棺桶をじっと見つめたまま、何も言わない。岩のように固まったままだ。彼の部下やヒラオカ、タナカは眠りこけている。
「それにしちゃ用意周到過ぎる。要するにアンタらは、この結末を前提に動いていたわけだ」
「いやいや。それは違いますよ、コマツ曹長」
コマツが吐き捨てる様に言うと、民間人が慇懃な態度で口を挟んだ。
スーツに革靴、七三分けに、セルフレームの四角いメガネ。
どこにでもいる、目立たない風貌の、うっすらと微笑を顔面に貼り付けた、典型的な秋津洲人サラリーマン。
どこにでもいる典型的なサラリーマン?
彼がそこにいることには、とてつもない違和感がある。
「まだ結末には至っていません。オカムラ医師の部下に氏郷氏の本拠地を知るものが居たのは幸いでした。氏郷氏の研究成果を押さえなくては、結末とは言えません」
それを聞いたコマツは不快感を露わにした。
「そうかよ。おいヒラオカ、ところでコイツ誰だっけ」
コマツの横で居眠りしていたヒラオカは、気だるそうに目を開けると、これまた気だるそうに答えた。
「大日本魔術株式会社の入江さん。キレんなよコマツ。相手は民間人で納税者だ」
それから再び眠り始めたヒラオカを捨て置き、コマツは盛大に舌打ちし、入江に向き直る。
「そんなもん押さえてどうすんだよ。グールを生産して輸出でもするってか」
「まさか。現在民間の呪い師に頼っているグールの解呪、その魔法をグレードアップし、各国に供給するのが我々の目的です。戦闘詳報のドラフトは拝見しました。氏郷氏が、あれほど広範囲のグールを支配下に置いていたとは、いやはや。ならばその秘術を解き明かし、解呪法を普及させなくては、我々もグールになり下がるかもしれません。我々は政府の委託を受け、その解呪法を探りに行くのです」
なるほど、筋は通っている。
筋は通っているが、通り過ぎている。
だが気に喰わない、コマツはそう思った。
「まぁいい。俺たちが安全を確認する。それまでは何もするな、何も触るな、いいと言うまでじっとしてろ」
「ええ、はい」
入江は顔面に微笑を張りつかせたまま返事した。
その胡散臭い表情を見たコマツは、今夜の行動について、あの海兵隊の堕天使にも一報入れておこうと思った。
眼下に見えてきた目的地、ウジサト一党が根拠地にしていたとされる深い谷には、真っ暗な闇が下りている。
あの世か、地獄か。どっちも願い下げだぜ、くそったれめ。
コマツは内心そのように毒づき、到着までのわずかな間、目を閉じて過ごした。
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