ヴァルキューレの騎行⑤

 そこからの戦闘は、俺も必死過ぎて細かいところは覚えちゃいない。

 俺たちは敵グール集団を一五〇メートルまで引き寄せて──素人が大量に混じってるのに、よくそこまで我慢できたもんだ──それから撃ちまくった。


 パッとグールたちの後ろ上空で輝き出す照明弾。

 照らし出され、走り出すグールたち。

 それを横合いからなぎ倒したDshkダシュカやM240機関銃の重々しい連射音。

 だがそれでも奴らは止まらない。

 残り一二〇メートル。

 左後ろから響いてくる甲高い銃声と、前方で弾け飛ぶグールの頭。

 レイザーが悪態を一つつくたびに倒れるグールの影。

 目玉を皿のように見開きながら撃ちまくる少年兵。

 発砲炎に煽られあぶられ、焼け焦げた柳の落ち葉が砂埃とともに舞い上がる。

 次々と弾薬切れを起こす民兵たち。

 俺も弾倉を一つ、隣のおっちゃんに投げ渡した。

 グールはあと一〇〇体ほども残っていた。

 残り八〇メートル。

 奴らはまだよたよたと走っている。


再装填リロード!」

援護しますカバーリング!」


 エディが叫び、俺が援護に入る。

 レイザーの隣の少年兵がガチガチ震えてる。


「怖いか?」


 レイザーがパシュトゥ語で尋ねると、彼はぶるぶると頭を振る。

 彼女は唇を捻じ曲げ、言った。


「俺は死ぬほど怖い」


 それが聞こえる範囲の男たちは、一様にニヤリとした。


着剣ベイヨネット!」


 弾倉交換を終えたエディが命じる。

 ボタスキー二等軍曹とローランド一等軍曹が銃剣を取り出してM4に取り付け、それを見た周りの男達も山刀マシェットや手斧を取り出した。

 奴らは銃声のなか近づいてくる。

 残り五〇メートル。

 ふぅとため息を一つついて、レイザーは立ち上がった。

 マクミランを背中に回し、M4を前に回す。

 マグポーチを漁って、残り四つの弾倉を周り中に投げ渡した。

 俺たち残りの海兵も立ち上がり、立射姿勢を取る。


来やがれカァモーン! 成仏させてやるバスタード・ユー!!」


 レイザーの咆哮が、その日最後の戦いの合図だった。



《Jバード・コントロール、聞こえるか》

《……こちらジャララバード飛行管制! 聞こえるぞ、何者だ》

《こちらマリーン11。ヴァルキリー・フライトを先導している》

《!! 生きてらしたんですか! バグラームはてっきり。それに、ヴァルキリーですって!? ああ、なんてこったゴッズ・ネイブル! ハレルヤ!!》

《ああ、まったくだアーメン! カブールにはヴァルキリー・フライト05が向かった。そっちはどうだ? 私たちはG砂漠へ向かいたい》

《こっちは、まぁなんとか持ちこたえてます。ですが市内掃討で手一杯で》

《わかった。こっちの要件が済んだらすぐにそっちに手を貸してやる。現地のグラウンド・コントロールを教えてくれ。現在カブール東方、ああ、スロビ上空を航過した。現在エンジェル4-5、ベクター1-0-0、マック3》

《アイアイマム! 五〇秒後に1-2-5へ変針、一二〇秒後に0-1-0へ向かって左緩旋回してください。そうすれば現地へ南から侵入することになります。現地のグラウンド・コントロールはマイル44と、まだ生きていればロメオ22。両方ともJ-TAC有資格者です》

《ありがとう、Jバード》

《こちらこそ、マリーン11!! 奴らを助けてやってください!!》

《任された! ヴァルキリー・フライト! 付いてこい!》



 最初の射撃で敵の三割は倒せた。

 そこから先は全くの乱戦だ。

 奴らは被弾なんてものともしない。

 突っ込んできた奴らと俺たちはまともにぶち当たった。


「おおら! 死ねぇ!」

「アッラーフ・アクバル!」

「かぁさん!」

「ガァアア!」


 怒号。

 悲鳴。

 雄叫びウォークライ

 砂防林の西正面はそういったもので満たされた。

 そんななか、レイザーは一歩も引かず、ひたすらに敵を撃ちまくっていた。

 この距離、この数だと流石に照準が間に合わないこともある。

 だから俺はレイザーの前に立ち、〇五式は右手で覆い、左手に持った手斧で駆け寄ってくるグールどもの首を刈ったり頭をカチ割ったりしていた。

 まるでモスルの地下構造での戦い、その再演だ。

 俺たちの前にはたちまち一〇も二〇も敵の屍体が積み上がった。

 この調子なら勝てる、そう思わなかったと言ったら嘘になる。


 俺が何体目かのグールの頭をかち割った瞬間、レイザーの射撃が途絶えた。

 銃を構えながら振り返ると、レイザーのM4の弾が尽きたところで、アイツは支給品のM9拳銃を取り出そうとしてた。

 俺が弾倉を渡してやったおっちゃんが弾の尽きたM16A4を逆手に振り上げたとこに一匹のグールがまともに突っ込み、彼を押し倒したのが見えた。

 そいつはおっちゃんの喉を一瞬で噛みちぎるとこっちに振り返り、一足飛びにレイザーへ飛びかかった──そんなのまとも・・・なグールのするこっちゃない。

 だが奴はそれをした──まるで俺たちと同等に戦術ってもんを理解しているかのように。


「レ──!」


 俺は動こうとして動けなかった。何かが俺の足をひっつかんでいる。

 下を見やれば、下半身がもげて内蔵を引きずったグールが、俺の右足に噛み付いていた。


 俺たちぶよぶよ野郎スライムはグールに噛まれても平気の平左だ。

 グールの毒と呪いに感染した部位は迅速に自殺して、他の部位への感染を防ぐ。

 だから問題はレイザーだ、彼女にグール野郎が飛びついて押し倒し、噛みつこうとしてライフルの弾倉を口に突っ込まれ、取り外された弾倉を噛み砕こうとし、レイザーがM9でそいつを撃った、レイザーを押し倒したグールの頭の上半分は吹き飛んだが、その頃には他のグールがレイザーに群がろうと飛びかかり始めていて、俺は右足を自切して右腕の中の〇五式で奴らを撃った、二体を打ち倒したところで俺は後ろから突き倒され、即座に後頭部に目を作るとグールが大口を開けて首筋に噛みつこうとしているのが見え、俺は自分の頭に隠していたレイザーの私物のP226を連射してそいつを吹き飛ばし、「おにい」レイザーの悲鳴が聞こえ──その声が聞こえた。


《ヴァルキリーよりG砂漠の全地上ユニット。頭をしっかり下げてろ》


 そして光が降ってきた。



 ヴァルキリー・フライトはマリーン11に導かれ、G砂漠の南西から攻撃侵入を開始した。

 照明弾が照らし出した砂漠の東の端で、いくつもの銃火が瞬いている。

 生命の灯火を同時に見ることができる彼女たちには、その銃火たち、小さく見える生命の瞬きは、真っ黒い点の集まりに飲み込まれようとしているようにも見えた。

 それをヴァルキリー・フライト全員が認識したとき、マリーン11が声を上げた。


『01、初撃は任せる。エレメントごとに超音速対地精密爆撃、仕上げは私だ』

「貴様、クラッツェンの! 重ねて姉さまに命令するなど、何様のつもりか!」


 マリーン11にヴァルキリー02──ゴッルが噛み付いた。

 だがヴァルキリー01はそれをたしなめる。


「よい、02。ことは火急を要する。異教徒とはいえできるだけ救わねばならぬ。行くぞ。対地精密誘導爆撃術式用意、モード、アンチ・ノーライフ。超音速対地対死霊攻撃を実施する」


 ヴァルキリー01が翼を翻し、左緩旋回から右へロールを打ち、超音速のまま急速に降下する。

 02が慌てて後を追い、03──ゲイルスコグルと04──オルトリンデは編隊を維持したままあとに続いた。

 マリーン11は彼女たちを見送ると単独で大ループを開始。

 縦回転の頂点に達する頃には、彼女の持つ斧槍が黒銀色に光り始めていた。



 旋回と再度の変針によりヴァルキリー・01エレメントの速度はマック2──マッハ2まで落ちていた。対地高度はわずかに一〇〇フィート──ほんの三〇メートルほどだ。


「マイル44、生きてるか。こちらヴァルキリー・フライト、緊急CAS実施する」

『こちらマイル44! ありがたい! 砂防林沿いに敵味方が混淆してます! デンジャークローズ! こちらからの精密な目標指示は困難です!』

「なんてことはない。超音速航過、一撃全弾射出、精密誘導だ。照準はこっちでする。ヴァルキリー・フライト01エレメント、03エレメント、マリーン11単独の順で実施する。爆撃効果判定BDA頼む」

『アイアイマム! おい! スパイディ! 聞こえるか!』


 01交信を打ち切り、視界に映る黒点に意識を集中させる。

 視覚的には赤い丸が黒点を覆うように感じる。その数が十六まで増えたところで、彼我の距離は二キロ以下まで接近した。

 無線機を操作し、全チャンネルに向かって平文発信するモードにした。


「ヴァルキリーよりG砂漠上の全地上ユニット、しっかり頭を下げてろ」


 01はそう言うと、長槍を突き出し、意識を集中させた黒点へ向かって魔力を放出する。槍の穂先から光の奔流が溢れ出し、ほんの少しの距離を進んでから、ぱっと別れた。

 分かたれた光の槍は瞬きする間もなく、十六の目標へと精確に突き立った。

 光の槍に貫かれた目標、黒点、すなわちグールは、砂防林の端に陣取ったひとびとに噛みつこうとし、襲いかかろうとし、その生命を奪おうとする動作の中で、光に包まれた。



 まずレイザーにまとわりいていた数体のグールどもが、光に包まれ蒸発した。

 それから轟音と衝撃波。

 俺は覆いかぶさっていたグールともども、衝撃波で宙に舞い上がった。

 大した高さじゃなかったが、めっぽうなスピードで立木が眼前に迫ってくる。それで俺は左足を思い切り振って、絡みついていたグールのどたまをその立木にぶっつけてやった。

 見事命中ジャック・ポット、もとの部族がなにかもわからないようなそのご婦人は、頭を爆ぜさせ呪われた肉体から解き放たれた。

 それでも俺は立木への衝突は避けられなくて、踏みつぶされたカエルのような声を出したあと、地面へと投げ出された。


「ぐえ!」


 それで気を失わなかったのは奇跡というよりほかないが、だからって何が出来たわけでもない。全身が痺れている。

 目をさらに何個か作り、あたりを見回す。

 居た。


「レイザー!」


 力の限り声を振り絞り、相棒を呼ぶ。

 砂まみれになったレイザーは、それほど離れていない立木の根本にもたれこんでいた。意識はあるし、M9でにじり寄るグールを狙ってさえいた。

 だがうまく行かない。衝撃波に吹き飛ばされたせいで、まだ体が痺れていたんだ。


「くそがぁあ! ふっざけんじゃあねぇぞ腐れどもがぁあ!!」


 もう一度叫ぶ。

 それでレイザーににじり寄っていたグールの意識がこっちに向いた。

 他の奴らも。


「さぁこい! 来やがれ!! 喰うなら俺を喰いやがれ! そいつにゃ指一本触れさせねぇぞ! さぁこい! さぁこい! こっちだ! 死にぞこないどもめ!」


 不器用な格好で、俺は右腕の〇五式と頭に隠していたP226を構え直した。

 衝撃波で体が痺れてうまく動けない。

 グールの最初の一体は、もうあとほんの二歩で俺に喰らいつける。

 知ったことか、ケツの穴め。

 なんとか最初の一体に照準をつけたところで、もう一度光が降ってきた。

 それから衝撃波がもう一度、二度、三度。

 それで俺は完全に気を失った。

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