ヴァルキューレの騎行⑤
そこからの戦闘は、俺も必死過ぎて細かいところは覚えちゃいない。
俺たちは敵グール集団を一五〇メートルまで引き寄せて──素人が大量に混じってるのに、よくそこまで我慢できたもんだ──それから撃ちまくった。
パッとグールたちの後ろ上空で輝き出す照明弾。
照らし出され、走り出すグールたち。
それを横合いからなぎ倒した
だがそれでも奴らは止まらない。
残り一二〇メートル。
左後ろから響いてくる甲高い銃声と、前方で弾け飛ぶグールの頭。
レイザーが悪態を一つつくたびに倒れるグールの影。
目玉を皿のように見開きながら撃ちまくる少年兵。
発砲炎に煽られあぶられ、焼け焦げた柳の落ち葉が砂埃とともに舞い上がる。
次々と弾薬切れを起こす民兵たち。
俺も弾倉を一つ、隣のおっちゃんに投げ渡した。
グールはあと一〇〇体ほども残っていた。
残り八〇メートル。
奴らはまだよたよたと走っている。
「
「
エディが叫び、俺が援護に入る。
レイザーの隣の少年兵がガチガチ震えてる。
「怖いか?」
レイザーがパシュトゥ語で尋ねると、彼はぶるぶると頭を振る。
彼女は唇を捻じ曲げ、言った。
「俺は死ぬほど怖い」
それが聞こえる範囲の男たちは、一様にニヤリとした。
「
弾倉交換を終えたエディが命じる。
ボタスキー二等軍曹とローランド一等軍曹が銃剣を取り出してM4に取り付け、それを見た周りの男達も
奴らは銃声のなか近づいてくる。
残り五〇メートル。
ふぅとため息を一つついて、レイザーは立ち上がった。
マクミランを背中に回し、M4を前に回す。
マグポーチを漁って、残り四つの弾倉を周り中に投げ渡した。
俺たち残りの海兵も立ち上がり、立射姿勢を取る。
「
レイザーの咆哮が、その日最後の戦いの合図だった。
◆
《Jバード・コントロール、聞こえるか》
《……こちらジャララバード飛行管制! 聞こえるぞ、何者だ》
《こちらマリーン11。ヴァルキリー・フライトを先導している》
《!! 生きてらしたんですか! バグラームはてっきり。それに、ヴァルキリーですって!? ああ、
《ああ、
《こっちは、まぁなんとか持ちこたえてます。ですが市内掃討で手一杯で》
《わかった。こっちの要件が済んだらすぐにそっちに手を貸してやる。現地のグラウンド・コントロールを教えてくれ。現在カブール東方、ああ、スロビ上空を航過した。現在エンジェル4-5、ベクター1-0-0、マック3》
《アイアイマム! 五〇秒後に1-2-5へ変針、一二〇秒後に0-1-0へ向かって左緩旋回してください。そうすれば現地へ南から侵入することになります。現地のグラウンド・コントロールはマイル44と、まだ生きていればロメオ22。両方ともJ-TAC有資格者です》
《ありがとう、Jバード》
《こちらこそ、マリーン11!! 奴らを助けてやってください!!》
《任された! ヴァルキリー・フライト! 付いてこい!》
◆
最初の射撃で敵の三割は倒せた。
そこから先は全くの乱戦だ。
奴らは被弾なんてものともしない。
突っ込んできた奴らと俺たちはまともにぶち当たった。
「おおら! 死ねぇ!」
「アッラーフ・アクバル!」
「かぁさん!」
「ガァアア!」
怒号。
悲鳴。
砂防林の西正面はそういったもので満たされた。
そんななか、レイザーは一歩も引かず、ひたすらに敵を撃ちまくっていた。
この距離、この数だと流石に照準が間に合わないこともある。
だから俺はレイザーの前に立ち、〇五式は右手で覆い、左手に持った手斧で駆け寄ってくるグールどもの首を刈ったり頭をカチ割ったりしていた。
まるでモスルの地下構造での戦い、その再演だ。
俺たちの前にはたちまち一〇も二〇も敵の屍体が積み上がった。
この調子なら勝てる、そう思わなかったと言ったら嘘になる。
俺が何体目かのグールの頭をかち割った瞬間、レイザーの射撃が途絶えた。
銃を構えながら振り返ると、レイザーのM4の弾が尽きたところで、アイツは支給品のM9拳銃を取り出そうとしてた。
俺が弾倉を渡してやったおっちゃんが弾の尽きたM16A4を逆手に振り上げたとこに一匹のグールがまともに突っ込み、彼を押し倒したのが見えた。
そいつはおっちゃんの喉を一瞬で噛みちぎるとこっちに振り返り、一足飛びにレイザーへ飛びかかった──そんなの
だが奴はそれをした──まるで俺たちと同等に戦術ってもんを理解しているかのように。
「レ──!」
俺は動こうとして動けなかった。何かが俺の足をひっつかんでいる。
下を見やれば、下半身がもげて内蔵を引きずったグールが、俺の右足に噛み付いていた。
俺たち
グールの毒と呪いに感染した部位は迅速に自殺して、他の部位への感染を防ぐ。
だから問題はレイザーだ、彼女にグール野郎が飛びついて押し倒し、噛みつこうとしてライフルの弾倉を口に突っ込まれ、取り外された弾倉を噛み砕こうとし、レイザーがM9でそいつを撃った、レイザーを押し倒したグールの頭の上半分は吹き飛んだが、その頃には他のグールがレイザーに群がろうと飛びかかり始めていて、俺は右足を自切して右腕の中の〇五式で奴らを撃った、二体を打ち倒したところで俺は後ろから突き倒され、即座に後頭部に目を作るとグールが大口を開けて首筋に噛みつこうとしているのが見え、俺は自分の頭に隠していたレイザーの私物のP226を連射してそいつを吹き飛ばし、「おにい」レイザーの悲鳴が聞こえ──その声が聞こえた。
《ヴァルキリーよりG砂漠の全地上ユニット。頭をしっかり下げてろ》
そして光が降ってきた。
◆
ヴァルキリー・フライトはマリーン11に導かれ、G砂漠の南西から攻撃侵入を開始した。
照明弾が照らし出した砂漠の東の端で、いくつもの銃火が瞬いている。
生命の灯火を同時に見ることができる彼女たちには、その銃火たち、小さく見える生命の瞬きは、真っ黒い点の集まりに飲み込まれようとしているようにも見えた。
それをヴァルキリー・フライト全員が認識したとき、マリーン11が声を上げた。
『01、初撃は任せる。エレメントごとに超音速対地精密爆撃、仕上げは私だ』
「貴様、クラッツェンの! 重ねて姉さまに命令するなど、何様のつもりか!」
マリーン11にヴァルキリー02──ゴッルが噛み付いた。
だがヴァルキリー01はそれをたしなめる。
「よい、02。ことは火急を要する。異教徒とはいえできるだけ救わねばならぬ。行くぞ。対地精密誘導爆撃術式用意、モード、アンチ・ノーライフ。超音速対地対死霊攻撃を実施する」
ヴァルキリー01が翼を翻し、左緩旋回から右へロールを打ち、超音速のまま急速に降下する。
02が慌てて後を追い、03──ゲイルスコグルと04──オルトリンデは編隊を維持したままあとに続いた。
マリーン11は彼女たちを見送ると単独で大ループを開始。
縦回転の頂点に達する頃には、彼女の持つ斧槍が黒銀色に光り始めていた。
◇
旋回と再度の変針によりヴァルキリー・01エレメントの速度はマック2──マッハ2まで落ちていた。対地高度はわずかに一〇〇フィート──ほんの三〇メートルほどだ。
「マイル44、生きてるか。こちらヴァルキリー・フライト、緊急CAS実施する」
『こちらマイル44! ありがたい! 砂防林沿いに敵味方が混淆してます! デンジャークローズ! こちらからの精密な目標指示は困難です!』
「なんてことはない。超音速航過、一撃全弾射出、精密誘導だ。照準はこっちでする。ヴァルキリー・フライト01エレメント、03エレメント、マリーン11単独の順で実施する。
『アイアイマム! おい! スパイディ! 聞こえるか!』
01交信を打ち切り、視界に映る黒点に意識を集中させる。
視覚的には赤い丸が黒点を覆うように感じる。その数が十六まで増えたところで、彼我の距離は二キロ以下まで接近した。
無線機を操作し、全チャンネルに向かって平文発信するモードにした。
「ヴァルキリーよりG砂漠上の全地上ユニット、しっかり頭を下げてろ」
01はそう言うと、長槍を突き出し、意識を集中させた黒点へ向かって魔力を放出する。槍の穂先から光の奔流が溢れ出し、ほんの少しの距離を進んでから、ぱっと別れた。
分かたれた光の槍は瞬きする間もなく、十六の目標へと精確に突き立った。
光の槍に貫かれた目標、黒点、すなわちグールは、砂防林の端に陣取ったひとびとに噛みつこうとし、襲いかかろうとし、その生命を奪おうとする動作の中で、光に包まれた。
◆
まずレイザーにまとわりいていた数体のグールどもが、光に包まれ蒸発した。
それから轟音と衝撃波。
俺は覆いかぶさっていたグールともども、衝撃波で宙に舞い上がった。
大した高さじゃなかったが、めっぽうなスピードで立木が眼前に迫ってくる。それで俺は左足を思い切り振って、絡みついていたグールのどたまをその立木にぶっつけてやった。
それでも俺は立木への衝突は避けられなくて、踏みつぶされたカエルのような声を出したあと、地面へと投げ出された。
「ぐえ!」
それで気を失わなかったのは奇跡というよりほかないが、だからって何が出来たわけでもない。全身が痺れている。
目をさらに何個か作り、あたりを見回す。
居た。
「レイザー!」
力の限り声を振り絞り、相棒を呼ぶ。
砂まみれになったレイザーは、それほど離れていない立木の根本にもたれこんでいた。意識はあるし、M9でにじり寄るグールを狙ってさえいた。
だがうまく行かない。衝撃波に吹き飛ばされたせいで、まだ体が痺れていたんだ。
「くそがぁあ! ふっざけんじゃあねぇぞ腐れどもがぁあ!!」
もう一度叫ぶ。
それでレイザーににじり寄っていたグールの意識がこっちに向いた。
他の奴らも。
「さぁこい! 来やがれ!! 喰うなら俺を喰いやがれ! そいつにゃ指一本触れさせねぇぞ! さぁこい! さぁこい! こっちだ! 死にぞこないどもめ!」
不器用な格好で、俺は右腕の〇五式と頭に隠していたP226を構え直した。
衝撃波で体が痺れてうまく動けない。
グールの最初の一体は、もうあとほんの二歩で俺に喰らいつける。
知ったことか、ケツの穴め。
なんとか最初の一体に照準をつけたところで、もう一度光が降ってきた。
それから衝撃波がもう一度、二度、三度。
それで俺は完全に気を失った。
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