ヴァルキューレの騎行④
夕闇の迫る飛行場。
様々な軍用機が、あちらこちらで黒煙を上げて炎上している。
四方八方からグールのうめき声。
発砲音は鳴りやまない。
滑走路上には十二人の人影。
いずれもブロンドを風にたなびかせ、長槍を携えている。
先頭に立つ美しい女性が、長いまつげをしばたかせ、胸元に括り付けた武骨な軍用無線機を操作した。
「ヴァルキリー01より管制塔、発進許可願う」
『管制塔よりヴァルキリー、発進は許可できない。滑走路上が』
管制官は発進許可を出さなかった。
だがヴァルキリー01は感情を揺らがせることなく、落ち着いた声をだした。
「ふむ。06、08」
「はい、姉さま」
「はぁい★」
06、08と呼ばれた人影が長槍を振るうと、とたんに爆炎と轟音が発生する。
爆煙が晴れたとき、滑走路上とその周辺に侵入していたグールは一掃された。
滑走路面にはキズ一つついていない。
「ヴァルキリー01より管制塔。滑走路上はクリアになったと思うが」
『……確認した。クリアード・ランウェイ。レディ・トゥ・テイクオフ』
「誠に有難う。オール・ヴァルキリー、レディ・トゥ・テイクオフ」
十二人の人影が燐光を纏う。どこかからか高周波音がする。
どの人影も今様の衣装ではなく、民族衣装かゲームのキャラクターのような衣装を身に纏い、胸甲と浅い兜を身につけている。兜には鷹の羽。
今や全員が女性と知れた十二人のシルエット、その衣服が宙にはためき始めたところで、新たな無線が割り込んだ。
『ヴァルキリー、ヴァルキリー。こちらマリーン11。同行許可を求む』
ヴァルキリー01はひょいと片眉を上げた。
その表情に嫌悪感は無い。
懐かしい友の声を聞いたような顔。
クスリとすると朗らかな声で返答する。
「その声。もしや我が
『いかにも。その様に呼ばれていた時もある』
「同行するのは構わぬが、貴様の羽でついてこれるかな?」
『それはこちらのセリフだ、我が朋友よ。なんとしても貴様らを案内せねばならぬところがある』
ヴァルキリー01は微笑んだ。
マリーン11の声に差し迫ったものがあるからだ。
彼女が守らねばならぬものを守ろうとするときは、いつもそうだった。
「貴様が案内するというのだ。ヴァルハラに連れ帰っても良いような闘士が待っておるのだろう? マリーン11。ヴァルキリーは貴様を歓迎する。どこにいる?」
『いま滑走路に出るところだ。バタバタして済まない』
「構わぬ。離陸後、
「「「「はい、姉さま!」」」」
「管制塔、ヴァルキリーおよびマリーン11、発進する」
『了解ヴァルキリー。
「行くぞ。全騎発進。
十二個の燐光と、少し遅れて鈍色の光が滑走路をわずかな距離驀進し、やがて、まっすぐ天に駆け上がった。あとに残るは轟轟と響く風切り音。
太陽の光は西の空にわずかに残り、東の空では星々が瞬き始めていた。
◆
この日だけで俺たちは一体どれだけ全力疾走を繰り返したんだろう?
まだ煙を上げてくすぶっているウジサト
装備を抱えたまま灌漑水路を飛び越えて、スミス中尉たちのそばに付いたときには、もう迎撃戦闘が始まっていた。
力を使い果たしてしまった佐々三等官、護衛としてナザル大尉のチームメンバー一人は窪地に残してきたままだ。さっき援護してくれた
G砂漠は奥行き二〇kmもあって、そのどん詰まりの山も大して高い山でもない。
おかげで黄昏の最後の光は、もう少しの間だけグールどもを照らし出してくれる。
エディだのスパイディだの、いろんなあだ名で呼ばれる海兵武装偵察隊のスミス中尉は、一時的に指揮下に置いた現地民兵をも指揮し、迫りくるグールの群れに向かって統制射撃を実施していたんだ。
老いも若きもみんな横一線に並んで地面に伏せて、グールに向かって射撃する。
何十人もだ。
いや、百人ぐらいは居たかも。
「止め! 射撃止め! 弾倉確認!」
『止めー! 射撃止めー! 弾倉確認!!』
エディが命じると通訳が叫び、AKだの横流しのM4だの、アフガン・マスケットだの種々雑多な銃器で武装した民兵たちが射撃を中止する。
手慣れた様子で弾倉を確認し、すぐに戻したり手早く交換するのはベテランたち。
少しもたついているのは年若いものが多かった。
「状況は?」
「理想よりはちょっぴり悪いな」
俺がエディに尋ねると、彼は相変わらずの減らず口を返してきた。
こういうときに指揮官が弱気だと、勝てる戦も勝てやしない。
けどエディは妙なことを言った。
「今のところは二五〇メートルラインで押し留めてる。みんな腕がいいから、こんなに暗くなってるのにバカスカ頭に当てやがる。ありがたいこった。もしあと一時間日が沈まず、弾薬もたっぷりあって、迫撃砲小隊の支援があれば楽にやっつけられるだろう。だが、相手の数が数だ。あと少ししたら突撃してくるだろうな」
「突撃、だって? こっちじゃなくて、あっちが?」
俺は思わず聞き返した。
「ああ。二五〇メートルで押し留めてる、っていったろ? それはグールに前進を保留する判断力があるってことだ。走るとか走らないとか、そんなのは問題じゃあない。やつら自分たちの
「そうだ。問題は奴らにそうされたら、今の兵力じゃ抑えきれないってことだ」
横合いからナザル大尉が口を挟む。
夕日を透かしてみれば、残りのグールはまだ二〇〇ばかりは居そうだ。
奴らはいっちょ前に、中腰になって頭を低くしていた。
マジで手強そうな連中だ。
だがまぁ、阻止線を突破するのが一体二体なら構わない。
犠牲が出ても心を鬼にすれば、最大でせいぜい五人ぐらいで済む。
だがそれが一〇体を超えた辺りから、おそらく対応できなくなってくるはずだ。
そして敵のグールは全滅さえ避ければいい。
クソッタレ、条件が悪すぎる。
そこまで考えたその時、無線からナシール少佐の声が響いた。
『奴らが前進を再開するぞ!』
「照準! 低めに狙え! 引きつけて撃つ!」
すかさずエディが命令し、通訳される前に民兵たちが命令に従う。
西の空は急速に暗くなっていく。
「「「くっそ。最悪だ」」」
伏せて銃を構えた俺とレイザー、コマツの声が偶然ハモる。
俺たちは顔を見合わせたが、ハッ! ケツの穴め。
ニヤリとするほどの余裕は吹き飛んでいた。
「マイル44、ナザルだ。援護はどうなってる。このままじゃ持たんぞ!」
『わかってる。いま照明弾が、あっ! ちょっと! 待って下さいドクター!』
マイル44、ロレンツォ中尉の背景でなにか言い合う声と、バタバタとした雑音。
まさか農場管理棟に敵の工作員が? と焦ったが、そうじゃない。
『くそったれ! みんな聞いてくれ。ドクターが族長たちと一緒に飛び出しちまった!』
「逃げ出したのか。そいつは重畳だ」
『違うぞズールー7、あのヒト、自分も戦うつってAK持ってそっちに行っちまったんだ! 長老たちは男も女も武器を持て、銃がないなら農機具でも棒切れでも何でも使え、ジハードだって叫んでる! 収集がつかない!』
「ああ!? アホかあのおっさん!! こんな状態で警護なんざ出来ねぇぞ!」
マジかと思って振り返ると、南の方、山あいの旧道のほうが騒がしい。
聞こえてくるのはアッラーフ・アクバルの大合唱。
俺たちが面倒見てやった、おっかさんの声も混じっているような気がする。
頼もしいと思うなら大間違いだ。
「烏合の衆がぶつかっても感染が拡大するだけだ。どうするスミス」
「ナザル大尉、あんたのチームは南に回って、群衆とドクターたちの指揮を頼む。コマツ、あんたらもだ。最悪のときはドクターを守るのと、
エディは階級を無視してナザル大尉にも命令を下し、自分を含めた贖罪羊をさっと決めてしまった。
俺に否応はあったかって?
いいや、そんなもんは逡巡する暇なかったね。
「いいのかスミス」
「どこまで行っても俺たち合衆国兵は、現地人からすりゃ文字通り”悪魔”でしかないからな。ここの連中は肝が座ってるから俺にも付き合ってくれるが、南の群衆はそうじゃない。だがたとえタジク系でも、アフガニスタン人であるあんたの言う事なら連中だって聞くはずさ。いいから行け」
ナザル大尉とコマツはエディにうなずくと南に向かって走り出した。
「マイル44。ロメオ22だ。ドクターたちはナザル大尉とコマツたちに任せた。俺たちの正面に照明弾をくれ。敵はもう二〇〇まで近づいてる」
『……わかった、スパイディ。いざとなりゃ俺もワッツとスティール連れてそっちに行く。死ぬなよ』
「任せろ相棒。援護は頼んだぜ。ロメオ22、アウト」
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