闇の奥①

 俺たちがカブールの基地に到着すると、すでに司令部はてんやわんやの大騒ぎだった。

 カブール、ジャララバードの近郊ではアノニのグールが大暴れ。

 それに旧政権軍と各地の軍閥が個別に対応し始め、暫定政府軍の一部も独自行動を開始し始めた。ISAFに至っては目の前の襲撃に対応するだけで手一杯。

 OEF-Aアフガン派遣軍司令部はISAFとアフガニスタン暫定政府軍の一部も指揮下に置いているから、その情報整理だけでてんてこ舞いだ。

 そんなところに新参者のご登場、しかも指揮権問題引っ提げてとなりゃ、マンハッタンの大渋滞に野生の火竜をひとつかみ投げ込むようなもんさ。


「特殊作戦の指揮権をよこせだと!? さんざん本格参戦を拒否しておいて、急に今更何を言うんだ!」

「お怒り誠にごもっとも。なれど今日この日を逃さば」


 なんて合衆国軍と秋津島軍の丁々発止のやり取りがカブールのOEF-A司令部であったのは有名な話だが、あいにく俺はその現場には立ち会えなかった。

 従軍司祭にグール化その他の呪いについて検査されていたからだ。

 この従軍司祭の陸軍中佐がとんでもない美人でさぁ……あれで変態じゃなきゃよかったんだけど……。

 んでまたその検査をレイザーが鼻息荒く真横でガン見してんのな!

 あとでひどい目に会わせてやると思ったけど、ひどい目に会わされたのは俺のほうだった。


 ま、話が横にそれっちまうからそれは置いといてだ。

 検査の終わった俺を待っていたのは、ロレンツォ中尉の苦々しい表情と、秋津島ゼロ中隊への臨時派遣命令書だった。



 こちらの司令部と秋津洲からのお客さんとの間であれやこれやとやり取りはあったが、結局のところはお国同士で話がついていたことだ。

 エディのチームのうち怪我人を除いた残りのメンバーと、俺たち機体捜索救難小隊四班、それにアフガニスタン第一特殊作戦から一チームが、臨時に秋津洲ゼロ中隊の指揮下に入ることになった。

 ついでにもう何名か、不幸な者も連れて。


「ジャクスン三等軍曹を休ませない理由が分かりません、ロレンツォ中尉」


 と、クッソうるさい陸軍のCH-47チヌークの中で、ちびっこいままの俺を抱えたレイザーが喰ってかかってるのは、連絡将校リエゾン兼支援隊指揮官として俺たちへの同行を命じられたロレンツォ中尉だった。


「だから何度も説明してるように秋津島からの要望でだな」

「納得いきません!」


 軍隊ってのは結局、命を貸し借りする場所だ。

 相場・・が荒れれば損失も出る。

 だから報告・連絡・相談は重要だし、命令の説明は十分になされる必要がある。

 軍隊は目的を持った組織で、その目的達成のために損失を甘受することも時には必要だからだ。

 だからと言ってその理不尽な命令を「命令だ」の一言で承服させた場合、命令者は部下から無能あるいは敵とみなされるリスクを背負うことになる。

 しかし命令を受ける側が「納得いかない」だけで命令に服しないならば、その者は抗命罪で捕縛され、軍事裁判を受けることになる。


「レイザー、やめろ。中尉に失礼だ」

「でも」

「でもじゃない。それに、ロレンツォ中尉だって上から命令されただけで詳しい理由は聞いてないんだ。そうですよね、中尉」

「うん、いや、まぁそうだ」


 それで俺が割って入ると、ロレンツォ中尉はもにょもにょと肯定した。

 おおよそ士官らしい振る舞いじゃないが、悪くは言うまい。

 とにかくやれ、と言われたのはロレンツォ中尉の方なわけだ。


「あんまり兄弟ブラザーをいじめないでくれ、ピンキー・ボーイ。さてそれはそれとして、俺もいい加減ちゃんとした説明がほしいな、コマツ。本来なら俺だって、俺のチームを休ませたいんだ」


 そこにエディが参加し、俺たちはみんなしてコマツと、その隣に座る老齢の秋津島人に視線を注いだ。

 例の迷彩キモノを着て、あごひげを伸ばしていた。

 キモノの襟には、少佐のそれによく似た階級章。


「それについては私から話そう。少々長くなるが、良いかね?」


 その人、佐々蔵人助義史さっさくらんどのすけよしふみ三等官が語るところによれば、俺たちを連れ出した理由は以下の通りだった。



 小松くんのいう『アイツ』、氏郷惟幾うじさとこれちかは偏執狂だ。

 特に一度追い散らしたもの、取り逃したものが再び姿を表したときは凄まじい。

 故に我々が君たち海兵隊の同行を求めたのは、囮としてである。

 しかしそこまでせねば釣り上げられぬ、面倒で臆病な相手でもある。


 氏郷惟幾の生まれはわからない。

 応仁の乱の頃ではないかと本人は言っていた。本当なら六百歳を超えている。

 だが肉体的には至って平凡な、ただのヒトだ。

 そうだったはずだ。

 ともあれ、戦国期の彼は様々な勢力に雇われては、対抗勢力の武将を呪殺したり、あるいは魘魅返しをする呪い師をしていたらしい。

 豊臣幕府による統治期間のあいだは、何をしていたかとんとわからぬ。

 ただ一点、カリブ海にまで渡って呪詛の収集に励んでいたことは確かだ。

 やがて朝鮮半島の植民地が独立し、衰微した豊臣政権が政権をお上に戻したおり、彼は秋津島に戻った。

 それからは影に日向に、秋津島のために奉公していたと記録にはある。

 太平洋戦争ではフィリピンと沖縄で戦い、ヴェトナム戦では義烈空挺隊と陰陽衆の混成部隊を率いて、ラオス国境や南北分割線の向こう側で作戦に従事した。

 私が彼に師事したのはこの頃、ヴェトナム戦末期だ。

 八十年代に入り、彼は宮内省を辞し、そこでまた姿を消す。

 江戸府営地下鉄毒ガステロ事件や、阪神淡路大震災の被災現場にいたという噂もあるが、あくまでも噂でしかない。


 足取りがつかめたのは二年前。

 旧但馬国タジマノクニの古戦場跡から発掘された神代兵装、七星剣の一振りが強奪された。

 そのとき防犯カメラに映っていた人物のひとりが、映像解析の結果、氏郷惟幾と顔面骨格が一致したのだ。

 その映像の人物はひどく若くて混乱したが、今回得られた映像とも合致する。

 間違いない。


 さて旧但馬国、現代の兵庫県北部は出雲勢力の支配地と、今は塞がれ失われた常世国トコヨノクニの世への入り口だった。

 垂仁天皇は長寿健康、あるいは不老不死を求めてトキジクノカクノミを常世国に求め、派遣された田道間守タジマノモリは平和裏にそれを持ち帰った。古事記にもそう書いてある。

 だが田道間守は常世国から離れるとき、出雲勢力の支援を受けた現地勢力と一戦を交えており、その際に垂仁天皇から預けられた七星剣を取り落したことは、記紀には記されていない。


 その強奪された七星剣と氏郷惟幾は、シベリア経由でアフガニスタン入りすると、アノニマニシスに合流した。

 君たちは気づいていないと思うが、当時すでにアノニマニシスは複数に分派していた。中央指導者を設けないせいだな。ヌーリスタン人の勢力下では、イスラームと原始仏教の混交した、非暴力的分派が存在するほどだ。

 氏郷はそこを突いた。

 彼は比較的温和な指導方針の分派の一つに潜り込むとこれを乗っ取り、麻薬生産と傭兵の派遣を通じて勢力を拡大。昨年までは北部のタジク人地域を拠点にしていたが、今年に入ってからは南下し、ジャララバードを伺うようになった。

 その目的は、ジャララバード周辺を削減地として活動する岡島医師の組織と事業を滅ぼし、アフガニスタンから一切の希望を取り除くことにある。


 ところで例の人間神代兵装くんだが、氏郷惟幾はあのアフガニスタン人に、例の七星剣を埋め込んだのだろう。

 沖縄戦のときに、聖徳太子の佩刀だった四天王寺の七星剣を志願者に埋め込んで実戦に投入し、上陸した海兵二個師団を殲滅した記録がある。合衆国軍が沖縄で核を使ったのはそれが理由だ。

 彼の力は聖徳太子の佩刀より幾分劣るようだが、七星剣には変わりない。



「ついでに言えば、アイツはアノニの母体になったカルト宗教のシベリア残党やチェチェン系テログループ、ウイグル系独立派のコネクションを利用して奴隷を買い漁ってもいる。芥子畑で散々タダ働きさせたあと、グールとして兵力に当てるわけだ」


 ミスター・サッサのあとを継いだコマツが言うには、ウジサトの奴隷狩りの実態を確かめるため、東方教会KGBと清龍帝国内務省公安麻薬取締局から現場要員が二名ずつ派遣されているのだとか。

 そんなことは聞いてないとロレンツォ中尉が食って掛かると、コマツは「まぁ俺もどいつがそうなのか把握してないんだがな」とすっとぼけた。


「まぁいいじゃないか。どのみちアノニだけは、合衆国も東方教会も、清龍帝国も共通の敵とするところだ。当面は味方にしとかにゃ。それに多分、ペンタゴンのお歴々は先刻承知のはずさ。気楽に、とはいかんが、余計なことに気を回す余裕はないぜ、兄弟」


 とエディがとりなし、ロレンツォ中尉は渋々うなずいた。


「まるで『地獄の黙示録』だな。イカレ野郎が未開の奥地で自分の帝国を築いて、現実から逃げてる」

「コンラッドの原作の方なら良かったんだがな。あれならウジサトとやらは病気で死ぬ寸前のはずなんだが」


 レイザーに抱えられたまま俺がつぶやくと、エディがぼやいた。

 全く同意するよりない。


「さて、俺たちが駆り出された理由はそれでわかった。ナザル大尉のグループが参加する理由は? 俺は正直、ナザル大尉にはデルタと一緒にカブールでグール狩りをしてもらったほうがいいと思うんだが。地の利と人の理に長けた、貴重なアフガン人のベテランだ。ドクター・オカジマが大事なのはわかるが、連れてきていいチームとは思えないぜ」


 と、なおもエディが言いつのったが、それを説明したのは当のナザル大尉だ。


「それは違うぞ、中尉。私は自分から志願したんだ」


 それを聞いて俺たち海兵は、一様に神妙な顔つきになった。


「アノニの無限再生野郎、あの人間神代兵装の名は、ラシード・イブン・ナザル。血を分けた、実の弟だ。ナザルの家名にかけて、ヤツを仕留めるのは私の仕事だ」

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