アポカリプス・ナウ③
「よっしゃ、程よく外気温も上がったことだし、そろそろ行くか」
と言って腰を上げたエディによれば、アノニの連中、外気温三五度以上では行動が極端に鈍くなるらしい。
その間に距離を稼ごうという作戦で、実際これでなんとか逃げてこれていた。
「もちろんこっちも熱中症の危険があるけどな。やれやれだぜ」
「グールに噛まれて腐るよりゃマシですよ」
「いい加減水を確保したいな。あと一パイントもねぇや」
「ダラエヌールまであと何キロだっけ」
「高低差考えなけりゃ、結構近いけど」
みんなはあれこれ言いながら、どっこいしょと腰を上げる。
俺もライフル持って行こうとして、その時ようやく気がついた。
俺が身に着けているものはぶかぶかのパンツ一枚きりで、他にはナイフ一本、ブーツ一足、止血帯の一本も持ち合わせちゃいなかったんだ。
「ちょっと、俺にもなんか持たせてくださいよ。てか俺の商売道具は……」
と情けない声を出すと、みんなして妙なもんを見たような顔しやがった。
流石にちょっとムカッときた俺が何かを言おうとした、その時だ。
『ロメオ22、ロメオ22。海兵隊。聞こえるか。こちらアルファ・ズールー。現位置を知らせろ。応答せよ、海兵隊ロメオ22』
チームの中で唯一電源を入れていた、ボタスキー二等軍曹の予備無線機が軽い雑音とともに音声を吐き出したんだ。
それは例の音声に汚染されていない、貴重な機材だった。俺の半分がぶっ飛ばされたあの時、電源を入れていなかったんだな。
だがそれにしたって妙な話だ。デジタル無線機は周波数さえ合わせりゃ通話できるようなもんじゃない。どっちかって言うと、無線LANやインターネット端末に近いしろものだ。特定の暗号コードがなけりゃ通話なんてできない。
ボタスキー二等軍曹は思い切り眉をしかめてエディを見たが、エディはほんの一瞬考えて「出てみろ」と促した。
「アルファ・ズールー。この通話コードをどこで知った。貴官の官・姓名・所属およびISAFコードを開示せよ」
『ロメオ22。ウルトロンの要請で救助に来た。ISAFコードはない。現在我が軍はISAFには正式に参加してない。ロメオ22、現位置を知らせろ』
さぱさぱというヘリの羽音が聞こえてくる。
パタパタ、なら民間機または静音に気を使わない物資輸送用のヘリだ。
だがこの羽音は、特殊部隊輸送向けに静音が強化されたヘリのものだ。
ボタスキーがエディを再び見て、エディは首を振った。
「アルファ・ズールー、それでは現位置を知らせることはできない。ISAFコードを開示せよ」
『ロメオ22、それはできない。さっき言った通りだ』
エディはなおも首を左右に振る。どころかライフルのマガジンを一度抜いて、残弾を確認する始末だ。周りのみんなもそれに倣い、シマムラ曹長に至っちゃ自分の使ってたマクミランと弾をレイザーに投げ渡して「好きに使え」ときたもんだ。
当然レイザーはぺこりと頭を下げると、カミソリのような目つきをしてマクミランに装弾する。
手順に従わない相手は敵。
この状況じゃそう考えるしかない。
ついさっき、敵に回線を乗っ取られた無線機を見たばかりじゃないか。
俺も遅まきながら腹を据え、レイザーに私物の拳銃を貸せと催促する。
目を輝かせた奴は俺を抱き上げ、ほっぺたにキスしてからシグを貸してくれた。
視界の端で、うちの曹長が肩をすくめたのが見えた。
「アルファ・ズールー。ISAFコードを開示しろ。できない場合は敵と見なす」
『くそったれ! いい加減にしろよ、クレヨン食いのアホマリンコども! こちらは
ここまで気の利いた文句を言えるやつはなかなか居ない。
それで俺たちは顔を見合わせ、一夜のねぐらにしてた洞窟を這い出て、スモークを焚いてアルファ・ズールーに居場所を知らせたってわけ。
◇
秋津島皇国陸軍が二〇〇四年に採用した戦闘輸送ヘリ、AUH-14Mはいささか独創的な機体だ。
機体規模はUH-60ブラックバードよりちょいと長い程度だが、その運用・設計思想は今は亡きソヴィエト、現在の東方教会のMi-24Dハインドの強い影響が見られた。
ブラックホークより明らかに長い胴体、低い位置につけられたスタブ・ウィング、その上に張り出した二基のエンジンポッド、幅の広い四枚のメインローターブレード、X型のテイルローター、
要はハイパワー・重武装・大積載量の重攻撃ヘリで、そいつが2機、機首の20mmバルカンとスタブ・ウイングの両端から突き出したリモコン七.六二mm機銃を連射しながら降りてきたとき、俺はちょっと感動したもんだ。
そいつらに分乗してその場を離れるとき、マットブラックに塗装された機体の外で、何度かバチバチと火花が散った。
「うひょう! あっぶねぇ!」
「コマツ、あれは?」
「ウチの陰陽師たちが機外に張った
コマツの代わりにヒラオカが俺の疑問に答えてくれた。
機内のシートはC-130やシーナイトみたいに機体内壁に平行に据えられ、中央は通路になっている。その後ろ半分のシートは跳ね上げられ、そこで五人ほどが車座を組んでいた。
彼らは秋津洲独特の緑系迷彩生地の袖の長いキモノを着て、頭には黒くて長いコック帽みたいなのを被っていた。
「宮内省
ヒラオカの説明に俺たちはぎょっとした。
大魔王警護隊特殊捜査チームは国内最高最強の部隊だ。対テロ防御に於いて絶対の優先権を持つ彼らは、まさに一騎当千。素手でローマの大天使たちと渡り合える逸材揃いだ。それだけに活動は国内だけに限られてもいるが。
それに匹敵するチームが、なんでこんなところに?
「とりあえずはカブールに直行だ。お前らの親分といくらか話をしなきゃならん」
「そのあとは?」
「決まってんだろ。やつ、秋津洲の恥知らず野郎を始末して、開きかけた魔女の鍋を塞ぎに行くのさ」
ヘリは少し南下したあと、西に進路を曲げた。
眼下のジャララバードではいくつもの火の手が上がっている。
よく見れば人垣のあいだに、グールどもが何体も群れをなして蠢いている。
当然地上は大混乱、いや、地獄だった。
悲鳴、怒号、銃声、グールのうめき声、人々の悲鳴、タイヤの燃える匂い、そして
そういったものが高度三〇〇mを飛行する弊履の中にまで押し寄せてきた。
まさに
あの街はこんなに近かったのかと思うと同時に、あの奇跡の人、ドクター・サーブの身が案じられた。
「あのおっさんは大丈夫だ。控えのチームが警護に入ってるし、周りの連中は暫定政府側も旧政権側も全部おっさんの味方だ。とはいえ、持って三日だな。その間に事態を収めなきゃ」
三日。
たった三日でこの地獄を収める?
だがやるしかない。
でなきゃこの地獄は際限なく広がり、世界を覆い尽くしてしまうに違いない。
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