アポカリプス・ナウ②

 俺が目を覚ましたときに一番最初に目にしたものは、ほの暗い洞窟の天井だった。

 ほんの僅かな間、おそらく一呼吸分ぐらいの間ですべての意識が接続されたように明確になり、俺は飛び起きた。


「ぶはぁッ!!」

「あ、起きた」

「おいファースタンバーグ、交代しろ。ジャクスンが目を覚ました」


 周りで男たちの声がし、視界の明るい方から砂を蹴立てる足音。

 そちらの方を見た瞬間、レイザーがおっかぶさってきた。


「ゴッディ!」

「もがぁ!?」


 砂とすえた汗の匂い、固いバリスティックナイロン越しのこれまた固いセラミック防弾板と、柔らかくしなやかなレイザーの腕の筋肉の感触に包まれながら、俺は違和感を感じた。

 なんだかレイザーの体格が大きいんだ。

 良かった、良かったと嬉し泣きする俺の相棒の腕からなんとかにゅっと頭だけを出し、周りを見渡す。

 集まってきたみんなも、なんだかものすごくデカい。

 なんかおかしいなぁ、と思いながら、一番気になったことをまず聞いた。


「すいません、あの、ここは一体? 他の負傷者は」

「ここは例の現場から東に尾根二本超えたところ。重傷者は四名、死者はゼロだ」

「さっきまで死者一、でしたけど」


 そう言って笑い合うエディとワッツ曹長。

 つられてその場のみんなも笑う。


「重傷者って? 数と程度は」


 それを聞くとみんな一様に渋い顔。


「まずシマムラ。左腕を例の野郎に吹き飛ばされた。ワッツがカバラ秘術で迅速に処置してくれたから、歩行できるし当面の感染症も心配ない。だが、無理はさせられないな」


 右の人垣を透かしてみると、寝袋の上に横たわったシマムラ曹長が、切株のような左腕を掲げて見せた。巻かれた包帯はそれほど汚れてはいない。


「それからローランドが腹を撃たれて腎臓を傷めた」

「弾は抜けてるし、スティールが特製消毒パッチ貼ってくれたから、心配すんな」


 ローランド一等軍曹はニカッと笑ったが、痛みに目をしばたかせていた。


「ラッツが耳を噛まれて、自分で耳をぶった切った」

「二日も発症してないから大丈夫ですよ、中尉殿」

「あばら二本折られて右上腕骨もヒビ入ってるだろ。黙って寝てろ」


 言われてラッツ一等軍曹は、ぶすりとして寝転がる。


「あとはお前だ」


 とエディ。

 

「俺が?」

「気づいてないのか? お前の今の背丈は、いいとこ十二歳ぐらいだ。顔も若返ってて、子供にしか見えん」


 エディは盛大に、安堵をたっぷり含んだため息をつき、胡坐の上に肘を乗せて頬杖をつく。


「お前がぶっ飛ばされたとき、その断面もグズグズに腐って溶けだしてな。もうこりゃダメだと思ったんだが、レイザーがその辺りを全部切り落としたら何とか止まった。で、溶けるのをやめて赤ん坊みたいに真ん丸になったお前をバックパックに詰め込んで、ここまで逃げてきたってわけだ。二本脚の姿になったのは昨日の夜半。お前は都合二日ぶりに目を覚ましたとこだ」


 見上げると涙をぬぐったレイザーが、見たことないようないい顔を見せていた。



 エディたちが警戒配備のローテーションに戻ったあと、にっこにこの特大の笑顔で、俺を抱えて離そうとしないレイザーのあぐらの中で聞いたことにはだ。


「南方にはガヒアの残党、西と北にはアノニの連中。UAVは乗っ取られて、俺らは絶賛逃走中。旧政権軍や暫定政権軍、各地の軍閥から失踪者が続出、と」

「一時はOEF-A司令部のネットにまで敵が侵入してきてな。中央軍司令部CENTCOMはアフガニスタンのみならず、パキスタンおよび中東全域と、欧州および新大陸での大規模グール化テロを警告してる」


 むちゃくちゃだ。

 俺もそうだが、ワッツ曹長もスティール一等軍曹も一様に顔をしかめていた。


「ならなおさら、俺たち早いとこ包囲を抜け出して帰還しなきゃ。迎えのヘリはどうなったんです? それに空軍特殊戦の火竜FDは」


 そう言うとワッツ曹長とスティール一等軍曹は顔を見合わせた。


「スミス中尉。例のを聞かせてやっても?」

「……適当なところで切れよ」

「イエス、サー」


 ワッツ曹長の伺うような声音に、洞窟の外を見張るエディは振り返らず、不承不承許可を出した。

 それから聞かされたのは、俺たちのデジタル無線機に無理やり録音させられた、敵の声明文だった。



『ハイドーモエーソーイッタワケデマーネッ、皆さん私たちが見えておりますか? 見えておられる? よろしいですね大変よろしいデスぅ~ハイ~~~。ところであなた方の無人機をつい今しがた乗っ取らせていただきまして、そちらを経由してこの音声を送信しておりますよォー。ンンンーッ、いやはや素晴らしいですねぇ、ハイ最大ズーム、ああ、私の顔もはっきり見えることかと思います。んああ、名乗り忘れておりました、これは失敬。私アノニマニシスのウジサトコレチカと申します。以後お見知りおきを。アさてさて、あなた方が私どもとガヒア族の取引を見学なさりたいと仄聞しましたもので、これは我らが新たな力をぜひともお見せせねばなるまいとサービスしちゃいましたが、見えましたか? 私どもの力を? あなた方の偵察部隊が蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったのを? お一人などは派手に上半身が飛び散ったのを? 負傷者が何人か出たようですが、ご心配なく! 私どもはお残しをいたしません。何日かかってもきっちり喰らい尽くしますので!


 舐ァめやがって、なぁにが海兵隊だ! この馬糞喰らいの蛆虫どもめ!


 ええ、ええ、それでですねェ、あなた方がうっすらお感じになられているように、私どもはあなた方現世のダニどもとの付き合い方を変えることにいたしまして、その御挨拶をと思いましてですねェ、ええ、ええ。私どもはアフガニスタンに根を下ろして五年になるわけですが、皆さまいかさま私どものお話に耳をお貸しになっていただけない。世の中にはこんなに絶望があふれているのに、皆さまそれを隠そうとばかりなされる。よろしくないです、大変よろしくないです。私どもは大変失望しておりますよォ~? やはりあなた方は間違っておられるゥ、どのような神を信じようとも皆さま一切合切間違っておられるゥ。この世に神など存在した試しはなく、私どもは全て、あなた方もすべて、宇宙に漂うゴミに過ぎません。これは真実です。これは真理です。私たちの命は全てムダ、あなた方のありとあらゆる努力もすべてムダ、ムダ、ムダで御座います。ならば苦しみに満ちたこの世から自らを失ってしまったほうがどなたもいくらか幸せになろうかというもの。

 死は全てからの救済です。飢えからの救済です。戦争からの救済です。病苦からの救済です。懊悩からの救済です。強欲からの救済です、傲慢からの救済です。暴食、姦淫、嫉妬、憤怒、怠惰からの救済です。この歪み切った世界からの救済なのです。

 そして私どもは救済者です。宣教師です。故に私どもは決めましたァア!


 宣誓! 僕たち、私たちは、あなた方みんなを一人残らず幸せにします!!!!


 この五年間の怠惰を悔い改め、もっともっともっともぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと熱心に、我が教義の普及と実践を行います。私どもはあなた方宇宙のゴミ虫が、一匹残らず我が教義を受け入れるまで、永続的にあなた方に試練を与えます。たとえ最後の一人になろうとも、あなた方はこの世界の虚飾が剥ぎとられることを、おののきながら待つことになります。それが私たちと、これから私たちの仲間となるあなた方の魂の安寧へとつながるのですゥ。ハイィ。

 それでは最後に、皆さま右手をご覧ください。ハイ最大ズームで、見えますかねぇ、あのゴマ粒みたいなのがあなた方の飼いならした哀れな竜でございましょう。良くご覧くださいませ、よくよくご覧くださいませ。はい、サンニーイチ、ドーン! 見えました? 見えましたかねぇ、あの哀れなトビトカゲが空中でミンチになって吹き飛んだのが! くふーぅ、たまりません! 私あまりの興奮につい勃起してしまいましたぁ!! 待ってろよ蛆虫どもォ! 貴様ら最後の一匹まで喰らい尽くしてやる! どこに逃げようとも無駄だってことを、てめぇらのムダ毛一本に至るまで思い知らせてやるからなァ!! 絶望しろ! 絶望しろ! お前たちも絶望しやがれってんだよぉ!! 幸せはその向こうにのみあるんですからぁあ!!! アそれでは皆さま、ご清聴ありがとうございました。引き続き、こちらのほうはお借りしておきますねェ。それではまたァ」



 忘れようたって忘れられない、あのいやらしい甲高い声。

 まるでメフィストフェレスの言い状だ。


「この音声があの作戦にかかわったすべての無線機に流し込まれ、空軍の火竜が叩き落されたあと、俺たちはリーパーに追いかけまわされてな。頭に血が昇った空軍の連中がありったけのF-16にこれまたありったけの対空ミサイル積んで、飽和攻撃をして、やっと仕留めたわけだ」


 無線機の電源を切りながら、ワッツ曹長は呆れたようにそう言った。


「ならネットは切れたわけですよね? 今ならヘリで脱出できるんじゃ」

「わかってないな、ジャクスン。奴がどうやってリーパーを分捕ったのかわからんないんだぞ。もし目にしただけで対象の制御を奪えるなら? 奴が俺たちの近くにいたなら? 味方がもっと死にかねない。実際にリーパーを落とした時は、何基ものミサイルが制御を外れ、空中爆発したんだ」


 なるほど、俺らは奴らの反応を引き出すための囮だったのが、その時には逆に味方の犠牲を引き出すための囮として、まんまと利用される羽目になったわけだ。

 ミイラ取りがミイラに?

 それで済めばよかったんだが。 

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