アポカリプス・ナウ①

(合衆国軍二〇〇八年六月期アフガニスタン作戦行動記録音声ライブラリー・二〇二五年度公開分より抜粋)


『ウルトロン、こちらロメオ22、見えてるか』


「ロメオ22、よく見えてる。録画・録音進行中。周辺四キロに移動物体なし」


『いま来た連中はグールを連れてる。アノニマニシスの構成員と思われる。方位二九〇、距離七五二。画像を送った。照会してくれ』


「照会進行中、少し待て……遊牧民の方はガヒア族で間違いない。秋津島人と会話してる偉そうな中年がアブダル・ガヒア。元北部同盟参加者で、ハゲタカの異名を持つ猛者だ。最近は麻薬輸送のほか、傭兵まがいのこともしてるな。メガネでロン毛の胡散臭い秋津島人のほうはわからんな……FBIのファイルにもデータがない」


『ウルトロン。秋津島人の隣の、あのヤバい奴はなんだ。方位二九一、距離七五五』


「アフメド・ナザル大尉じゃないのか? いや、ナザル大尉は今日はグリンベレーとカブール西方で訓練か。じゃあ奴は誰だ?」


『ウルトロン、周辺の魔力係数を確認してくれ。奴が現れてから怖気が止まらん』


「わかった、ロメオ22。今UAVのセンサを切り替え……何だこいつは」


『ウルトロン、連中の会話の行方が変だ。ガヒアがこないだのユスフ谷についてなんか言ってる……期待はずれだ……あそこの地主から契約を……好きなときに動かせないなら……なんだ? 秋津島人が笑い始めたぞ』


「ロメオ22、警戒しろ。周辺の魔力係数が異常な数値を示してる。なんてエーテルの濃さだ……アーネスト、魔力感応画像と赤外画像重ね合わせ処理」


『秋津島人がガヒアをバカにしてるのか? うう、くそ、怖気が止まらん、ガヒアが銃を持ち上げたぞ』


「ズームしろ、ズームしろ」


『俺たちにもグール化の秘術をよこせ……ここまでの仮契約料は払って、あっ!』


「ロメオ22、ロメオ22。ガヒアが倒れたぞ。詳細を送れ」


『ウルトロン、ガヒアの頭が突然弾けた! 銃声未確認、アノニはだれも動いてなかったぞ! ああくそ、銃撃戦が発生、記録進行中。奴らグールまでけしかけ始めたぞ。ウルトロン、指示を請う』


「警戒せよ、警戒せよ。アーネスト、さっきのは……なんだこりゃ!?」


『ガヒア族が追い詰められ始めてる。四〇人から居たのに、もう一〇人喰われちまった。奴らめ、やたらと手際がいい』


「ロメオ22、ロメオ22! 撤退を準備しろ、撤退準備だ! そこの魔力係数の異常の中心は、そのヤバい奴だ。以後はUAV監視に切り替える。お前たちはいつでも撤退できるように準備しろ」


『ガヒア族は放っておいていいのか、皆殺しになっちまう。情報が』


「そこの魔力係数とエーテル濃度は神代兵装励起直前のそれと同等だ。そんなもん垂れ流すやつがまともなわけがない。奴は爆発寸前だ」


『中尉、撤退準備指令です。ウルトロン、ロメオ22了解。うん? 例の奴がこっちを見……うわぁ!?』


「ロメオ22、早く逃げろ!」



 そう。

 あのときの俺たちのコールサインはロメオ22。

 司令部はウルトロンだ。

 

 アノニマニシスのヤバい野郎がこっちを睨んだ瞬間、通信特技兵のボタスキー二等軍曹の隠れていた岩が爆炎とともに吹き飛ばされた。

 ボタスキー二等軍曹はうさ耳の獣人ライカンで背丈が小さかったから無事で済んだが、これが一般的なヒトだったら、降り注いできた岩の破片で脚の一本もちぎれていたところだ。


「ラッツ! メモリーカード保護を最優先! すぐに撤退する! ウルトロン! ロメオ22は撤退する! 自衛戦闘の許可を!」

『いいぞロメオ22、自衛戦闘を許可する』

「シマムラ! ファースタンバーグ!」

 

 砂ぼこりにまみれながら、エディは臆することなく反撃の許可を取った。

 すかさずスナイパー達の名を呼び、彼らはそれに銃声で応える。

 秋津洲系でオークとワーウルフの血を四分の一ずつ引き継ぐシマムラ曹長は.三三八ラプアマグナム、レイザーは七.六二ミリ弾。

 射距離は七五〇メートル。弾が発射されて目標に到達するまで、一秒もかかりゃしない距離だ。

 サイレンサーで減音された銃声は低くくぐもり、二発の弾丸は超音速で例のヤバい奴のドタマをぶち抜いた。

 ああ、確かにぶち抜いたとも。

 その証拠にあのヤバい奴は、アフガン帽子と一緒に頭蓋骨の一部と脳みその大多数を周囲にぶちまけて、その場にくずおれたんだ。

 

 だが俺たちは一切油断したりしなかった。

 いや、出来なかったという方が正しい。

 谷底でガヒアとアノニが奏でるAKの連射音も、グールに食われるガヒア男の悲鳴もが遠く感じられ、スーツを着た秋津洲胡散臭い野郎の哄笑だけがいやに良く聞こえた。

 あの背中に氷柱をぶち込まれたような怖気は、止まるどころかより一層強くなる。

 地面にぶちまけられた肉片が、最初はごくゆっくりと、次第に素早く、まるで逆再生するかのように、元の肉体へと戻っていく。


 すべての肉片と血糊が元の肉体へと戻り、奴は身を起こした。

 その目が黄色く光る。

 太陽カンカン照りの、砂漠化したアフガニスタンの山ん中で、それだけは嫌にはっきりよく見えた。

 そう、奴と俺は目が合った。

 奴の黄色い歯がむき出しになる。

 

 笑った、と思ったその瞬間、俺の意識は消し飛ばされた。

 俺という個人を構成するぶよぶよした肉体、その多くとともに。

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