バッドブラウン・スノーホワイト④
「でもコマツがここに居るとは思ってなかった」
「二〇〇三年のカンダハル以来か。これでも、アフガンでおっさんのボディーガードなんてイヤだつったんだぜ。俺はシティーボーイなんだ」
「足がいっぱいあるのは嫌いだろ?」
「足がないのも大嫌いだ」
俺たちはしょうもない冗談にクスクス笑った。レイザーはさっきから一定の方角を見続けているが、口元は笑っていた。
コマツには二〇〇三年にカンダハル南方で初めてアノニマスとの戦闘になったときに、随分世話になった。
当時はひねくれた事ばかり言う奴だなぁと思っていたが。
「そういやヒラオカさんやタナカは?」
「みんな離れた場所から警護してるよ。ドクターの警護自体、一種の雇用調整だからな。秋津島人はあんまり目立たないようにしなきゃいけなくってさ」
「秋津島がアフガニスタンに深入りしない理由は、ドクターのことがあるから?」
コマツはうなずいた。
「政府のアフガニスタン復興に対する見解は、あの人と同じだ。まず農業復興。この事業とあの人は、アフガニスタンの将来を大きく左右する試金石だ。近い将来に全面支援に移行するが、今の段階で下手に深入りして旧政権側を刺激しちゃあ、あの人の命が危ない」
随分入れ込んでるなぁと茶化そうとすると、コマツが首からぶら下げている旧型の軍用トランシーバーが、ガーガー音を立てた。
『コマツ。そいつら撃っていいか? 悪魔だろ』
「ナシール。馬鹿言うな。彼らはさっきカーンを助けたんだぞ。お前も一部始終見てたろ」
コマツはトランシーバーに返事すると、小声で「旧政権ゲリラだ」と言った。
『確認しただけだ。彼らの任務は?』
「カシュマンド山系南側の観光。ガヒア族とアノニが接近してるらしいってさ。俺たちの邪魔をする気はない」
『
「最後は結局ヒトの目と耳さ」
『アノニか。俺のいとこと叔父貴がこないだアノニに食われちまったんだよな。いいだろう、仲間にも根回ししといてやる。ダラエヌールのほうにはまだあいつら来てないから、もし南下できなくなったら東に進むといいぜ。こいつはそのピンクのあんちゃんの貸しにしといてやろう。ああ、それと、そっちの耳長のべっぴんさんに、あんまり怖い目でこっちを睨むなって言っといてくれ。それだけ目が良けりゃ、俺が照準外したのもわかるだろって』
「だってさ、レイザー」
レイザーは一拍置いてからニヤリと笑って、視線を前方に戻した。
『やれやれ。生きた心地がしねぇよ。そいつらとはやりあいたくないな。じゃあなコマツ。お前とドクターと、ついでにそいつらにも
「じゃあな。
それで無線は切れちまった。
俺が目を丸くしていると、コマツがちょっとうんざりしたように言う。
「任務でボディーガードしてるだけのはずなんだが、こんな風にあちこちから情報や『確認』が入ってくるんだよ。もちろん本当の治安コーディネーターは別に居て、部族間の調整とか、大まかなことはその人の担当なんだけどさ。俺はこういう現場監督みたいな役回り。おかげで夜の報告書作成が大変だ」
「旧政権とも仲がいいのか?」
「そういうことを言ってる場合じゃないからな。ちょっと気を抜いたら大旱魃に逆戻りだ。アノニもいるし。だいたいジャララバードやカブール周辺じゃ、お前らだって旧政権と
違いないやと俺は肩をすくめた。
そうこうしているうちに俺たちは目的地に到着し、彼らと分かれる時が来た。
「あの山々の降雪線が見えるでしょう」
と、ドクター・サーブはケシュマンド山脈の山頂付近を示した。
「あの雪解け水が我々の生命線です。そして雪は、年々少なくなっている。雪が少なくなると麻薬が増える。そしてますます穀物生産は少なくなる」
ドクターはぎり、と歯噛みした。
体の奥底から発する悔しさが声音ににじむ。
「あなた方が何をしようとしているかはわかりません。ですが、できれば、この地で必死に生きようとしている人達がいることを、忘れないでください」
お願いします、と続けたドクターに、エディは「可能な限り」と頭を下げた。
あんな奇跡みたいな光景を見せられて、ドクターの言葉を拒絶するなんて、誰にも出来るもんか。
「囮役はしんどいが、気をつけろよ」
とは、別れ際にコマツが送ってくれた言葉だった。
全く然り。
ドクター・サーブとともに歩いた数十分。
たったそれだけで、俺たちが何をしに来たかは、二日後の昼には周辺地域全てに伝わるだろう。
あとは敵か、まだ敵ではない誰かがどう反応するか。
それをうまく察知できるかどうか、という話だった。
◇
水路沿いにG砂漠を北上し、その北の縁でぐいっと進路を西に。
■■キロばかりを砂漠の奥地に向かって進み、もう■■キロほど北上したところにある廃村が、今回の目標地点だ。
とはいえまっすぐそちらに向かうなら、最初からヘリで近くの山頂にでも降りればいい話。
俺たちが使ったのはもうちょい手前、■■キロ西に進み、そこから■■キロ北上、そこにある廃村を偵察した上で西の尾根を超えて目標に接近するルートだった(編注:■は軍事機密により非公開)。
それにしても旅人殺しとはよく言ったもので、G砂漠の乾燥具合ときたら、全く大したもんだった。
川どころか、沢の一本、草木の一本すらありゃしない。
G砂漠は雪を被ったケシュマンド山脈から流れ出た土石流が、谷を埋め尽くして出来た広大な礫砂漠だ。
アフガニスタンの山々にはそれほど植物は生えていない。高山地帯で植生が貧弱な上に、山々の多くは岩盤むき出しのところが多い。
そんなところに雨が降っても、雨水は地面に染み込まずにそのまま山肌を流れ落ちるだけだ。谷に集まった雨水は濁流となって、岩を砕き土砂を押し流すが、それで終わり。川の流れを作ることはない。
しかも土砂だの土石流だの言っても、殆どは岩や石ころだ。砂の目は荒く、保湿性のいい土壌なんてありゃしない。
水分ゼロ。
それがG砂漠だった。
折しも季節はラマダンに入り、激しすぎる陽光に炙られる日中は行動できない。
その日はルート屈曲部の廃村まで前進し休憩、昼夜逆転させての行動へと切り替えた。
最初の廃村では奇跡的に井戸が使えた。
翌朝、谷の奥の方で出会った遊牧民の小集団にそれを伝えると彼らは感謝し、俺たちの望む情報を与えてくれた。
ガヒア族はアノニマニシスと結託し、グールによるケシ畑警備と麻薬輸送を始めようというのだ。
なぜそれを彼らが知っていたかといえば、答えは簡単だ。
彼ら自身がガヒア族で、部族の決定に逆らう裏切り者だったから。
彼らはこうも言っていた。
背教者とつるんでまで生き永らえるぐらいなら、砂漠で野垂れ死んだほうがまだマシだ、と。
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