バッドブラウン・スノーホワイト②

「相変わらずだなぁ、スティール」


 声のしたほうを振り返ると、ワッツ曹長とエディの武装偵察リーコンチームが、カマボコ兵舎の入り口からどやどやと入ってくるところだった。

 彼らはこの兵舎の同居人だった。


「ジャクスン、面白かったろう? 普通の下士官や兵隊はこんな話しないもんな。スティールは将校か大学教授にでもなればいいと思うんだがな」

「やめてぇな曹長。ワシのはただの趣味でっせ? 学位なんか興味あらしまへんわ」


 ワッツ曹長の言葉に大げさな身振りで応えるスティール一等軍曹。

 それを見てその場の一同は軽く声を上げて笑った。


「合衆国批判はちょっと感心しないが、でも趣味を持つってのはいいことだよな。お前も相棒いじり以外の趣味を見つけたほうがいいぞ、ピンキー・ボーイ」


 と髭の伸びかけた顎をさすりながらエディ。

 彼は士官なのに、勤務外ならずいぶん気安く接してくれていた。


「読書ならしてますよ」

「お前のは勉強って感じだろ。そうじゃなくて楽しみでさ。なんかないのか?」


 言われてはたと考えた。

 俺の好きなヴィンテージ・マッスルカーいじりは、戦地ではできない。

 戦地でできるような趣味って何があるだろう?


「難しく考える必要ないぞ。俺とウチの曹長はコーヒー淹れるのにハマってる。お前はたまにアフガン人と肉の焼き方であれこれ話し合ってるじゃないか。そんなんでいいんだよ」

「……バーベキューですか。なるほどな」

「もっと大きく捉えて料理全般にしても、楽しそうだがな。さて、全員揃ったところで聞いてくれ」

 

 エディの声音に少しばかり緊張感が入り込み、俺たちはさっと立ち上がって背筋を伸ばした。


「OEF-A司令部から行動命令が出た。明日以降、我々第五海兵武装偵察中隊Cチームは機体捜索救難小隊四分隊を伴い、ジャララバード北東地域山中の偵察を行う。五日間の予定だ。〇五三〇起床、〇六〇〇よりブリーフィング、出発は〇七〇〇。ヘリでジャララバードの前方作戦基地FOBまで飛んで、FOBからは陸軍の車列に同行。途中で降りて、そこからは徒歩だ。詳しい説明は明日の出発前にOEF-A司令部からされるが、今回は地元民との接触も交えながらの情報収集活動となる。各自それなりの心構えをしてくれ」


 みんなはそれぞれ頷いたり、フーアと了承の意を明らかにした。

 一方で俺には疑問があった。

 何のためにそんなところへ?

 それは翌日明らかになった。



『ガヒア族が南下し、ヌーリスタン人とパシュトゥン人の領域を圧迫している。ガヒア族はタジク人の一部と並んで、アフガニスタン発の麻薬販売北方ルートの元締めだ。その彼らとアノニが接近しているという情報がある。その真偽の確認が、今回の偵察作戦の目的だ』


 と、出発前のブリーフィングで説明してくれたのは、OEF-A司令部・東部方面軍情報幕僚S2のジョン・クレイノー中佐だった。

 その名の通りドイツ系で、ちょっとばかりワーウルフの血が混じっていて毛深いが、ときどきはっとするほどセクシーな将校だった。

 カブールに来るたびにレイザーの目がたまーーーーに彼に奪われていたもんだから、そういうときは俺もヤキモチを焼いていたらしい。そのことで何度かからかわれたもんだ。

 

 ということはレイザーがキレるのはやはり人種差別のことであって、相手がドイツ系かどうかではないんだなぁ、などとぼんやり考えながら、俺は陸軍のトラックの荷台に揺られていた。

 俺の右隣に座った相棒は、目を閉じ、俺にもたれかかって浅い眠りについていた。見渡せば周りの連中も半分ばかりは同じように休んでいる。休めるときはしっかり休むのも任務のうちだ。


『ジャララバード周辺のナンガラハル州や、その東のクナール州のパシュトゥン人領域では、秋津島のNGOが干ばつ対策で用水路掘削事業を行っている。何があっても、彼らを戦闘やアノニ絡みに巻き込むな。周辺地域の反乱を抑え込んでくれているのは彼らだ。もし彼らになにかあったら、何が起こるかわからない』


 とはロレンツォ中尉からの警告で、クレイノー中佐もうなずいていた。

 彼らのことは俺も何度か聞いていた。

 荒廃した砂漠と化しつつあった農地を復活させたのは彼らだったし、アフガン人の全て──暫定政権軍も旧政権軍も、大小の軍閥も、農業省や保険行政省の役人は言うに及ばず、そこらの子供すらもがドクター・サーブ・オカムラは神が遣わした勇者だと尊敬していた。

 その彼らが一心不乱に農地回復に努めてくれているおかげで、地域住民も農業と水路開削に専念するし、俺たちよそ者に構う暇をなくしていたんだ。

 だが見渡せば、ロレンツォ中尉の警告に同意する幕僚は少数派のようだった。


『秋津島はアフガニスタン戦争初期を除いて、アノニ狩り以外の作戦には参加していない。民生支援と資金援助ばかりだ。ゲリラ対処に長ける彼らがもっと積極的に参加してくれれば、反政府組織の駆逐ももっと早く進むんだが』


 OFE-A司令部・東部方面軍幕僚長エンリケ・ハメル大佐は吐き捨てるようにそう言った。

 これでも随分穏当な表現で、当時従軍してた連中の間では「アフガンなんか全部更地にしちまえばいいんだ」なんて言説がおおっぴらに語られもしたもんだ。

 

『いいか、これは合衆国と西欧社会の自由と平和を守るための戦いだ。特に、ジャクスン三等軍曹、君は地域住民に対して同情的すぎるらしいな? 自分が合衆国の兵士であることを忘れるな』


 ハメル大佐の言葉に、俺は半ば上の空でイエスサーと答えた気がする。

 俺の意識はすでに、作戦期間中に起こりうる事態と、その中で自分が果たすべき事柄に意識が集中していたからだ。

 ハメル大佐がなにか言う前に、クレイノー中佐がブリーフィングを締めくくった。


『今回の偵察作戦は合衆国中央軍CENTCOMの正式な裁可を得たものだ。全てを見聞きし、安全に帰ってこい。支援には空軍のMQ-9リーパーが交代で張り付く。また緊急時にはバグラームに展開した空軍第一特殊作戦群の火竜FDを呼べる。だが、何事もないのが一番だ。それでは健闘を祈る』



 軍内部の不協和音に、不安定な地域情勢、敵にしてはいけないもの、敵かどうかもわからない者たち、姿の見えない敵。

 まったく。


「面倒にもほどがあるよなぁ」


 と、トラックの荷台の斜向かいに座ったエディが言った。


「かも知れません」


 短く答えて俺は周囲を見渡した。

 進路前方に砂埃。

 そのさらに前方に柳並木。

 青く澄み渡る空。

 遥か彼方に霞んで見える山並みの山頂には、ほんの僅かに白い雪。


「けど、面倒なことをするから金も貰えるし、人から尊敬されたりもする。そう思いませんか」


 明るく言った俺に、エディことウェイラー・スミス中尉は失笑した。


「お前はほんとにお人好しだなぁ!」

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