バッドブラウン・スノーホワイト①

 ワッツ曹長はいろいろと気を使ってくれたが、残念ながら俺たちが望んでいた動きにはならなかった。


 基地に戻ると、ブリュッフェン中佐はすでにドイツ軍によって勾引されたあとで、後にはやつが残した混乱だけが広がっていたからだ。

 ロレンツォ中尉から告げられたのは、ブリュッフェン中佐の捨て台詞と、カンダハルへの帰還の無期延長についてだった。

 俺たちにはさすがに休息が与えられたが、ワッツ曹長とロレンツォ中尉はあっちゃこっちゃへ電話をしたりもらったりで、息つく暇もありゃしない。

 需品部も大忙しで、四号需品室での需品補給は「あとにしろ」と入れさせてももらえない有様。


「はぁーほんっっっまムカつくわ! あのボケ!! なぁあああにが『麻薬撲滅も大事な仕事で、それを実行させただけ』じゃ、何のために旧政権と暫定政権と合衆国軍ウチで秘密協定結んだ思とんねん! どうせ民生局もからんどんねやろ、あいつら理想主義者おはなばたけやしのう」

「藪蛇どころじゃないっスよ一等軍曹ガニー、さっき外見たら暫定政権軍司令部の旗付けたハンヴィーが五台も六台も来てましたもん」

「うーわーほんまかいや!? シャレんならんやんけ!!」

「用が有るのはOEF-A司令部にみたいですけど」

おんなしこっちゃ……今ごろ司令部大荒れやぞ」


 で、残った俺たちは割り当てられたカマボコ兵舎の自分たちのスペースで、クダを巻いていた。

 話題は当然ブリュッフェン中佐について。

 小人閑居してなんとやら、だ。


 と言っても、食堂からちょろまかしてきたブランデー入りパウンドケーキを頬張りながら陰口を叩いているのは、俺とスティール一等軍曹だけ。


「ほんで自分なんしとんねん」

「……見ればわかりますよね」


 レイザーは自分のベッドの横で、熱心に銃剣を研いでいた。


「メスじゃなくてこっちを使えばよかった……」


 ボソリ、とつぶやきながら研ぎ具合を確かめるレイザー。

 あまりに真剣な響きで言うものだから、当然スティール一等軍曹はドン引きだ。

 黙ってられない、というか、黙ってちゃいけないのは俺の方だった。


「おい、伍長・・。俺にもう一度言わせる気か」

「なん……いえ、すいません、三等軍曹」


 俺が怖い声を出すもんだから、剣呑な声を出しかけたレイザーは、ぎょっとして背筋を伸ばした。


  レイザーとアホタレ少尉殿の一件は、レイザーがメスを取り落しそうになり、俺がすんでのところでそれを受け止めた、ということになっていた。

 おそらくはドイツ軍の下士官たちはそのことをわかってくれているだろうし、あの少尉殿にグスリとも言わせないことには確信があった。あの下士官二人は、どう見ても実戦経験者だったからだ。

 だからと言ってなぁなぁで済ませてはならない。

 締めるところは締めておかねばならないのが、浮世の定めだ。

 結局は相棒で上位者の俺が、もう二度と馬鹿なことはするなと、割とキツめに注意しなければならなかった。


「……すいません、でした。三等軍曹。以後、気を付けます」

「よし。頼むぜ、相棒」


 俺はわざと明るい声を出して、しゅんとうつむいたレイザーの、頭ではなく肩をポンと叩いた。

 ここは女扱いしたり、ガキ扱いするとこじゃない。


「まぁワシもエリちゃんの気持ちもわかるけぇの。ゴッディもようわかっとるけ、そないな顔すなや。せっかくの美人が台無しや」


 言いながらスティール軍曹は、本来持ち込み禁止の缶ビールを自分の物入れから三本取り出して、一本はレイザーに投げ渡した。


「俺もガキの頃はひどい目に会いましたけど、合衆国と秋津洲はこれでも差別少ないほうだってのが皮肉ッスね」

「ワシは東ルルイエが独立してから産まれてんけどや、インドネシア統治時代のひどい話はぎょうさん聞いとる。ましてやエリちゃんは黒エルフや。ドイツ野郎から要らんこと言われたら、そらぁキレてもしゃあないで」


 彼は俺にも缶ビールを手渡しながら、器用に自分のぶんも空けながら話を続ける。


「秋津洲は秋津洲で、国内やったら百点満点の民族浄化やっとるやろ。大きな問題になってぇへんのは、問題にできる勢力を残さんかったからや。いっそ感心するで」

「へぇ。物知りッスね」

「こんなん東ルルイエの義務教育の範疇やで。そういう観点からすると、ここやイラクの戦争はなぁ、下手ァうっとるなぁとしか思えんけど」


 一等軍曹はさして面白くもなさそうに言ったが、それでレイザーがこっちの話に興味を持った。


一等軍曹ガニーはなんで合衆国に来たんです?」

「そらぁアレや、エリちゃんの相棒と同じやな。仕事がのうて地元がつまらんかった、いうだけのこっちゃ。ほしたら案外居心地ええやないけ。言いたいこともまぁありよるけど、我慢出来んほどやないわな」

「はぁ」

「人生万事塞翁が馬、言うてやな。人生何があるかわからんし、浮世は世知辛いもんや。そういうもんや思うて割り切らなあかんやん?」


 レイザーは、それならわかるという表情をした。

 彼女は自分が自分であるということを納得するまで、何十年という時間をかけていたし、他にもいろんなことが彼女の身の上にはあった。

 一等軍曹はレイザーの表情を見て、ニコリとした。


「話を戻すとな、ワシは合衆国が、秋津洲との戦後処理で味ィ占めたんが悪い思うとる。あの戦争は講和したァ言うけどや、実際には秋津洲の敗戦やったやろ? 戦後の食糧援助や復興支援をエサに、秋津洲の国内統治にさんざん口出しして、軍隊もそらぁものゴッツイ粛清人事させとる。ほんでも秋津洲の連中は、イラクやここの連中みたいにばらばらに抵抗したりせんかったわな」

「それはなぜなんでしょう?」

「秋津洲の歴史にあるんやろなぁ。元はアフガニスタンと同じく農業国家、氏族社会やってんけど、もう一四〇〇年近く国家君主と為政者が分離しとって、でも為政者らは可能な限り国家君主の顔を立てとった。成り上がりの連中ですらそうや。そんな国の国家君主が国民に『今は従え』言うたら、そらまぁな、ちゅうとこやろ。政治的な国民合意の形成は、それぐらいのふわっとした理由で十分やったんやな」

「それで合衆国は誤解した?」

「特に民政局がな。負けた国のもんは勝った国の言うこと聞くようになる? アホぬかせ。ほんまは国民に慕われる国家元首が頭ァ下げて、初めてそれが為されるんや。『ワシらの親分があない言うとんやけ、ワシらも頭下げなあかんわなぁ、腹立つけどよぉ』、言うてな」

「なんか、ギャングみたいですね」


 レイザーは小首をかしげ、一等軍曹はもう一度ニコリとした。


「ええとこ突きよるわ。国とギャングにそないな違いはあらせぇへん。ほんまは初期のクニのあり方を真似しとるんが、ギャングやっちゅう話やけどな。で、それをいちいち親分のクビ跳ねて回ったり、そもそもそんなんおらんところに乗りこんでって『言うこと聞けや田舎モン~~~』言うてやで? 誰が聞くんや」


 そこまで言って、スティール一等軍曹は両手──に見えるようにまとめた触腕──を広げて、肩をすくめる動作をした。


「めっちゃお国のこと批判してません?」

「しとんねや。そこに所属する自分のこともな。ホンマ浮世は世知辛いもんやで」


 俺の疑問に彼は苦笑で答えた。

 唾を吐いたり、拗ねたような態度は見せなかった。

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