黒エルフ、サキュバス、とスライム①
ここは南部の中心地、アトランタ。
ダウンタウンのとあるモーテル。
モーテルとは言うが、B級映画に出てくるようなうらぶれた建物ではなく、かなり清潔な印象だ。
その二階、西端の部屋では男女が言い争いしていた。
「むぉおおおおおおおおおお! いい加減!! 諦めろぉおおおお!!」
「色気も情緒もへったくれもないのは嫌だつってんだるぉおおおあ!!」
「色っぽく迫るとか! 今さら! そんな真似できるかぁああああ!!」
「男のベルトにしがみついてるほうが恥ずかしいとは思わんのかあ!!」
「うるせえ!! お前が!! パパに!! なるんだよぉおおおお!!」
つまりどういう状況かというと、ジョニー・ジャクスン三等軍曹のデニムパンツを脱がさんとアイシャ・ラミレス二等軍曹がそのベルトにぶら下がり、彼は必死に抵抗していたわけだ。
二人の部下にして2/5海兵歩兵大隊偵察目標捕捉小隊二班の色恋沙汰の中心人物・エリザベート・ファースタンバーグ伍長は、少し離れた椅子に座ってその状況を眺めていた。
生クリームの上にキャラメルソースとチョコチップがたっぷりかけられたカフェオレを、ずごごごごごごごと吸いながら。
面白いことになったが、どうも蚊帳の外に置かれているようで面白くない。
エリザベートの顔にはそのように書いてある。
◆
ことの発端は一年以上前にさかのぼる。
サキュバスとしての能力、すなわち
以来、アイシャは何も言わずにジョニーを信頼するエリザベートに惚れきってしまい、ついでジョニーにも好意を抱くようになる。
彼女自身は同性愛者ではあったが、エリザベートが愛するジョニーの子供であればぜひとも欲しいとことあるごとに口に出すようになり、半年ほど前に「クニに帰ったら、まぁ」というなんとも当てにならない約束を取り付けたのだ。
さて、一年に及ぶイラク勤務を終えて合衆国に帰ってみると、エリベザベートはインフルエンザに罹っていた。
そこにジョニーに対しエリザベートの姉ヴィクトリアから面談の呼び出しがあり、ジョニーはエリザベートをキャンプ・レジューンの軍医に任せてアトランタまで出向いた。
ところがこれはエリザベートとヴィクトリア、ついでにアイシャの仕込みであり、エリザベートは(予定とは違って本物の)高熱を出したままアイシャに付き添われて、ジョニーのあとを追ってきた。
ジョニーとヴィクトリアの面談、というよりはヴィクトリアによるジョニーへの詰問を背後で聞いていた二人は、ジョニーの「エリザベートはエリザベートであって、男か女かは関係ない」旨を聞き安心し、さらに深く彼を愛するようになるのだった。
というところで終わればお涙頂戴メロドラマ、ケーブルテレビで放映される恋愛ものの一幕であったが、そうは問屋が卸さない。
アイシャは「アトランタにはまともな親戚のやってる魔法医がいて、料金は高いがインフルエンザ程度なら二時間で治る」と主張し、実際そのようになった。
というより、アイシャは最初からそのつもりでアトランタまでの外出許可を取り付けたのだ。
となると頭が上がらなくなるのがジョニーとエリザベートなわけで、そこでアイシャは例の当てにならない約束のことを持ちだし、なんやかやあって今に至る。
長いうえに仔細が省かれまとまりに欠けることこの上ないが、まぁ要するにそういうことだった。
◆
「いい加減にあきらメロン!」
「バカたれレイプじゃねーかこんなもん!」
広めのダブルベッド二つが並ぶ室内で、どたんばたんとジョニーとアイシャは騒がしいことこの上ない。
とはいえ殴り合いにはならないわけで、はたから見るとスライムとサキュバスがいろんなところをぼよんぼよんさせながら、仲良くじゃれているだけにしか見えない。
無性に腹が立ちだしたエリザベートは、とっくの昔に空になったカフェ・キャラメルなんとかかんとかの容器をぐしゃりと握りつぶした。
それでも二人は気付かない。
プライベートでは堪忍袋の紐が切れるまでがとにかく早いエリザベートは、ついに立ち上がって大声を出そうとした。
ドアがドンドンと叩かれたのはその時だ。
同時にガラス窓が震えるほどの怒鳴り声。
「うるせーぞ! 何やってる! 警察呼ぶかコラ!!」
その声に大人しくなったジョニーとアイシャ。
その横をずんずんと突き進み、対応のためにドアを開けたエリザベートの顔を見て、怒鳴り声の主たるごついオーガーはすごすごと引き下がったそうだ。
が、これはいわゆる余談というやつである。
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