デイ・アフター・デイズ③

 九月十八日。

 モスルからの平和理な撤退に成功した俺たちは、クウェートの有志連合軍基地で二週間の休暇を与えられた。国に帰れば、さらに二週間の休暇が待っている。


 休暇というか、心理診療期間というべきだっただろうか。

 クウェートの有志連合軍基地では合衆国民を含む多くの民間人が働いていて、気候を除けば、まるっきり合衆国本土やヨーロッパと変わらない生活ができた。

 そこで俺たちはイラクの砂ぼこりを落とし、ゆっくり日常に復帰する。

 そういう建前の施設だった。


 効果はあった。

 少なくとも、撤退してきた兄弟たちの一部には。

 すぐに内地の集中治療室に行かねばならないような奴以外は、その基地の個室病棟で十分な治療を受けることができたし、内地に帰るころにはずいぶんまともな心理状態にもなっていた。


 怪我をしなかった連中もそうだ。

 イラク人なんか全員ぶっ殺せって喚いてたような奴。

 メスキットを給仕係に投げつけてたような奴。

 廊下を歩くときに壁を殴りつけ続けてたような奴。

 そういうのも、合衆国サイズのダブルバーガー喰ったり、豚の旨みほとばしるソーセージ喰ったり、警備のM1A2戦車の排気でバーベキュー(編註:M1戦車のガスタービンエンジンの排気は非常に高熱なため、排気グリルに鉄板を渡すとステーキも焼けるという「非公式な確定情報」とその動画が存在する)してるうちに、まぁだいたいはまともになった。


 俺は全然だめだった。

 毎日夕方にシューティングレンジに通ってマガジン十個ばかり撃たないと眠れなくなっていたし、レイザーとアイシャにはモスルに居た頃よりそっけなく付き合っていた。


 俺の三番めの兄貴はひどく馬鹿で、裁判所と刑務所を行ったり来たりしてるようなクソ野郎だった。泣かした男女は数知れず、実家を継いだ一番上の兄貴が商売に悪影響だと言って、絶縁のための訴訟を起こす始末だ。

 そして俺にはヤツと同じ遺伝子が入ってる。

 俺がヤツのようにならない可能性がどこにある?


 だから一人きりになれる時間が増えたのは、心底ありがたかった。


 そうやって過ごし始めて一週間が経過したころ、俺は大隊長殿に呼び出された。

 大隊長殿に与えられていた部屋に向かうと、そこにいたのは。


「ようジョニー! 久しぶり!」


 懐かしの大恩人。

 俺を不名誉除隊の窮地から救ってくれた、大尉殿改め堕天使少佐殿閣下と、お供の上級曹長殿だった。



 なんで二人がクウェートくんだりまで来ていたかと言えば、当時編成を完結したばかりの海兵隊特殊作戦コマンドMARSOCの任務で、アフガニスタンに行った帰りだったからだそうだ。

 少佐殿ったら妙にウキウキとそういったことを話すもんだから、そのことを指摘したところ、だ。


「サムが少佐殿に求婚したぁ!?」


 様々な人種と国籍と軍種と階級でごった返す食堂──というよりはフードコートの片隅で、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 サムは俺の実家の斜向かいに住む、退役海兵中尉だ。

 パナマで負傷、傷病除隊したあと世間から隠れるようにマディソン郡に引っ越してきたんだが、どうやら少佐殿、少尉時代にサムと縁があったらしい。

 俺を海兵に連れ戻しに来てくれた時、サムと再会してから二人は恋人同士になったんだ。


 俺の頓狂な声を聞いた少佐殿は、青みがかった紫色の肌の色を濃くしつつ。


「えへへ、照れるにゃー」

「ちょっと待って今の声どこから出したんスか」


 全く女の子らしい声と仕草で少佐殿はぐにゃぐにゃと身悶えた。

 普段のキリリとした声と態度からは、想像の余地がまったくない。


「いやまぁそれはともかく、おめでとうございます、少佐殿」

「ありがとうジョニー。んふふ。お姉ちゃんて呼んでもいいんだぞ?」


 その時の少佐殿の顔ったら!

 だらしないったらありゃしなかったが、その笑顔はこのあとも何度も目にすることになる。


「そうだ、ジョニー。お前のカワイコちゃんたち呼んでこいよ。私がファースタンバーグの坊やと約束したのはエリザベートのことだけだからな。一応面接しとかにゃ、私もあの坊やに言い訳ができ……どした?」


 上院議員をとっ捕まえて坊やもなにもあったもんじゃないが、御年二千年を超える堕天使サマにはみんな赤ん坊みたいなもんだ。


 で、俺は「カワイコちゃん呼んでこい」って言われた瞬間に、文字通り青くなって小さくなっていた。

 今更あいつらにどうやって顔合わせるんだ?

 確かそんなようなことを考えていたはずだ。

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