デイ・アフター・デイズ②

 駐屯地外への外出禁止とはいっても、のんびりだらけてて良いわけがない。

 海兵隊は万年人手不足、それぞれ別の部署へ手伝いに行くことになった。

 俺は専門通りに衛生課。

 人の機微を読み取るのに長けたアイシャは情報課。

 隠密行動・追跡・狙撃の天才であるレイザーは、イラク軍への教練に。


 レイザーをイスラーム──というよりアラブ男の教練に出して大丈夫かと訝しんだが、訓練担当のE中隊二小隊の姐さんがたが相当にやっつけたらしく、その点は問題なさそうだった。

 そもそもモスル駐屯の新イラク軍にもクルド人民軍ペシュメルガの女性隊員の恐ろしさは十分に伝わっているし、その影響を受けて現地のイラク人女性たちも強かだ。

 他の地域はともかく、女だからというだけでなめてかかると痛い目を見る、というのはモスル近郊では共通認識だった。


 アイシャは頭の回転も良いし、自身の──あまり良い思い出の無い経験から、人の心理を読み解くのには慣れている。

 そうでなくともサキュバスは、他人の匂いと生体魔力波を読み取って最適な魅了チャーム周波数・・・(アイシャ曰く、他に表現のしようがないそうだ)を出すことができる。尋問官にはうってつけだ。

 だからこっちも問題は無し。


 俺の問題は俺の問題だ。

 そのことだけはわかっていた。



「失礼します、マム。ジャクスン三等軍曹、お手伝いに参りました」


 と言ってイラク軍の施設をそのまま接収して使っている駐屯地の医務室に入ると、意外なことに返事はなかった。

 医務室は案外広い。

 医務室とは言うが、実際には十八床のベッドが並ぶ病室と二つの手術室、一つの診察室がある。もう立派な病棟だ。

 普段は各小隊の衛生兵が持ち回りで看護師をやるんだが、この時はちょうどみんな出払っていた。面倒を見なければならない患者も一人しかいなかったし。

 一六床の一般ベッドはカラで、その奥のほう、ビニールカーテンで仕切られた二床のICUベッドのほうを覗くと、そこには包帯でぐるぐる巻きにされいろんなチューブを括りつけられた痛々しい姿のロボ。かぶせられたシーツには、左足のぶんのふくらみが足りない。人工呼吸器はつけていなかった。

 ヤマダ軍医中尉はロボの右手にしがみついたまま、突っ伏して寝息を立てている。

 俺に気付いたロボが首だけ回し、弱弱しくウインクしてみせた。


「よう、ロボ。具合はどうだ?」


 ヤマダ中尉を起こさないように静かに尋ねると、ロボは左手で「まぁまぁさ」と身振りをした。

 少しいいか、と断りを入れてからヤマダ中尉とは反対側のスツールに腰かける。


「……曹長もミラー坊やも死んじまった……俺は運が良かったよ」

「俺の班がもっと近くにいればよかったのに」


 かすれた小さな声で語るロボへの相槌に、やつは目を丸くして体を起こそうとした。実際にはちょっと身じろぎしただけだ。


「……馬鹿なことを……そういうとこだぞ……ゴッディの駄目なとこは」


 目を丸くするのは俺の番だった。


「怒ってるのか」

「ゴッディが……あそこに居たぐらいでどうにかなるなら……この戦争は……もうとっくの昔に片付いてるよ」


 ロボは静かに激昂していた。

 殺気が体毛をわななかせ、筋肉が膨張していた。

 例外はヤマダ中尉が枕にしている右腕だけ。


「ゴッディはさ……最高の海兵になりたいんだろ……最高の海兵ってのは……己を知って……仲間のために戦う奴だよ……自分の戦功や能力を求める奴じゃないよ」


 ロボはそれだけ言うと、ふぅっと力を抜いた。

 わなないていた体毛がしおれるようにしぼんでいく。

 しぼんだのはロボの戦意かもしれない。


「俺は自分を変えたくて海兵に入って……それは叶えられた……それはゴッディ……感謝してるよ……けど……俺はもうここまでだ……ここからは別の人生だ……」


 そうしてロボは目を閉じ、疲れたんだろう──寝息を立て始めた。

 俺は何も言えず、その場を立ち去ることしかできなかった。

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