2-2. ハードデイズ 3人の ~イラク2006~2007

デイ・アフター・デイズ①

「ジョニー! ジョニー、やめろ!」


 その声は俺の思考には届いていたなかった。

 誰が叫んでいたかもわからない。

 その行為をやめたのは、仲間たちに羽交い絞めに取り押さえられ、仰向けに寝っ転がされてからだ。


 つまり俺は、モスルの街の往来のど真ん中で、二時間前にロボの班を吹っ飛ばしたテロ野郎を銃撃戦の末にとっ捕まえて、むちゃくちゃに殴りつけていたんだ。


 そいつがロボの班を本当に吹っ飛ばしたのかって?

 知るもんか。

 ともあれ南方からやってきたそいつらは、モスルを戦場にしようとやってきたクソ野郎どもだ。

 携帯を何台も持って、AKと砲弾と爆薬を載せた車でぶらぶらしてる阿呆どもがそうじゃなかったら、いったいなんだって言うんだ?


「やめろ、ジャクスン三等軍曹! やめるんだ!!」


 人垣の向こうでもぞもぞしてるアラブ野郎をぶちのめそうと、上体を変形させた俺は誰かに思いっきり顔面を張り倒された。

 それで俺はようやく我に戻り、目の前の海兵に目の焦点を合わせることができた。

 

 呆然とした俺は周りを取り囲むD中隊の坊やたちに引っ張られ、なんとか二本の脚で立ち上がる。這いずって逃げようとしたテロ野郎も、他の海兵が乱暴に引き立てて強引に連れ去ってゆく。

 俺の下敷きになりながら、俺を羽交い絞めにしていたのは相棒のレイザー。

 俺を張り倒したのは、直属上官のアイシャだった。


 二〇〇七年八月半ば。

 イラク北部の街、モスル。

 九月の合衆国軍撤退を目前にして、この街はやにわにきな臭さを増していた。



 市内、それも天下の往来で銃撃戦。

 民間人の死亡者こそ無かったものの、流れ弾で付近の病院の救急病棟がパンクするほどの怪我人は出た。その隣のモスクはまるで野戦病院。

 おまけに、体に風穴がいくつも空いて戦闘力を失ったテロリストを、人相が分からなくなるぐらいむちゃくちゃに殴りつけたとあっては。


 アノニの一件以降、俺たちは市内とその周辺のパトロールを無闇に強化していた。

 以前よりも現地住民たちに煙たがられるようになっているのは、疑いようのない事実だ。

 これまで仲良くやってきた現地住人達でも、俺たち海兵に対して敵意の一つや二つ芽生えさせても仕方がない。

 撤退間際こそが一番危ういのに、その危険度を跳ね上げてどうするつもりだ? 


 大隊の幕僚連からそういうふうにこってりと絞られた俺は、大隊長の計らいで不問に処された。本来なら捕虜虐待に問われるところだ。

 一班が小隊長もろとも吹き飛ばされた偵察目標捕捉小隊STAは、三班フェルナンデス二等軍曹が率いることになった。

 そして俺たちの偵察目標捕捉小隊二班には、連帯責任で撤退まで駐屯地外出禁止が言い渡された。言うまでもなく考課表キャリアシートには傷がつくことになる。

 俺を信じてついてきてくれているレイザーや、自分が何者かを証明しようと努力しているアイシャにとっちゃいい迷惑だ。


 言っておくが、この時の俺はまだ地獄を見ちゃいない。

 同時期のバグダット駐留陸軍や、その少し前のファルージャに居た海兵の兄弟たち、各地で死闘をくぐり抜けた有志連合の男たちのように、心と体に深い傷を負ったりなんかしていない。

 けれど、ちょっと戦争の裏側を覗いただけでこの有様。

 ぶよぶよにしちゃ骨があると評されたジャクスン三等軍曹殿は、あっという間に乱暴なだけが取り柄のクソ野郎に早変わりだ。

 まったく、情けないにもほどがある。

 

 俺はいったいぜんたい、何をしてるんだ?

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