アンヴァニッシュド・ファクツ
地上に上がるため連絡を取ると、援護に来ていた武器小隊のライフル班がはぐれグール数体に襲われていた。
多分そいつらは水に流され、俺たち突入班が見逃した穴から這い上がってきたんだと思う。
その班まで三〇〇メートル。
ともあれ俺は
間に合わなかった。
一人はすでに変異していて、そいつの仲間が自分の腕と引き換えに成仏させた。
俺が助けることができたのは五人、その場でぶった切った手足も五本。うち一本は肩からバッサリだ。
七人の死傷者はのうちの六人は、俺が作ったようなもんだった。
シンクレア大尉=ハミルトン少佐はヘリで緊急搬送されている途中で死んだ。
◇
「結局あのネクロ二人はどうしたのさ」
駐屯地に戻った翌日、まだ隔離室──俺たちがアシュラフのメッセージを解読した部屋──に閉じ込められたままのロボが防爆ドア越しに尋ねた。
ロボはグールの返り血を浴びすぎていた。
駐屯地に戻ってすぐに高圧洗浄機で全身くまなく洗われていたが、微細な傷から入り込んだグールのバクテリアと呪いに汚染されているとも限らなかったからだ。
「死んだよ、昨日。中毒死だ」
俺はドアの横の壁にもたれて、海兵復帰後しばらく続けていた禁煙を破り、プカプカとタバコを吹かしていた。海兵の偵察狙撃兵の喫煙は禁じられている。
知ったことかって気分だった。
その辺をぶらついていた上等兵からまきあげたのは、ラッキーストライクのメンソール五ミリグラム。
「は?」
ロボが頓狂な声を上げた。
当たり前だ。
あんなに苦労して、犠牲も出して、わざわざひっ捕らえた野郎どもが、直接の罵声を浴びせるまもなく死んじまったなんて、戦った甲斐もクソもないじゃないか。
「奴らの腹の中にはセムテックスが二キロずつ入っててな。いざ手詰まりになったらグールになり、頭を砕かれたら自爆して出入り口を埋め立てるつもりだったらしい。合衆国軍は友軍兵士は死体でも必ず持ち帰る。そのうちの何人かがグールになってりゃあいつらの勝ち。モスルなりバクダッドなりクウェートなりでアウトブレイクが始まれば、全世界へのパンデミックは免れ得ない。そうでなくてもマスコミが大騒ぎをはじめて、全世界は大パニックになり、アノニのはびこる余地が生まれる。そういう筋書きだったのさ」
「それがなんで」
「爆破訓練で習ったろ? C4を食うな、中毒になって死ぬって。セムテックスも一緒だ。体内に埋め込んだ爆薬のビニール包みは密封されていなかった。あいつらも死ぬ時期わかってたんじゃないか? ついでにお互いのことも悪く思っていなかった。だからアイシャの
「くそったれ……」
ロボはガンとドアをどつき、砂埃が舞った。
「全くだ」
全くだ。
俺は声を出さずにつぶやき、またな、と言ってその場を離れた。
踏み潰したタバコは、クソみたいな味だった。
◇
ハミルトン少佐が戦死し、グリンベレーが去ったあと、ハミルトン曹長も戦列を離れた。
心神耗弱という診断だ。
後任は本土から赴任してきたバンクロフト曹長。
脳みその中まで筋肉でできていて、血液の代わりにステロイド製剤が流れているようなやつだ。
やつはアノニの残党狩りを一生懸命やり始めた。
俺は喜々としてそれに従った。
モスルの住人たちは協力的だった。
例の地下構造の出入り口だったところは、コンクリートブロックが山と投げ込まれ、ガチガチにコンクリートで固めてから、クソ頑丈な鉄筋コンクリートのビルが建てられた。地下はなし、一階にはバカでかい開かずの間がある、いかがわしい建物だ。入居者はほとんど居ない。
二〇一三年に自称カリフ制イスラム国家のごろつき共がモスルを戦場に変えたときだって、誰一人近づくことはなかったと聞いている。
例の水は地下構造から溢れることはなかった。
神代兵装はそこにあったものか、アフガニスタンからわざわざ持ってきたものではないかということになった。
ご都合主義もいいとこだ、くそったれめ。
二ヶ月後、俺の班はひさしぶりにティグリス川を渡ってすぐ、シーア派居住区の入り口の、いつもの雑貨商を訪ねた。
親父さんことアッバース退役少将の姿はなく、彼が揚げていた菓子の味は変わってしまった。
クルド人地区のザヒルさんを訪ねると、彼女の姿も消え失せていた。
ザヒルさんの秘書をしていた女性から手渡されたメモリーカードには、「すまん、アッバース」と書かれていた。
俺はそのカードの中身を見ないまま、大隊にくっついてきてたCIA職員に直接手渡した。
あれはきっと、パンドラの箱だ。
あの街と、あの戦争と、「イラクのアノニマニシス」についてと、なぜハミルトン少佐がシンクレア大尉と名乗っていたのか、そもそもODA666は本当に存在していたのか、それらがすべて押し込められているんじゃないかと、俺はそう思う。
そのあとそのメモリーカードがどうなったか?
知りたくもないし、知る必要もない。
そもそもこの話は、どこにも記録の残っていない、いい加減ガタの来た海兵おじさんのつまらん繰り言だ。
そいつを忘れちゃいけないぜ。
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