ケイム・アウト・オブ・ザ・グレイヴ

 アノニマニシス掃討作戦は一六〇〇時になっても完了しなかった。

 どころか戦果もさして増えなかった。

 おまけに地下構造外周の制圧と掃討が終わり、中心部へ近づいていくと急激に構造が簡素になり、当然加速度的に内部捜索は進行し──突入部隊全員が中心部の出入り口ホールでかちあう羽目になった。

 


 ホールは直径で四〇メートル、二~三〇〇人が一堂に会することができる広さを持っていた。

 ホールの外周をらせん状に上る階段があり、天井の高さは不透水層をぶち抜いて五~六メートルはありそうだった。

 地面にはところどころに血溜まりのあと。

 腐った血と脂の臭いに、何人かがげぇげぇやっている。


「どうなってんだ? 死人どもは三〇〇からいるはずだろうが」


 出すもの出し尽くしたデイブが、口をすすいだ水をべっと吐き捨てた。


「ゴッドスピード、そっちはどんぐらいやった?」


 気ぜわしげにロボが言う。

 俺は努めて無表情に返答した。


「こっちゃいいとこ三〇かそこらだ。そっちは?」

「俺らは二〇もいってないよ。みんなは?」


 グリンベレーも偵察目標補足小隊STAも各班似たりよったりで、俺の班だけが格段に多かったようだ。

 それにしたって少なすぎる。


「とすると全体でも百八〇いってないってことか」

「ガセってわけはないよな。みんな服が新しかったし、腐ってるってもずいぶんマシな方だ」

「ほかのテログループが斬首ビデオ撮るために拉致したのが半分だったとか……」


 周りがざわめく中、俺は元イラク軍軍曹に尋ねる。


「どう思う?」

「以前南部のテログループがこの街に根城を作ろうとしてな。スンニ派とシーア派の若い連中で追いかけまわしてクルド人地域に追い込んで、クルド女たちが洗濯竿や鍋やでさんざんにどつきまわしたんだ。三日後に仕返しに来た連中は、あんたらの前任陸軍と俺らの現役の後輩イラク軍がやっつけた」

「じゃあ他のテロ屋や民兵組織の仕業じゃないな。警察もちゃんと仕事してるし」


 元軍曹の言葉をたまたま耳したクルド人女性兵士が、向こうで自慢げな顔をした。

 俺は街のみんなの団結力に改めて感心しながら、どうします、とハミルトン曹長とシンクレア大尉を見る。

 シンクレア大尉は短波無線で上層部とやり取りしていたが、通話を終了すると諦めたような表情で皆を見回した。


「今日はお開きにしよう。早めにデモ隊を解散させたほうが良さそうだ。群衆の”熱”が予想より上がってるらしい。俺たちはこの上の出入り口からいったん地上に」


 その時誰かが──海兵でも、グリンベレーでも、手伝いの民兵でもない、他の誰かが──なにかして、どこかでなにか物音がした。遠くで空母の整備甲板から飛行甲板へ飛行機を持ち上げる、何百トンものエレベーターが落っこちたような音。それから何トンもの石の塊が引きずられるような音だ。

 それを耳にすると同時に、強めの魔法感応力を持つ連中がその場にぶっ倒れた。海兵とグリンベレーの半数、三〇名ちょっとのイラク人民兵のうち五人ほど。うちの班で言えば、班長のアイシャとレイザーだ。


「どうした、レイザー、アイシャ!」

「だいじょうぶ、目が回っただけ」


 レイザーはなんとか自分の足で立つことができた。

 一方でアイシャは身を起こそうとして四つん這いになり、げろっと一腹吐き出した。


「二等軍曹!」


 俺が声をかけると、なんとか上体を起こして荒く息をついた。

 そのまま俺を無視してハミルトン曹長に大声で報告する。


「曹長、まずいです。大規模な魔力震……神代兵装です!」


 だが曹長はそれを一瞬聞き逃していた。

 シンクレア大尉もまた倒れて意識を失い、それに気を取られていたからだ。



 シンクレア大尉ことハミルトン少佐は一見ヒトに見えるが、本当はシェイプシフターだ。俺たちぶよぶよスライムのように物理的に姿形を変えるわけじゃない。常に「そう見える」ような魔力フィールドを張り、それによって周囲の人間が彼、または彼女を「そう見て」いる。

 つまるところは全く魔法的な種族で、大規模な魔力震は俺たちが食らう衝撃波と同じような影響をもたらすことになる。


「あなた、あなたしっかりして! あなたの姿がよく見えないわ!!」


 ハミルトン曹長はグリンベレーのダンテ准尉と一緒に、シンクレア大尉だかハミルトン少佐だかよくわからない人物を抱えあげようとして悪戦苦闘していた。

 そこにロボとミラー上等兵が駆け寄り手を貸す。ミラー上等兵はなんの特徴ももたない白人の若造だが、偵察狙撃兵というだけで価値が有った。

 彼らがぶっ倒れた連中を担ぎ上げようとしたその時、レイザーとロボがビクリと背筋を震わせ四囲に視線を走らせはじめた。


「まずい、まずいぞ皆……グールだ。上からも周りからも来るぞ!」

「空気の湿度が増してる……遠くで滝のような音がしてる! 水が来る!」


 ロボとレイザーの五感を疑うバカは、俺たちの小隊にはいやしない。

 顔面蒼白になった俺たちは、まだ魔力酔いでよろめいてる奴らをとにかく立たせ、階段の方へ引っ張っていった。

 先頭はダンテ准尉ほかグリンベレーのまともな連中、中程にイラク人と目を回した連中、海兵隊のまともな連中が続く。

 殿しんがりは俺とロボとフレオス曹長だ。



「ジョニー……」

「ゴッディ!」

「早く行け! まともに戦えてグール慣れしてるのは俺たちだけだ! レイザー、俺らの班長を頼むぞ」


 足元がおぼつかないまま互いに肩を貸し合って立つ俺の女達を後ろに押しやり、俺は銃剣をM4A1に装着する。

 レイザーは唇をきゅっと引き結ぶと、アイシャを無理やり引っ張って階段を登っていった。

 階段の幅は大人五人が並んで登れる広さが有ったが、手すりはない。上の方で落っこちたらだ。


「カッコつけちゃってまぁ」


 同じく銃剣をM4A1に取り付け、爪をニョッキリ伸ばしたロボにからかわれた。


「こういうときにカッコつけなくて何が男だっつぅの」

「一度カッコつけ始めたら最後までやんないとな。それが男の矜持ってもんだ」


 予備弾薬をもらってきたフレオス曹長が、俺たちに二本ずつマガジンを渡しながらニヤリと笑う。

 今やグールのうめき声は、ホールにつながる四本の通路の全てからはっきり耳に届いていた。


「そういえばロボは彼女作んねぇの?」


 新しい弾倉に交換し、チャージングレバーを引いて装填。

 背中に吊るしていたベネリのショットガンも確認する。

 腰の後ろには滅菌パックに包まれた手斧と、両側面をよく研いだ折り畳みシャベルに、右のケツには民間用ホローポイント弾を詰めたM9拳銃。


「うーん。あんまり良くわかんないんだよね、そういうの」


 首に巻いていたシュマグアフガンスカーフを鼻面まで引き上げ、マスク代わりにしたロボがモゴモゴと応える。


「もったいないな。若くていい男でベテランとくりゃ、駐屯地キャンプ周辺の女どもがほっとかんだろうに」


 サングラスとマスク代わりのドクロを描いたスカーフを整えたフレオス曹長が混ぜっ返した。


曹長殿マスターサージャント、海兵隊は物持ちがいいんであります、サー」

「童貞は死なないんであります、サー。ゴッディは死亡フラグ立ってるけど」

「ほっとけよワンちゃん」

「バウワウ!」


 俺たちアホで間抜けな海兵クレヨンイーターは口々に軽口を叩き、フレオス曹長は軽く笑った。


「さて、やるか。来たぞ!」


 そして奴らが姿を表した。

 先頭はよく見知った顔だった。

 アシュラフ・アッディーン。アフガニスタンから来た男。

 いつかは真っ当な商売をしたいと願っていた故買屋。

 アノニマニシスを裏切り、アッラーのもとに帰ると誓った男。


 俺がショックを受けたかって?

 さて、どうかな。

 トリガーを引くときに「インシャラーアーメン」とつぶやいたことだけは、覚えている。

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