ブラッド・バス=ブラッド・マインド

 地下への入り口は近隣の廃屋二ヶ所にあった。

 それと今は農地と住宅が入り混じっている城壁内側にも二ヶ所。

 四ヶ所も出入り口があったんじゃ面倒が過ぎるし、見落としがあるかも知れない。

 といったわけで見晴らしのいい城壁内側を武器小隊が火制範囲、つまりM249SAWやらM60軽迫撃砲やらで照準を付けた範囲に収め、市街地の入り口から俺たち突入部隊──アッバース少将はカミカゼと呼んだ──は地下陣地に侵入、制圧を行う。もし他に出入り口があれば、位置を特定しだい大量のコンクリートブロックを投棄して封鎖する。グールの爪はコンクリートには歯が立たないし、地下陣地は深さ一〇メートル以下、恐ろしく硬い不透水層の岩盤の下にある。天井をくりぬくのはグールどもには無理だ。

 地下陣地に爆薬仕掛けてまるごとふっとばそうという意見もあったようだが、どれだけの爆薬が必要になるかわからんし、爆薬が多すぎてになったグールが地上に巻き上げられても面倒だ。


 バチカンから”メギドの火”と呼ばれる神代兵装を借りられれば話は早かったんだが、そうはいかない。

 アレは半径二キロメートルのすべての物質から酸素原子を抜いて燃やす、おっそろしい代物だ。

 生物の主要構造の殆どはタンパク質、つまりアミノ酸だ。そこには必ず酸素原子が潜んでいる。”メギドの火”に触れたが最後、生きてようが死んでようがチリに帰っちまうんだ。

 今回みたいな地下構造物が相手なら、出入り口をふさいでメギドの火を放り込んで発火させ、それで終了。


 けど、バチカンの連中は”審判の日”までそいつの封印を解くつもりはなかったし、そもそもこれは秘密作戦だ。

 面倒だが一体ずつ成仏させるしか手はない。



 ひんやりと冷たく湿った空気に、カビと腐肉のにおい漂う地下一〇メートル。

 そこにもともと有ったであろう地下構造は、武器を持った大人の男が三人並んで歩けるほどの広さを持つ廊下と、多数の小部屋で構成されていた。天井の高さも申し分ない。迷路、と云うには整然としていたが、問題はその広さだった。


「一二時、五二メートル、腰の高さ、右の廊下の角」


 近代的な設備といえば、所々に吊るされた薄暗い裸電球とその電線のみ。

 闇を見通す俺の複合視界には、物陰からほんの僅かに頭を出しグールどもを操る死霊使いネクロマンサーの姿が白くはっきり映っている。


 ダムン!


 一拍置いてレイザーがM14EBRから放った7.62mmNATO弾は、正確に死霊使いの頭部を打ち抜き、粉砕した。


「来るぞ!!」


 叫ぶと同時に、四メートル前方左右の廊下で待ち伏せていたグールどもがよたよたと無防備に歩み寄ってくる。

 さっきまでは巧みに進退を繰り返していたが、ネクロがいなけりゃグールなんざこんなもんだ。

 慌てず騒がず、一秒に一歩ずつ後退しながらトリガーを引く。

 俺とアイシャのM4A1は、サプレッサーで減じられたバスッ、バスッという特徴的な鈍い音響とともに秒速八六五メートルで5.56mm弾を吐き出しながら、俺たちの肩を軽く蹴る。

 そのたびにグールたちは頭を弾けさせ、腐った脳髄を撒き散らした。

 三歩ほども下がったところでレイザーも参戦する。

 銃を左に軽く傾け、銃身の真上に取り付けたリューポルドの六倍スコープ、その右脇に斜めに取り付けたイオテックの小型ホロサイトを使い、ダムダムダムと速射を行う。

 あっという間に一〇体ほどの魂の抜け殻がその場に積みあがるが、俺はそれを確認せずに銃口を上に向け回れ右。

 素早く構え直し、銃身左に取り付けたフラッシュライトを点灯して後方を照らす。

 後方一五メートルに補給の弾薬と水を抱え、背中にAKを吊るした若い民兵たち。

 彼らは鋭い光に顔を反らし、手で目を庇いながらその場にしゃがみ込んだ。

 思った通り、彼らと俺の中間地点の土壁が崩れ始めている。


「伏せてろ!」


 アドレナリンが命じるままに叫び、崩れ始めた土壁のちょいとばかり上を狙ってトリガーを引く。

 敵はグールを土壁に埋めておき、死霊使いネクロマンサーが死んだら、制御を失って出てきて近くにいるはずの俺たちを襲うようにセットしていたんだ。


 けどそんなのとっくにお見通し、アフガニスタンでも食らった手だ。

 俺の放った5.56mm弾は見事に土壁の中のグールどもの頭部にヒットし、連中は土壁から出ることなく成仏した。

 

「クリア!」

「クリア!」


 背後でレイザーとアイシャが自分の担当範囲の制圧を宣言し、俺は後頭部に複合視界の目玉を一つ作ってそれを確認した。そっちのほうでは、確かに動くものは無い。

 ため息一つ付いて、俺も制圧を宣言する。


「兄さんがた、大丈夫か」

「ああ! ありがとう!」


 俺の呼びかけに感謝の言葉を口にしながら駆け寄ってきた民兵たちは、全部で六人。だがそのうち太っちょの一人が「痛ッ!」とうめき、顔を青ざめさせる。

 傍らの土壁からはグールの手だけがニョッキリ突き出ていた。動きは止まっている。


「ゴッディ、救急手当。レイザー、前方警戒。あたしは後ろに回る」

「落ち着け、二人前に回って耳長の援護。二人は爆乳ちゃんの援護だ。サーミ、落ち着け。今から止血する。痛いぞ」


 パニックになりかけた民兵たちだったが、彼らを指揮していた年かさのひげ男が落ちついて指示を出すと、彼に素直に従った。


「すまない、もうちょっと丁寧に始末すりゃよかった」

「いや、いい。助かった」


 彼は負傷者のシャツを脱がせ細く裂き、大きめの結び目を止血点にあて、親の敵のように締め上げて止血した。素早い。

 怪我の位置は左前腕。腐食変性がはじまりかけていたが、止血が早いためその広がりはコイン一枚分程度で済んでいる。

 よく消毒した銃剣で創傷部より上腕側の静脈を開き瀉血、それに素手で触れたが俺の指は溶けなかった。深い傷でもないようだった。

 「麻酔はかけない、クソほど痛いが我慢しろ」と言ってから腐食変性部位をえぐり取る。

 その太っちょはよく耐えた。

 

「よし、終わり。太っててよかったな。傷口が塞がれば生活に支障はない」


 一人ついて上の救護所に行け、と言って立たせてケツを叩く。

 年かさのひげ男が感に堪えない表情をした。


「ずいぶん手慣れてるな」

「アフガニスタンでアノニのグールは散々相手にしたからね。あんただって堂に入った分隊指揮ぶりじゃないか」

「これでも元小隊下士官だからな。最終階級は軍曹だ」

「なるほど、今後とも宜しく、ご同輩」


 俺たちは改めて握手し、ライフルを構えて頭を切り替えた。

 周囲を警戒。

 現在一三四五時。

 敵はおよそ三〇〇~四〇〇体。

 俺たちが倒したのは今のでおおよそ二四てとこ。

 突入部隊全体での戦果は百二〇かそこら。

 そして突入部隊が制圧できたのは地下構造の三割がいいとこだ。

 二〇〇〇時までに地下構造を制圧し、アノニを駆逐できるか微妙なとこだ。

 レイザーは膝射姿勢で前方を警戒、アイシャは後方を警戒しながらシンクレア大尉に連絡をとっていた。


血の風呂だなブラッドバス


 元軍曹がアイシャの頭越しに後方を警戒しながらつぶやいた。

 全く然り。

 俺たちが踏破してきた地下構造の交差点に、グールの死体が転がっていないところはない。

 踏み込むときこそ多少ビビっていたレイザーも、三体ばかり気の毒な連中グールの頭を弾け飛ばすと慣れちまった。

 血の匂いに酔ったのかって?

 あんな腐れ汁の匂いで酔えるなら、相当なもんだよ、アンタ。


「それに慣れちまった俺たちは?」

「さしずめ、血まみれの心ブラッドマインドってとこか」

 

 俺が混ぜっ返すと、軍曹は面白くなさそうに答えた。

 ブラッド・バス=ブラッド・マインド。

 例の秋津島のバンドの曲に、たしかそんなのが有ったはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る