絶望ノアノ場所へ
いまやはっきりと聞こえる地鳴りを押しのけるように、奴らは大きく大きくうめき声を上げた。
負けじと俺たちも吠えたてる。
「来やがれ! 行くべき所に逝かせてやる!!」
だからと言ってむちゃくちゃな乱射なんてしなかった。
一秒に一歩後退し、一発で一体ずつ。
そうやって戦うつもりだった。
やつらは骨粗鬆症で腰の曲がった年寄りみたいに歩く。
だからそれで間に合うはずだった。
そうはいかなかった。
それに気付くまで三秒もかからなかった。
「ゴッディ! こいつら足速いぞ!」
「ああ、酔っぱらったときの俺ら程度には早いな!」
そう、どこかから──俺たちの気付かなかった隠し部屋から──沸いて出た新手の連中の足取りは子供の小走り、大人の急ぎ足程度には早かった。
それでもよたよたとした足取りは変わらない。
それで何が生じるかといえば。
「くそったれ、頭をふらふらさせやがって! 当たらないぞ!」
俺たちはすでに階段の下のほうにはあがっていたが、一番近い敵との距離はあっという間に一〇メートル以下にまで縮まる。
「うさぎ跳び! 援護する!」
フレオス曹長が命じ、フルオートで横なぎに掃射する。
三~四体を打ち倒すが、それぐらいでは相手の勢いは収まらない。
俺とロボは急いで階段を一〇段ばかり駆け上がり、振り向いてフレオス曹長を援護する。今度は合わせて六~八体ばかり打ち倒す。
それでふと見回すと、ホールの中には百体ばかりのグールどもが入ってきていた。
先頭はすでに階段下部に殺到し始めている。
おまけに俺たち退却部隊の先頭のほうからも銃声がし始めた。
「引け! 援護する!」
俺たちを追い抜いたフレオス曹長がまた叫ぶ。
俺は走りながら毒づいた。
「くそったれ、このままじゃあっという間に部隊に追いついちまうぞ!」
「根性見せろ
フレオス曹長に喝を入れらた俺たちは、さっきより短い距離を後退すると、階段に腰かけて狙撃を始めた。
先頭の一〇体ばかりを連続して仕留めると、流石に敵の動きが鈍る。
「
「
ロボが再装填する間、俺はその時までで最高の技量を発揮してみせた。
頭を砕かれたグールの亡骸を乗り越えようとしている十五体のグールを、ものの八秒足らずで仕留めてやったんだ。
「くそっ! まだ止まらん! テルミットを使う!」
フレオス曹長が俺たちを追い抜きざまに宣言し、振り向いてテルミット焼夷手榴弾を”味方の死体”を乗り越えようとする奴らのただなかに投げ込んだ。
バヒュン!
わずか十二メートル先で鋭い爆発音が生じ、ゴウッとアルミと酸化鉄の熱還元作用が始まる。折り重なって倒れていたグールも、それを乗り越えようとしていたグールも皆バチバチと音を立てて燃え始めた。
まさに炎のバリケード。おかげで敵の追撃はそこで一旦完全に停止した。
ほうとため息を一つ付き、後ろを振り向くと二〇メートルばかり先に部隊の連中のケツが見える。
それでも地下構造の床面からは、まだ四メートルほど登っただけでしかない。
天井付近で戦っている先頭は歩みを止めてしまっている。
射殺したグール──拉致され、わけも分からぬままグールにされ、俺たちにもう一度殺されようとしている人々──を排除するのに手間取っているようだ。
「曹長、今のうちに距離を稼ごう。前も詰まってるけど、距離を開けたほうが戦いやすい」
「そうだな。一〇メートル後退、敵がバラけないうちに狙撃とテルミットで片をつけよう」
そうするべきではなかった。
あの時あの瞬間、ありったけのテルミットをグールの群衆に投げ込んでやればよかった。
それで片は付いたはずだ。
一〇メートル後退するわずか数秒、それであんなに事態が悪くなるとは!
◇
それに気づいたのは先に位置についたロボだった。
「アレみろ!」
ホールに接続された通路の一つから、水が大量に流れ込み始めていた。
「しまった!」
レイザーは水が来ると言っていた。
アイシャは神代兵装が励起したと言っていた。
グールは腐敗ガスを体内に溜め込んでいる。
つまり水に浮く。
逆巻く濁流の中をぷかぷか浮かぶグールと戦えって?
そんな無茶な!
「テルミット! 手榴弾! 何でもいいから放り込め!」
フレオス曹長が叫ぶと同時に、俺たちはそうした。
それに気づいた部隊の連中も、奴らに対して筒先を揃えて攻撃しはじめた。
すべてが遅かった。
テルミット焼夷弾が俺の手を離れたその時、一五五mm砲弾が炸裂するような音を立てて濁流がホールに流れ込んできた。
グールどもはぎゃあぎゃあ言いながら、その濁流に流されていく。
水位はどんどん増していき、俺たちの手榴弾はなんの効果も得られなかった。
「くそ、こんなことならあの時ヤっときゃなぁ!」
マスク代わりのシュマグをずり下げ、牙をむき出しにしたロボが後悔を口にした。
「誰と!」
「駐屯地軍医のヤマダ中尉! 前に一度膝枕してもらったことがあるんだ」
ヤマダ中尉はどっからどう見てもギーク丸出しの、パッとしないお姉さんだった。軍医は海軍所属だから服装だけはパリッとしてるから良いようなものの、というのが口さがない連中の評価だ。
「なんだよ、その目は。良い匂いするんだよ、彼女。モフりも上手いし」
俺とフレオス曹長の視線を受けて、毒気の抜けた表情でロボがごにょごにょとなんか言った。
「アホタレ、お前まで死亡フラグおっ立ててどうすんだよ」
「だって、今思い出しちゃったんだもん」
「だってもへったくれもあるか!」
「ふざけてる場合じゃないぞ!」
体力強化小隊でふにゃふにゃしてた頃に一瞬戻ったロボを、俺とフレオス曹長が叱り飛ばす。
上昇する水面に浮かび、ホールをぐるぐる回りながらジタバタしているグールはあと五〇体以上。
水位上昇は一旦落ちついたが、それでも毎秒一〇センチは上がっている。
このままぼんやりしてたら泳いできたグールにみんな食われっちまう!
「おい! まだ上に行けないのか!!」
フレオス曹長が無線に噛み付く。
『無理だ! こっちの
「くそったれめ!」
全く然り。
俺たちはアノニの奴らにまんまとおびき出されたわけだ。
絶望ノアノ場所へ。
ほんとに絶望したのかって?
ふざけんな、絶望なんてするものか。
連中は俺たちをなめてやがる。
合衆国海兵隊を。
そのツケは高く付くってことを思い知らせてやらにゃ、死んだって死にきれない。
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