ウォー・アンダーグラウンド⑦

 アシュラフのノーパソのパスワードを解いて出てきた画面には、いくつかのファイルやフォルダが開きっぱなしになっていた。

 アノニマニシスの工作員や元工作員のリストや、過去の「イラクのアノニマニシス」との会合の履歴、暗号表、売り物にするCDの海賊版データなどだ。

 アノニマニシスの教団員限定チャットのクライアントソフトもあったが、何をどうやってもログインすることはできなくなっていた。

 その代り、アノニマニシスの隠れ家についての有力な情報となりうる地図データがいくつかあった。

 あとは俺に宛てた手紙というか、テキストメッセージが一つ。

 その時点では、アシュラフの生死は不明だった。

 


 親愛なるジョニー。

 これを開いたのは君だと信じている。

 時間がないから手短に話す。


 我々はアノニマニシスだった。

 モスルに潜入したのは二〇〇四年だ。

 我々の任務は「イラクのアノニマニシス」と連絡を取り、彼らが保有するはずの神代兵装と、グールの呪法を交換することだった。

 だが彼らは神代兵装はもう保有していなかった。

 二〇〇三年にバグダッドで励起させた二基の戦術級神代兵装、それ以上のものは保有していなかったんだ。

 任務は変更になり、この地に浸透し、頃合いを見てグールパンデミックを起こすこととなった。


 それから三年が経った。

 この街の人々はみな親切で、多少の行き違いはあっても、仲良くする努力をみんなしていた。


 仲良くする努力。

 平和であらんとする努力。

 我々に本当に必要だったもの。


 やがてジョニー、君たち海兵隊が来た。

 ファルージャの惨状を聞いていた我々は心底震えあがっていた。

 ついに我々がグールの呪法を解き放つときが来たのかと。


 だが君たちは、街の全てを最大限慮ってくれたな。

 もちろん無礼なものもいたが、まぁ気にはすまい。

 君が初めて俺の店に来た時のことをよく覚えている。

 前任の陸軍の連中は我々を無視していたが、君はわざわざ海賊版CDをあつかう故買屋を探してきたって言うじゃないか。それも手入れじゃなくて、純粋にCDを買いに来た! おまけにパンクだのヒップホップだのの話を一時間もしていったんだ! パシュトゥ語とアラビア語と英語のチャンポンで! ムスリムに!!

 あんなひどい訛りは聞いたことがなかったよ。

 おまけに悪ガキどものたまり場になる始末だ。

 なんて罰当たりなんだと思ったよ。だが、ひどく楽しかった。

 まるで、年の離れた親戚の子供たちと話をしているみたいだった。 


 三年の平穏は、我々から絶望と孤独を奪い去ってしまった。

 この街の愛すべき人たちが、我々の地獄を癒してしまった。

 人生は良いものだと再び気付かせてくれた。

 我々はアッラーとともに生きる道に戻る。

 我々はもう絶望することはできない。


 我々はアノニマニシスに対して聖戦を行う。

 おそらく我々の誰も生き残れはしないだろう。

 巻き込んでしまうものについて考えると、胸が痛む。

 

 だが、恐れはない。

 我々は神のしもべ。

 我々はアッラーとともにあるアッラーフ・アクバル



 アノニマニシス、あるいは流言飛語に踊らされた民衆によるアフガニスタン難民への散発的な襲撃は一週間にわたり続いたが、そのほとんどは民生支援活動CGA部隊として活動していた各中隊が、緊急対応部隊QRFとして対処することで対応できていた。アシュラフの残した情報の益するところ大だった。

 おかげで民間人や警察、軍の付随被害も最小限に抑えられた。

 その一方で街の雰囲気が荒み、平和な雰囲気が失われたのは先に述べたとおりだ。おまけに、これはほとんど報道されていないが、この間に三〇〇人からの行方不明者が出ている。民間人、警察、イラク軍の一般兵にだ。


 俺たちはそれをただ手をこまねいて見ていたのか?

 最後にはスンニ派民兵組織の暴動が起こり、海兵隊員七人が死傷したのを?

 アフガニスタンでアノニマニシスが初めて大規模作戦を行ったときも、行方不明者が大量に出ていたのを?


 そんなわけはない。

 あの暴動は何もかも茶番だ。

 俺たちとグリンベレーが裏で糸を引いてやらせたんだ。

 海兵隊員七人の死傷は事実だが、暴動が原因じゃあない。


 すべてはイラクで最初の対アノニマニシス・対グール戦闘を、BBCにも、AFPにも、アルジャジーラにも報道させないうちに終結させるための偽装だったのさ。


 表沙汰にならない戦争ウォー・アンダーグラウンド

 三月のモスルで起こったのは、そういうことだった。

 エミネムや50セントならなんて表現するんだろうな?

 あるいはNOFXなら? SUM41なら?

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