戦場への帰還①

 俺とレイザーのコネを使ってアイシャを地獄から助け出したところで、訓練と試験が簡単になるわけではなかった。

 そりゃまああまりにも当然な上に当然な話なんだが、やる気を取り戻したアイシャのまくり上げと来たら本当にすごかった。

 上級偵察技能試験も偵察狙撃技能試験も一週間ぶっ続け、一人きりで臨むサバイバル試験なんだが、どっちもレイザーとアイシャがワン・ツーフィニッシュを決めちまったってんだから驚きだ。

 レイザーは山育ちだし、ちょくちょく例の狙撃チートを使ってたから当然なんだが、都会生まれのアイシャにこれほど才能があったとは、というのは教官たちや同期たちの主たる感想ではあった。


 けど俺にいわせりゃ、アイシャには才能なんてなかった。

 俺たちは彼女がどんなに死に物狂いで努力したか、よーく知っている。

 俺の努力なんかは彼女のそれに比べたら、両生類のクソの山ほどの価値もない。

 あいつは本当にまる一週間不眠不休で、最後の試験を潜り抜けたんだ。



 さて、偵察狙撃学校の苦労話をうすらぼんやり表現するのにはわけがある。

 当時と現在の偵察狙撃学校のカリキュラムは全然別物で、苦労話をしたところで若い連中には共感してもらえないと思うからだ。


 俺が在籍してた頃の海兵偵察狙撃学校は、卒業したら偵察狙撃MOS0317偵察MOS0321空挺降下および水路侵入MOS0326、爆発物スペシャリスト、無線電信技士、なんやらかんやら、いーっぱい特技MOSをいっぺんに取ることができた。

 けどこの方法だと訓練コースに入るのがまず困難だ。

 その後に至っては何をかいわんや。

 個別の特技を習得するとしても、同じ技能コースを二つ併設することになる。

 予算の足りない海兵隊には難しい。

 軍が必要とする技術者の大量育成には、まぁ向いてないよな。

 だからこんな非効率な教育方法は、俺の代でなくなったってわけ。

 

 今現在、二〇一九年時点での方法は、偵察狙撃学校は偵察と狙撃しか教えなくなっている。ま、「しか」といったところで内包される要素は多いんだが。

 ガチガチの偵察スカウトになるには別の訓練学校が用意されてるし、そっちのカリキュラムも見直しになった。

 爆発物や無線、空挺降下と水路侵入も独立した訓練コースになったし、それぞれの訓練期間は短縮された。


 そうやっていろいろと省かれた結果、海兵隊偵察狙撃学校は一〇週間で偵察狙撃兵を育成するようになっている。

 実に五分の一の期間に短縮されているが、卒業率は変わっていない。それだけ密度は濃くなってるし、求められることも違っている。

 これだけ条件が違うのに、今まさに偵察狙撃特技を取ろうとしてる連中に偉そうなツラしたって鬱陶しいだけだよな?

 少なくとも俺はごめんだね。



 さて、一番ヤバかったのは一週間の休暇、ていうのは前にも言ったな?

 休暇とはいえ軍事訓練なわけで、最少班ごとに分かれて一週間の自由行動をする、というのが正解だ。

 しかも常夏のリゾート、ハワイで、だ。


 さて、つい昨日まで地獄の訓練に耐えてきた連中を、そんなところに放り込むとどうなるか?

  現実のあまりのギャップに脳みそがイカレちまって、戦場帰りの連中と同じようなことになる。

 つまり、宿舎に引きこもったり、街の悪い連中からドラッグ買ったりするんだ。

 同じ分隊の実戦経験者にもPTSD再発しちまった奴がいて、気の毒だったよ。

 どんな状況でも大人らしく、常に備えながらリラックスできる奴じゃないと偵察狙撃兵や「その先」にはなれやしないんだ。


 そういうことが一切合切分かっていた俺たち三人は、十代の子供みたいにつるんで遊ぶことにした。

 図書館に行ったり、遊園地に行ったり、買い食いしたり、サーフィンしたり。

 花のハワイでそんな健全な遊びをするなって途中で出会った訓練同期に言われたけど、へん、余計なお世話ってもんだ。

 俺たち三人は、みんな人並みの思春期を送ってないんだ。多少は取り戻そうとしたっていいじゃないか。


 そこまではよかった。

 そこまでは。


 俺たちはこれが訓練の一環だということを知っていたし、俺たちは海兵隊だ。

 市民に向かって恥をさらすようなことはできない……海兵の兄弟たちがSNSにアホアホ動画投稿してるのは……まぁ大目に見てくれ。

 にも関わらず、俺たちは休暇最後の夜、何かの拍子に大酒かっくらってへべれけになっちまった。

 記憶も失うほどに。


 次の日起きたら、俺たちは着の身着のままで安宿の床に川の字になってた。

 セックスはしてなかったみたいで、残念だったような、安心したような。

 俺はぼんやりしたまま、左右にそびえる立派な柔らかいものをしげしげと眺めた。

 レイザーはTシャツにトロイのカーゴパンツにブーツ、アイシャはミニのタイトにノースリーブ。二人とも幸せそうな寝顔でヘソ出してた。

 これで口元がゲロまみれじゃなきゃ最高なんだが、と贅沢にも俺は思った。

 それからふと腕の時計を見て、俺は二本足どもの言う「音を立てて顔から血の気が失せる思い」ってのを味わった。


 時刻は十五〇二時。

 その日は休暇最終日。

 十七時までにキャンプに戻らなきゃ、全員そろって仲良く失格。

 俺らが遊んでた街からキャンプまでまともに行くと、かっきり二時間半かかる。


 俺は悲鳴を上げ、ゲロ臭い女の子二人をシャワールームに放り込んだ。

 情緒もヘチマもありゃしない。

 そこから急いで支度して通りへ出て、でっかくて速そうなカワサキを乗り回してる坊主どもと交渉し、なんとかキャンプに戻ることができた。

 営門をくぐり抜けたのは、門限の十二秒前。

 よくある間抜けな話だが、ブリッキンリッジ一等軍曹にはこってり絞られた。

 どうだい? こんな話が参考にならないことを祈るばかりだ。



 そんな俺たちがイラクに配属されたのは、その年の九月半ばだ。

 モスルは近郊の油田がもたらすオイルマネーのおかげで早期に治安を回復し、商工業が非常に活発な、まぁそこそこ平和な街だった。

 旧政権時代にこの地で虐殺されたクルド人たちは言いたいことがいっぱいあったが、その時この街を実質的に支配していた長老連中は実に寛大だった。

 大規模な衝突は終結していたし、市議会はまともに機能していた。

 商工会も住民同士の調停に役立っていたし、警察もきちんと仕事をしていた。

 イラクのアノニマニシスを名乗る連中やイスラーム民兵組織諸派の活動も低調で、そりゃ陸軍が撤退するのも当たり前って感じ。

 俺たち海兵隊はその後詰、ケツを蹴り上げられんように帰り支度をしながら、現地の統治機構の手伝いをするだけ。

 本当に誰もかれもがそう思っていた。

 間抜けな話だ。

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