ぶよぶよ衛生兵、海兵隊に戻る④

 大隊先任下士官のドミニク・ドレー上級曹長にお小言をもらっていたら、折よく俺の直属上司が帰ってきた。

 捜索目標捕捉STA小隊長、スファギンのリンダ・ハミルトン曹長と、俺の訓練同期であり捜索目標捕捉STA小隊の先輩、ワーウルフのロボことサイモン・マクドナルド三等軍曹だ。

 ちょうどいいやってんで、そろそろ愛が重くなってきた俺の班のかわいこちゃん二人をどうしたもんかと相談してみたら、ハミルトン曹長から爆弾発言が飛び出した。


「そんなの喰っちゃえばいいじゃん二人とも。私も国に戻ったら旦那二人いるし」


 そのとき俺らに衝撃走る。


「えっなにそれ怖い」

「どういうことなの……」

「おいィ? 初耳なんだが?」

「どうしますドム、憲兵呼びます?」

「いやその前に大隊法務士官のグレイ大尉にだな」

「まず逃げないように取り押さえたほうが良くないっすか」

「ロボそういうとこ気がつくのマジ偉い」

「それな」

「おーい、人をゴリラか強姦魔みたいに言うんじゃないよ」


 うろこの美しいお姉さんににらまれて、俺たち男どもは三人そろって情けないような苦笑いを一様に浮かべた。

 ハミルトン曹長は瞬膜を二、三度しばたかせ、コーラのグラスに刺してたストローを弄ぶ。


「私らスファギンの生殖は女一人に男二人以上が必要だって、知ってるでしょ?」

「ありゃ、そうでしたっけ?」

「そうなのよ! ったくこれだから鱗のない連中はぁ。ま、それはともかく、私の旦那たちは年上と年下なんだけどさぁ~これがもう可愛くてねぇ~……うへへ……あ、写真見る?」


 と言って取り出した携帯メディアプレイヤーの画面に映し出されたのは、仲良く同じフレームに収まる年若いスファギンと栗色の頭髪ともじゃ髯が魅力的なヒト男性。


「……スファギンの男の子はわかるけど、このヒトってどういう……」

「ハンサムでしょう? 彼、私のこともサックス、あ、このスファギンの子ね。サックスのこともちゃんと愛してくれるの。ああ、早く帰ってあの子達に抱かれたい!」


 ドレー上級曹長はドン引きしてたが、そういう関係もあるんだなと、俺は素直に感心していた。俺にできるかどうかはともかくだぜ?

 彼女の夢見るような表情につられて、俺とロボは心からの笑みを浮かべた。



 合衆国国内だってうんざりするほど雪は降る。

 じゃなんでわざわざ秋津洲のエニワ演習場まで行って秋津洲陸軍北部軍管区の冬季演習に混ぜてもらうかって言うと、俺たち偵察狙撃兵候補生たちに文化の違う軍隊のやり方を見させて、良いところを自分で取り入れさせるためだ。

 例えば偽装カモフラージュ

 秋津洲陸軍の偵察部隊やレンジャー部隊が本気の偽装をすると、武装偵察中隊フォース・リーコンやグリーンベレーじゃないと見破れないなんてよく言われるが、ありゃ半分嘘だ。

 普通の歩兵連中ですら隠れるのがめちゃくちゃうまい上に、隠密接敵を余裕でしてきやがる。レンジャーや冬季戦技教育隊ウィンター・ソルジャーズときたら、遮蔽物が一切ない雪原の中を神出鬼没だ。

 連中、魔法使いかなんかじゃないのかね?

 そんな調子で五日間の演習期間のうち前半三日間は、秋津洲の連中の技量に度肝を抜かされっぱなしだったよ。

 ちなみにレイザーは背丈ほども積もる雪なんて見たこともなかったし、秋津洲陸軍の連中の技量にもひどく感激してたから、珍しくはしゃいでたな。秋津島の連中も、レイザーみたいな美人が大型犬みたいにまとわりついては腕を見せろと言ってくるもんだから、随分楽しかったんじゃないか? 俺はつまんなかったけど。


 で、同じ班になったアイシャのことは、あまりグイグイ距離を詰めずにずぅっと横目で観察してた。

 何のために?

 そりゃもちろん、立派な海兵偵察狙撃兵になるためだ。


「よう、具合はどうだ」


 三日目の夜、エニワ演習場・マツシマ統制センター宿泊施設の男子便所で用を足していると、ブリッキンリッジ一等軍曹が並び立って声をかけてきた。

 具合ってのは、当然アイシャのこと。


「んー。なんていうか、捉えどころがないですね、彼女」


 クアンティコを飛び立って優に一週間。

 その間ずっと眺めてたが、アイシャは必要最低限なことのみしゃべり、必要な時だけ目を合わせ、命じられたことはできる限りきちんと実行していた。

 だが、ただそれだけだ。こなす分にはこなしているが、それ以上に頑張っている感じは、まるでしなかった。


「とくに偵察や射撃が俺といい勝負ってのは解せないっすね。あいつのポテンシャルってあんなもんのはずないですよ」

「あー、お前もそう思う?」

「ランドナビゲーションもマントラッキングも、レイザーといい勝負のはずなんです。少なくとも俺より上手いはずなのに、今の成績はおかしいですよ」

「だよなぁー……そうしてる理由がわかればこっちも楽なんだが……ところでレイザーはなんて?」

「あいつも俺以外には無口ですからねー……ただ」


 俺は背筋と手元を震わせ、それからジッパーを引き上げた。


「匂いが気に食わないと」

「そりゃまた抽象的な」


 一等軍曹も背筋をブルリと震わせる。


「はぁ。体力強化小隊PCPを思い出しますよ。崖っぷちなのは俺だけど」

「言えてるな。どうだ? 久しぶりに、得意のペテンでも使ってみたら」



 先に言ってしまうと、ペテンは使うまでもなかった。

 俺がペテンに掛けられる、いや、掛けられていた側だったからだ。


 演習参加四日目の夜から翌日午前中にかけて行われる予定だった、夜間雪中行動・偵察訓練。

 演習場中央のサクラモリ地区から進発した各班は西側の開豁地を偵察、南側に回り込んで徒歩でマツシマ統制センターに戻ってくるという内容のこの訓練は、大吹雪によって途中中止と相成った。

 問題はそれが決定したのは、各班が進発し開豁地に到達してからだったってこと。

 夜だってのに一面真っ白、強風に吹き上げられた粉雪が視界を覆っちまって、どっちがどっちで、どこに吹き溜まりがあるかもわからない。森の中のほうがまだマシだ。

 訓練本部からの命令は、各班その場で雪洞を掘って野営、明朝まで持久せよ。各班の位置は無線機のGPSトラッカーで把握している、とのことだった。

 レイザーもアイシャも他の班の気配はつかめないというから、命令に従い、おとなしく雪洞を掘ってその中で夜を明かす事になった。

 女二人に男一人、雪深い山のなか?

 何も起きないはずはない。


「ジョニー……めちゃくちゃ冷たいじゃん……凍っちゃうよ?」


 なんてレイザーが胸元もあらわににじり寄ってくるが、ちょっと待て。

 俺のレイザーは他人の目があるとこで、そんなに色っぽく迫ってこれるタマじゃないんだが?

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