ぶよぶよ衛生兵、海兵隊に戻る③

「んで、二人とももうセックスしたの?」


 ラミレス二等軍曹の問いかけに、俺とレイザーはバカでっかいため息をついた。

 本来は上官にそんな態度を取ること自体許されることじゃないが、モスルの駐屯地の食堂では大目に見られていた。

 何のことはない、俺たちが二泊三日の偵察行から戻るたびに繰り広げられる、しょうもない兵隊コントの一幕でしかないからだ。半年間ずっとやってりゃ、周囲も飽きるにきまってる。

 俺の左後ろを見てみろ、大隊先任下士官たる上級曹長ドノが大あくびだ。これでも上級曹長は、最初のうちは叱りに来てくれたんだぞ。


「んな暇ありゃいいんですけどね。ていうか規律っちゅうもんがあるでしょうに」


 俺が言うとレイザーも腕組みしてうんうんとうなずいた。

 俺たちもつき合いだした最初のうちこそお互いどぎまぎしまくってたが、訓練に追われてるうちにヤることヤろうって雰囲気じゃなくなった。

 ……いや、本当のことを言うと、俺たちはヤりたくて仕方なかったんだが、「それはそれ」で先延ばしにしてるうちに、切り出すきっかけがなくなってたんだな。


 それにいくら魔王軍が性に大らかだとはいっても、勤務中には守るべき規律ってもんがある。俺にそれを破るつもりはさらさらなかった。

 ああ、アフガニスタンで勤務してた頃が懐かしい。

 規律に厳しいJ中隊第二小隊長マザー・ビリーのお説教をまた聞きたくなる日が来るなんて、思いもよらなかった。


「いかんよー若いのがそんなんじゃー。健康に悪いよー? だから私と一緒にさぁ」

「若いったってアイシャ、俺と同い年じゃん」

「だいたい二等軍曹、尻軽スラットぶってるけど処女じゃないですか。さっさとほかの男捕まえてくださいよ。ゴッディはあげませんから」

「ケチー。減るもんじゃないじゃん」

「減りはしませんけど変な匂いがつきます」

「なによ、変な匂いって」

「変な匂いは変な匂いです」


 またこれだ。

 この頃のレイザーとアイシャは、何かつったら俺を巡って言い争いをしていた。

 俺はため息を一つ付くと、斜め後ろに目をやった。

 プエルトリコ系でがっしり体型の上級曹長がこちらを見もせずに、禿げ頭をぴしゃりと叩いてから俺に向かってしっしと手を振る。いい加減にしろっていう合図だ。


「ほら、もう二人とも。今日のところはもうお開きですよ。さっさと宿舎戻って風呂入って寝ましょ。明日も早いんだから」


 俺の宣言に女の子二人はぶぅたれて、俺の脛を蹴っ飛ばしながら食堂を出ていった。このあと上級曹長にお小言をもらうのは、俺の仕事だ。

 


 偵察狙撃学校に来た頃のアイシャ・ラミレス二等軍曹は、二等軍曹に似つかわしくない態度で、だから早速からかいの対象になった。

 だが俺とレイザーはこの手の女の子に覚えがあった。

 アフガニスタンで勤務してたころの仲間、ケイティ・スチュワートだ。彼女はオークの女の子らしくプリプリの蠱惑的な体つきを見せびらかしていたが、実のところは情報部所属。彼女に対してアホで罰当たりなことを考えたやつは、憲兵隊のお世話になるんじゃないかと言われてた。

 軍に入ってくるサキュバスも同様で、たいていは医療部か情報部に勤務することが多い。彼女たちの魅了チャームはほぼ全ての種族に有効で、男だろうが女だろうがじっと見つめられてる間にみんなふにゃふにゃになっちまう。病院に勤務させれば患者が無駄に暴れることもないし、情報部で捕虜の尋問に当たればなんもせんでも捕虜のほうから心を開いてくれるようになる。

 旧イラク政権が国連査察を逃れて掘り起こした神代兵装を、テログループの手に渡る前に摘発できたのも、CIAに所属する彼女たちのおかげだともいわれている。


 アイシャはどうだったか?

 何とも言えないところだった。


 偵察狙撃学校入学一日目に俺らをからかった阿呆どもは、その日のうちにいなくなった。体力検定はトップでクリアしたのにだ。

 理由は「人格、海兵の鏡となるに能わず」。連中、どうも何かのタイミングでアイシャを物陰に引きずりこもうとしたらしい、という噂が流れた。

 そのあともいろんな理由で退校者が発生し、上級偵察技能訓練が始まる頃には一八名ばかりが退校していた。

 そのうちの一人は、アイシャ・ラミレス二等軍曹のバディだった。



 俺たちにアイシャの面倒を見ろという命令が下ったのは、秋津洲に向かう寸前のことだった。オキナワのキャンプ経由で、秋津洲陸軍エニワ演習場での冬季訓練に偵察訓練部隊として参加するためだ。

 その命令はクアンティコの訓練施設、その片隅に張られた宿舎テントの片隅で俺たちに伝達された。


「すまんがファースタンバーグ訓練生、頼んだぞ」

「アイアイ、サー!」


 ブリッキンリッジ一等軍曹──彼はブートキャンプで俺の小隊の主任訓練教官シニア・ドリル・インストラクターだった。イラクにもアフガニスタンにも派遣されなかった腹いせに、偵察狙撃兵訓練教官の特技資格をとったそうだ。

 その彼、いまは海兵隊偵察狙撃学校、D分隊の担当助教の命令に、相棒のエリザベート・ファースタンバーグ伍長は背筋をビシッと伸ばして返事した。

 俺はといえば彼女のその姿を、横目で眺めて鼻の下を伸ばしてた。いやはや何たるいい女。


「しっとりと艶めくきめ細かな肌。カラスの濡羽のような髪はショートカットにされ、ほっそりとしながらも芯の詰まった首筋は、肩とふくよかな胸へと繋がり……ってか? ジャクスン訓練生」

「あいや、その」

「真面目にやれよ、頼むからさ」


 鳥頭の彼は頭をガリガリひっかき、毒の混じってそうな溜息を吐いた。


「お前の年頃の考えそうなことはお見通しなんだよ。ったく、『閣下』のお気に入りじゃなきゃコンビ解散させてるとこだ」


 閣下ってのは、海兵隊から追い出されそうになってた俺を助けてくれた例の堕天使少佐殿のことだ。娑婆じゃ『閣下』と呼ばれて然るべきヒトってこと。

 ブリッキンリッジ一等軍曹の言葉にレイザーは人を殺せそうな視線を送ったが、相手は海千山千の教官殿。

 彼はくちばしをニヤリと捻じ曲げると何事もなく、「すまん、冗談だ」とレイザーの目を見て謝った。


「ともあれな、ゴッドスピード。粒ぞろいの今季訓練生のなかで、お前とラミレスがまだ残ってるのは奇跡なんだよ。ラミレスのバディは脱落しちまったうえに、D分隊の女はファースタンバーグとラミレスだけになっちまった。俺としては好みじゃないが、お前らをひとまとめに扱うしかない。上からも全員卒業させろって言われてるしさ」

「すんません」

「ともあれ努力しろ。解散してよし」


 俺とレイザーは敬礼してその場を辞そうとした。

 その背中に一等軍曹から声がかかる。


「そうだ、お前ら、あの子について何か知らないか?」


 俺とレイザーは揃って首を傾げた。

 その時まで俺たちと彼女は、ちゃんと話したことがなかったんだ。


「ノー、サー。なにか、とは?」

「うーん。俺もあいつの今の姿見てると、二等軍曹だとはどうしても思えない。かと言ってで階級を上げてきたとも思えない。だからさ、二重人格とかそんなんじゃないかなってさ」

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