魔弾の射手

 .300ウィンチェスター・マグナム弾と.338ラプアマグナム弾の一〇〇〇メートルまでの弾道特性はほぼ同等であり、魔王軍特殊作戦軍U.S.SOCOMは二〇一〇年から.300ウィンチェスター・マグナムを公式採用狙撃銃の口径の一つに数えている。

 であるにもかかわらず、なぜ魔王軍特殊作戦軍U.S.SOCOM海兵隊特殊作戦コマンドMARSOC特設救難大隊SHyBt・第九特設救難小隊所属のレイザーことエリザベート・ファースタンバーグ二等軍曹が二〇一九年に至るまで.338ラプアマグナム弾を用いていたかといえば、至極単純なことだった。

 つまり彼女が三等軍曹として武装偵察中隊フォースリーコン勤務をすっ飛ばしてMARSOC入りした二〇一〇年、彼女が得意とする超遠距離狙撃を可能とするライフルはマクミランTAC-338か、サコーTRG-42しかなかったからだ。当時、.300ウィンチェスターマグナムを使用するレミントンM2010はまだ採用されたばかりで、彼女の手元には回されてこなかったらしい。

 ちなみに.50BMGを使用する各種対物ライフルについては、「あんな精度出ない弾で何撃つんですか?」などと宣い、武器係将校の顔をしかめさせたという逸話がある。


 そういった理由でサコーTRG-42を使い始めたレイザーことエリザベート・ファースタンバーグ三等軍曹であったが、この.338ラプアマグナムという弾薬とは非常に相性が良かったらしい。

 そもそも非公式ながら、長距離射撃弾薬ではない7.62mmNATO弾で一四一二メートルだとか、普通の小銃兵が用いるM855 5.56mm弾で九二八メートルだとかいう非論理的な狙撃記録を持つ彼女にとって、夏場であれば低海抜地域でも有効射程一五〇〇メートルを叩き出せる弾薬は、レーザービームも同然だった。

 風の精霊に頼んで作るという弾道補正用低気圧回廊も、MARSOCに入る頃には最大全長二二〇〇メートル、直径二センチのものを二秒間隔なら三〇本連続で作れるようになっていた。内部気圧に至っては九八ヘクトパスカル(0.1気圧)以下という、NASAの模擬高層大気圏風洞並みの超低気圧だった。

 のちにわかったことだが、同様の技を使える射手は国内外に何人かいたが、ファースタンバーグ三等軍曹に敵うものは一人も居なかった。

 もし彼女が本気を出したならば、海抜二〇〇メートル以下、湿度90%以上、雨天、風速15メートルという悪条件にあってさえ、二五〇〇メートル程度ならやすやすと狙撃を成功させることができたのである。


 ファースタンバーグ三等軍曹とその技の存在が一気に表面化したのは、二〇一三年四月から始まったイラク中部に於けるアノニマニシス掃討戦の最中である。

 ファルージャ、ラマーディーを含むこの地域のダーイシュとイラク国軍による争奪戦は、二〇一一年の合衆国軍撤退から断続的に続いていたが、アノニマニシスの参戦が状況を一層混沌とさせることになる。

 合衆国統合特殊戦コマンドJSOCとイラク軍特殊作戦コマンドが主導し、後半には非公式ながら東方教会異譚蒐集部や清龍帝国国防軍特殊作戦局といった旧東側諸国特殊部隊、さらにはカリフ首長国を名乗るテロ集団ダーイシュからすら参加者があったこの戦闘は八カ月も続いた。

 そこにおける海兵隊特殊作戦コマンドMARSOC特設救難大隊SHyBtの役割は、表向きは「特殊状況下での前線における緊急救命」でしかなかった。

 当然のごとく、海軍特殊戦開発グループDEVGRUや陸軍特殊部隊デルタ分遣隊からの参加者は侮った態度をファースタンバーグ三等軍曹たちに向けた。確かに衛生兵は必要だが、すでに空軍特殊救難隊が着任している状況において、特設救難大隊とか言う怪しげな連中は必要ない、そう思われたのだ。

 しかしその認識は一週間を待たずに覆される。

 大隊長自らが一人一人丁寧にスカウトして作り上げたSHyBtシャイ・ビーは、その一人一人が対アノニマニシス作戦の熟練者であったからだ。

 特にファースタンバーグ三等軍曹とその観測手であるジョニー・ジャクスン二等軍曹は抜きんでていた。彼女たちは着任して三日のうちに敵グール化兵の死体の山を築き上げ、それに倍する命を救った。それには一般市民から各国特殊部隊から、実に多彩な人々が含まれていたのだ。


 この地域のグール掃討作戦によって、有名狙撃手の世界に華々しくデビューしたファースタンバーグ三等軍曹だが、その技術は当の合衆国特殊作戦軍、特に海軍表面戦センター(NSWC)によって詳細に解析された。

 結果としては「到底真似や再現のできるものではない」ということになった。

 先にも述べたとおり、彼女の技量は圧倒的であり過ぎたからだ。

 

 二〇一三年当時、ファースタンバーグ三等軍曹と同じ概念の技術を持つものはごく僅かで、また、その能力も彼女に大きく見劣りするものであった。

 観測手や射手自身が加護魔法使いバッファーである場合はある程度対抗可能だったが、銃身と火薬を強化して発射しても大気状態の影響はやはり大きく、弾道補正低気圧回廊を用いる射手の記録と比べると特に一五〇〇メートル以上の集弾性において見劣りする状況であった。

 また、魔法を使えない者たちが12.7mmBMGや12.7mmロシアン、14.5mmロシアン、あるいは二〇mmイスパノ・スイザといった大口径重機関銃弾や機関砲弾を用いて超長距離射撃を行っていたが、元がある程度集弾が散らばることを期待されて設計された弾薬である。機関銃の役割は敵の制圧や、確率論的に敵に損害を与えることであって、一発必中・一撃必殺を求められる長距離射撃競技弾薬や長射程狩猟弾薬に匹敵するような精度は出せるわけがなかった。無論、巨大に過ぎる反動や大量の発射ガス、重すぎる銃身などが射手に悪影響を及ぼすことも忘れてはならない。

 いみじくも、かのクリス・カイルが著書で指摘し、ファースタンバーグ三等軍曹が述べた通りであった。


 しかしそれでもNSWCは、800メートルまでの低気圧回廊作成魔法UUC/Mの標準化に成功した。

 これは当然のことながら海兵隊とNavy SEALSの特殊技能過程に組み込まれ、二〇一八年には陸軍も巻き込んで将来地上戦機動戦闘プラットフォームFuture Surface Warfare Mobile Combat Platformの高機動重戦闘システム、早い話が将来主力戦車に、魔法アシストとして組み込めないかという研究が始まっている。

 翌二〇一九年には海兵隊の標準狙撃銃に.300ウィンチェスター・マグナムを使用するM24E1が採用され、これによって大抵の分隊上級射手が低海抜地域での一二〇〇メートル狙撃をこなせるようになる。

 また、スナイパースクールを卒業した隊員で魔法が使えるものにとって、二〇〇〇メートル狙撃はこなすべき必須技能とみなされるようになった。

 それではファースタンバーグ二等軍曹(二〇一九年昇進)は「誇るべきエリート」から「一般的な成績の射手」に転落することになったのか?

 そうではない。


 二〇一九年初夏の合衆国グール騒乱の後に、彼女は主力装備を変更していた。

 6.5mmクリードモアを用いるサベージ・エリートプレシジョン110を使用するようになったのだ。

 そして.338ラプアマグナムよりも低伸弾道性に優れるこの弾丸で、彼女は恐るべき狙撃記録を達成する。

 二〇二〇年に行われたオリンピック作戦に参加した際に彼女が打ち立てた記録は、実に射距離三六一二メートル。成田空港争奪戦でのことだった。


 二〇四八年の現在に至るも、この記録は未だに破られていない。

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