魔弾の射手
.300ウィンチェスター・マグナム弾と.338ラプアマグナム弾の一〇〇〇メートルまでの弾道特性はほぼ同等であり、
であるにもかかわらず、なぜ
つまり彼女が三等軍曹として
ちなみに.50BMGを使用する各種対物ライフルについては、「あんな精度出ない弾で何撃つんですか?」などと宣い、武器係将校の顔をしかめさせたという逸話がある。
そういった理由でサコーTRG-42を使い始めたレイザーことエリザベート・ファースタンバーグ三等軍曹であったが、この.338ラプアマグナムという弾薬とは非常に相性が良かったらしい。
そもそも非公式ながら、長距離射撃弾薬ではない7.62mmNATO弾で一四一二メートルだとか、普通の小銃兵が用いるM855 5.56mm弾で九二八メートルだとかいう非論理的な狙撃記録を持つ彼女にとって、夏場であれば低海抜地域でも有効射程一五〇〇メートルを叩き出せる弾薬は、レーザービームも同然だった。
風の精霊に頼んで作るという弾道補正用低気圧回廊も、MARSOCに入る頃には最大全長二二〇〇メートル、直径二センチのものを二秒間隔なら三〇本連続で作れるようになっていた。内部気圧に至っては九八ヘクトパスカル(0.1気圧)以下という、NASAの模擬高層大気圏風洞並みの超低気圧だった。
のちにわかったことだが、同様の技を使える射手は国内外に何人かいたが、ファースタンバーグ三等軍曹に敵うものは一人も居なかった。
もし彼女が本気を出したならば、海抜二〇〇メートル以下、湿度90%以上、雨天、風速15メートルという悪条件にあってさえ、二五〇〇メートル程度ならやすやすと狙撃を成功させることができたのである。
ファースタンバーグ三等軍曹とその技の存在が一気に表面化したのは、二〇一三年四月から始まったイラク中部に於けるアノニマニシス掃討戦の最中である。
ファルージャ、ラマーディーを含むこの地域のダーイシュとイラク国軍による争奪戦は、二〇一一年の合衆国軍撤退から断続的に続いていたが、アノニマニシスの参戦が状況を一層混沌とさせることになる。
合衆国
そこにおける
当然のごとく、
しかしその認識は一週間を待たずに覆される。
大隊長自らが一人一人丁寧にスカウトして作り上げた
特にファースタンバーグ三等軍曹とその観測手であるジョニー・ジャクスン二等軍曹は抜きんでていた。彼女たちは着任して三日のうちに敵グール化兵の死体の山を築き上げ、それに倍する命を救った。それには一般市民から各国特殊部隊から、実に多彩な人々が含まれていたのだ。
この地域のグール掃討作戦によって、有名狙撃手の世界に華々しくデビューしたファースタンバーグ三等軍曹だが、その技術は当の合衆国特殊作戦軍、特に海軍表面戦センター(NSWC)によって詳細に解析された。
結果としては「到底真似や再現のできるものではない」ということになった。
先にも述べたとおり、彼女の技量は圧倒的であり過ぎたからだ。
二〇一三年当時、ファースタンバーグ三等軍曹と同じ概念の技術を持つものはごく僅かで、また、その能力も彼女に大きく見劣りするものであった。
観測手や射手自身が
また、魔法を使えない者たちが12.7mmBMGや12.7mmロシアン、14.5mmロシアン、あるいは二〇mmイスパノ・スイザといった大口径重機関銃弾や機関砲弾を用いて超長距離射撃を行っていたが、元がある程度集弾が散らばることを期待されて設計された弾薬である。機関銃の役割は敵の制圧や、確率論的に敵に損害を与えることであって、一発必中・一撃必殺を求められる長距離射撃競技弾薬や長射程狩猟弾薬に匹敵するような精度は出せるわけがなかった。無論、巨大に過ぎる反動や大量の発射ガス、重すぎる銃身などが射手に悪影響を及ぼすことも忘れてはならない。
いみじくも、かのクリス・カイルが著書で指摘し、ファースタンバーグ三等軍曹が述べた通りであった。
しかしそれでもNSWCは、800メートルまでの
これは当然のことながら海兵隊とNavy SEALSの特殊技能過程に組み込まれ、二〇一八年には陸軍も巻き込んで
翌二〇一九年には海兵隊の標準狙撃銃に.300ウィンチェスター・マグナムを使用するM24E1が採用され、これによって大抵の分隊上級射手が低海抜地域での一二〇〇メートル狙撃をこなせるようになる。
また、スナイパースクールを卒業した隊員で魔法が使えるものにとって、二〇〇〇メートル狙撃はこなすべき必須技能とみなされるようになった。
それではファースタンバーグ二等軍曹(二〇一九年昇進)は「誇るべきエリート」から「一般的な成績の射手」に転落することになったのか?
そうではない。
二〇一九年初夏の合衆国グール騒乱の後に、彼女は主力装備を変更していた。
6.5mmクリードモアを用いるサベージ・エリートプレシジョン110を使用するようになったのだ。
そして.338ラプアマグナムよりも低伸弾道性に優れるこの弾丸で、彼女は恐るべき狙撃記録を達成する。
二〇二〇年に行われたオリンピック作戦に参加した際に彼女が打ち立てた記録は、実に射距離三六一二メートル。成田空港争奪戦でのことだった。
二〇四八年の現在に至るも、この記録は未だに破られていない。
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