道はまだ続く

 さて、その後のことだ。


 結局あのバーベキューはわけのわからん乱痴気騒ぎに発展し、少佐殿たちはウチとサムの家に分宿することになった。

 ちなみにファーストキスはゲロの味。

 泣いてなんかないもん。


 翌朝、妙にげっそりやつれたサムの膝の上で、これまた妙につやつやテカテカした少佐殿が威厳たっぷりにおっしゃったことには、だ。


「海兵隊にリーコンをもとにした特殊部隊を創設する動きがある。ついてはお前たちも参加してもらうから、早急に各種の特殊技能MOSを取るように」


 とのことだった。

 スナイパースクールに始まり、海軍衛生学校での高脅威下戦闘医療コース、工兵学校、語学学校、あと通信学校と海軍歯科大学での歯科医研修。合間合間に歩兵大隊の偵察目標捕捉小隊STA勤務や、遠征群直轄の捜索救難小隊勤務が入る。

 どう急いでも、最低でたっぷり四年はかかる計算だ。


「それだけじゃないぞ。目算では三年後をめどに特殊作戦選抜育成コースが開設される。それにも当然入学し、必ず突破してもらう。だから、そうだな、ざっと四年半はかかる」


 とはバート上級曹長のお言葉だ。

 そこで少佐殿が俺たちのほうに身を乗り出してお尋ねになった。


「そうして最終的には、二人とも私の大隊に来てもらう。ま、それが上院議員と妥結した、お前たちを海兵にとどめおく条件なんだが。むろん必要な便宜は図ってやる。お前らはどうしたって欲しいからな。さて、最終確認だ。私の案に乗るか、海兵をやめてそれぞれの道を歩むか。どうする?」


 俺は即座に、少佐殿のおっしゃるとおりに、と応えた。

 レイザーは二日酔いのせいで俺の膝の上でくたばっていたけれど、弱弱しく敬礼の真似ごとをして応えた。


 それで話は決まり、俺はもう一度『最高の海兵』を目指すことにした。



 復帰した俺を待っていたのは感状と勲章の雨あられ。

 感慨にふける間もなく、俺とレイザーはそろって訓練コースにぶち込まれた。

 スナイパースクールで一〇カ月。

 海軍衛生学校で二カ月。

 第二遠征群2MEU第五連隊第二大隊STAに入って、イラクで一年。

 工兵学校、語学学校、通信学校に二カ月ずつ。

 第三遠征群3MEUの捜索救難小隊勤務をアフガニスタンで一年。

 海軍歯科大学に半年。

 最後の仕上げに特殊部隊選抜育成コースでもう半年。

 特殊部隊選抜育成コースを卒業した俺たちは、武装偵察中隊勤務をすっ飛ばして、少佐殿率いる海兵隊特殊戦部・海兵襲撃支援グループ・特設衛生大隊・極東アジア分遣第9特設救難小隊へと配属になった。二〇一〇年のことだ。

 根拠地は秋津洲のオキナワ。あの太平洋戦争で秋津洲軍と合衆国軍が神代兵装と核兵器をぶつけ合った土地だ。

 以後九年間、俺たちは第9特設救難小隊の名物コンビとして勤務している。


 復帰後の俺とレイザーはずっと一緒だったが、世界にも海兵隊にも、俺たち二人の間にも色々なことが起こった。


 アイスマンは分隊長を一年やってから士官学校に入校。小隊長として二〇〇七年にイラクに派遣され、勇猛果敢かつ冷徹無比な指揮で一躍有名を馳せた。今じゃ第三歩兵連隊第三歩兵大隊長殿だ。


 マークワンとビンカウスキ二等軍曹は二〇〇六年に結婚。マークワンはスナイパースクール卒業後、第二連隊武装偵察中隊フォース・リーコンに配属された。ビンカウスキ二等軍曹はパリス・アイランドで鬼教官となった。二〇一五年には二人そろって引退。二男二女をもつ幸せな家庭を築いている。


 ロボはイラク派遣中に仕掛け爆弾で負傷、左足を失い、傷病除隊。二〇〇七年だ。そのまま年金暮らしかと思いきや、傷が癒えると同時に格闘技訓練を始める。二〇一二年にはパラリンピック・アマチュアレスリングで金メダルを取った。


 ポッターはあのあと飛行資格を取り、二〇〇八年に第二五二地上襲撃中隊に配属になった。イラクとアフガニスタン、沖縄撤退戦で勇名を馳せ、今も現役の箒乗りだ。


 面白いのはヘルシング。情報部にリクルートされたやつはそこでスチュワート一等兵と出会った。マークワンの思い出話をするうちに意気投合、俺が海兵に復帰した直後に結婚してやがった。二〇一〇年引退、CIAに転職する。二〇一二年以降は俺たちとも一緒に仕事をすることが多くなった。


 マザー・ビリーはあのまま傷病除隊しちまうのかと思いきや、地獄のリハビリを乗り越え二〇〇六年に現役復帰。第三大隊長、第三連隊長を歴任し、ついこないだ海兵作戦部法務課長に就任なさった。性的マイノリティや少数種族の権利保護や差別防止プログラムに取り組んでおられる。


 J中隊長ホプキンス大尉殿は二〇〇五年の暮れ、二度目のアフガニスタン派遣中にアノニマニシスのグール化部隊に襲撃され、行方不明に。誰もが死んだと思う中、翌年六月に生還した。聞けば現地軍閥の一つに助けられ、傷が癒えたのち軍閥の一員としてアノニマニシス掃討戦に参加。その時にできたコネクションを生かし、現在ではアフガニスタン治安安定化プログラムに現地担当統括者として参加している。


 我らが第三小隊小隊長は一回目のアフガニスタン派遣を乗り切ると、即座にスナイパースクールに入学。そのあと俺たちと同じような過程を経て二〇〇七年に第五武装偵察中隊に配属。二〇一〇年、特殊部隊に志願し入隊。

 彼はウィルと呼ばれたがったが、俺たちは断固としてエディと呼んだ。



 そして結局、ヴィクター・アルファから持ち帰った例のくそ野郎だったものは、実際のところくそ影武者だった。判明したのは二〇〇五年の暮れのこと。例のくそ野郎本人の首を獲ったのは、二〇一五年も半ばを過ぎてからのことだ。

 だからって少佐殿の立場が悪くなることはなく、海兵隊特殊戦部の立ち上げと海兵襲撃グループおよび襲撃支援グループの運営について多大な功績を残されている。今現在は俺たち特設救難大隊の大隊長だ。


 アノニマニシスやイスラーム聖戦主義者との戦いはいまだに続いている。

 アフガニスタンでは現地政府がある程度状況をコントロールできるようになったが、いまだにゲリラ化した軍閥との闘争は続いている。だがそれもあと少しで完全に制圧できるだろう。


 アノニマニシスとイスラーム聖戦主義者たちは互いに相争いながら、急速に勢力を拡大した。だが、イラク国内を散々に引っ掻き回しシリア内戦に首を突っ込んだアノニマニシスは、ついに全イスラームを怒らせる。

 イラク政府とペルシャ政府、サウジアラビア連邦をはじめとしたほとんどすべてのイスラーム国家が、共同で国連安保理に提出した対アノニマニシス制裁案。それは神代兵装の大量使用を伴う苛烈なものだった。


 合衆国とソ連改め東方教会はこれに反対したが、フランスでのアノニマニシスによるグール化テロを受け賛同に回る。

 イスラエルはイラクの神代兵装再配備を警戒して最後まで強硬に反対していたが、最終的には対アノニマニシス国連軍へ参加するに至る。これはファースタンバーグ合衆国上院議員が大いに尽力したと伝えられている。


 二〇一九年現在、アノニマニシスはイラク国内での活動を停止。インターネットを使った思想的紐帯をもとにした、国際テロネットワークへ変貌した。同じ道をたどったイスラーム聖戦士たちとは、今も激しく抗争を繰り広げている。



 一方極東では、二〇一二年、秋津洲政権が大日本株式会社に政権を譲り渡し、大日本帝国株式会社となった。

 二〇一五年五月、旧政権側がクーデターを起こすも失敗。秋津洲は内戦状態に陥った。同時に大日本帝国は人材獲得コマンドと称する奴隷狩り部隊を発足させる。

 二〇一五年七月四日、三沢基地防衛戦。

 二〇一五年八月五日、沖縄撤退戦。

 二〇一五年八月一五日から一八日、石狩平野戦車戦。

 二〇一五年八月二二日、フィリッピン派遣の海兵隊が大日本帝国株式会社の人材獲得エージェントと交戦。相手方にグールらしき存在を確認する。

 二〇一五年九月を持って合衆国は大日本帝国をテロ支援国家に認定し、敵対国とした。

 以後、合衆国は樺太と沿海州に亡命した秋津洲旧政権を、その同盟相手国としている。



 俺とレイザーの間に起ったことといえば、二〇一〇年の特殊部隊配属に伴い、ファースタンバーグ上院議員との面会がかなったことが一番大きい。

 

 リドリー・ファースタンバーグ上院議員は黒エルフ居留地の全権代表の座を奪われていたが、実業と議員生活は順風満帆だった。実際、政府や州政府の役人が黒エルフ居留地に顔を出すときは、部族代表部より先に上院議員のところに顔を出していた。

 この「名を捨て実を取る」戦略の立役者は、レイザーことエリザベートの姉、ヴィクトリアだ。

「今やファースタンバーグ家はヴィクトリアのものと言って過言ではない」と笑ったリドリー・ファースタンバーグ上院議員の背中は、妙にすすけていた。


 レイザーの性同一性障害は、決着はつかなかったものの折り合いはついた。

 二人で解決すればいいことだ、だいたいお互い好き合ってんだし細けぇこたぁどうでもいいんだよ、とあいつは気丈に笑っているが、負担をかけているのではないかと時々心配になる。

 だが実際のところ、そんな心配事は忘れちゃいるがね。気にしてたら的を外すし止血に失敗するし、大変なことになっちまう。


 それに俺はあいつを女だからってだけで好きになったわけじゃない。

 いつかあいつが将校になって俺が補佐する、その夢はまだ忘れちゃいない。

 それまで俺は、あいつのことを精いっぱい支えてやるだけだ。


 ああ、ところで、互いにベッドの中で呼び合っている名前、これだけは秘密にしておきたい。

 もしバラしたら、灯油かけられて燃やされっちまう。

 あいつの恥ずかしがりには困ったもんだ。



 志願してから今に至るまで、俺とレイザーはずっと世界を駆け巡っている。

 俺が最高の海兵になれたかどうかは知る由もない。


 あの丘の頂上へと続く、心臓破りのあの道はまだ続いている。

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