青春の蹉跌③
ファースタンバーグ家次女エリザベートは五四歳で海兵隊を志願した。
当然前の戦争や、旧大陸での
ただ後継ぎである長女ヴィクトリアは病弱であり、一族の習いであるところの「族長の長子は兵役に出る」ことができなかったため、代わりに志願したと言うだけである。
というのは建前で、彼女はあまりに変化のない森の暮らしに辟易して、冒険に出たかったのが本音だという。
高校教育は通信学習で習っていたし、物心ついてからすぐに野山を駆け回って狩りをしていたから体力に問題はなかった。
難なく
一族は彼女の生還を喜んだが、治療の内容を知ると態度は一変した。
曰く、スライムごときに嬲られるような娘は一族にふさわしくないと。
森から永久に追い出すべきだと。
それでも父親たるリドリー・ファースタンバーグは、彼女を見捨てることはしなかった。もしそうなるとファースタンバーグ家はもう一度、年若い誰かを兵役に出さねばならない。先に述べたように長女ヴィクトリアは病弱だ。兵役に耐えられる体ではない。家から子供が兵役にでないのであれば、ファースタンバーグ家は一族の長たる資格を失ってしまう。
それで彼女を森から追い出さない代わりに、愛娘を嬲ったスライムを社会的に抹殺しようと目論んだ。
それを知ったレイザーは毎日のように父親を説得し続け、それでも叶わぬと知るや、一族からの離縁を申し出た。彼の作戦は裏目に出たわけだ。
さらには長女ヴィクトリアがエリザベートと顔も知らぬこの俺、スライムのジョニー・ジャクスンを赦すように父リドリーに懇願し、それでようやく彼は俺の復帰妨害をやめるに至った、ということだった。
◇
「あんたらぶよぶよはどうか知らないけど、どこの種族も純血主義ってあるじゃん。うちはそれが特に強いんだ」
ウチの住み込みで雇ってたユダヤ人の家族は全然そんなことなかったけど、とレイザーは笑った。
「不便なもんだよな、家族のしがらみってさ。だから俺はさ、ゴッドスピード。あんたが羨ましいよ。みんな仲が良さそうで」
風向きが少し変わって、食欲をくすぐる匂いが流れてきた。
親父もバート上級曹長もそわそわしだしてて、ちょっと笑っちまった。
「そんなことねぇよ。今でもちょっとひどいんだぜ」
俺はバドワイザーの新しい缶を二つ開け、一つをレイザーに渡してやると、デミアンズ・スピリッツの封を切った。5mg。メンソールは邪道だ。
一本くわえて風下に回って火をつける。こんなのは二本足たちの真似っこでしか無い。それでも俺は健康に悪い、この無駄な行為が好きだった。
「二番目の兄貴はシリコンヴァレーから戻ってこないし、電話どころかメールすらしてこない。三番目の兄貴は州の刑務所から出たと思ったら、今度は連邦刑務所送り。あいつ本当にアホだ。顔も見たくねぇ。だから今の俺にとって本当の兄貴って言えるのは、あの兄貴とサムだけなんだよ」
「そっか。どこも大変なんだな」
「安心したか?」
「安心、とはちょっと違うかな。でもあんたのことを知れて嬉しい」
「そうかい」
俺はそれだけ言って、親指で額をかいた。
さっきからレイザーの声の調子がずっと穏やかになりっぱなしで、どうも調子が狂う。
「でもどうしてそこまで俺の復帰に力を貸してくれるんだ? お前の家に泥塗ったやつだぞ、俺は」
ずっと聞きたかったことを尋ねるとこの生意気な黒エルフ、うっと息をつまらせ目をパチクリさせてからそっぽを向きやがった。
顔の色が耳の先まで濃くなってる。
それに気がついた俺も、なんだか体細胞流動が早くなったような気がして、タバコを吹かしてごまかした。
「あのさ、あの約束……覚えてるか?」
しばらく黙ってもじもじしていたレイザーは、絞り出すように言った。
「あの約束って……」
「そこでとぼけんのかよ!!いつかあんたを殺してやるって言ったら、待っててやるって言ったじゃんかよ!!」
「えぇー……」
これ、今でも時々謝るんだけどさ。
素でドン引きしちゃってさ。
それですげぇショック受けた顔してるのがやたら可愛かったな。
「なんだよそれ!!引いてんじゃねぇよ!!」
「売り言葉に買い言葉って知ってる?」
言った瞬間ぶん殴られた。
「ふざくんな!ぶよぶよしやがってこのやろう!!」
「噛んでるで」
「うるせぇよ!ともかく!アンタの命は俺のもんだし、俺を命を救ったからには俺の命もアンタのもんだ!!他の誰にも殺させねぇし、ずっとへばりついててやるからな!覚悟しやがれ!!」
彼女はそう叫ぶと残ったビールを一気に飲み干し、空き缶を俺に投げつけた。
とんだ照れ隠しだ。
「……ああ、そりゃまぁ俺も悪い気はせんけども。ひどい告白もあったもんだ」
「うう……」
「てか俺なんかでいいのかよ。言っとくが俺はもう出世できんぞ? どう頑張っても三等軍曹が限界だ。となりゃ海兵に居れるのはあと一〇年かそこらってことになる。下手すりゃ五年以下だ」
そう言うとアイツはキョトンとした。
「なんだよ、そんなことか」
「そんなことってなんだよ、大事なことだろ」
「だってそんなことになんないもん。少佐殿も付いてるし、アンタはそんなタマじゃない」
「えらく高く買われたもんだ」
「あ、今照れてるんだな? へぇ、そんな色になるんだ。へぇ」
「
「てかアンタこそ俺でいいのかよ。なんかあっさり受け入れられてるけど」
「いやまぁ俺は、そのさ、そもそも一目惚れしてたし……」
俺がゴニョゴニョ言うと、アイツは嬉しそうに微笑んでから、急に真剣な目で俺の顔を覗き込んできた。
どうしたんだと聞くと、大事な話があるという。
曰く、自分は本当は男なんだと。
体こそ女だが、意識は男で、でも男が好きなんだと。
わけがわからんだろうが、自分自身も訳がわからない。
それでもいいのかと。こんな面倒くさいやつが相手でいいのかと。
衛生兵様に聞くこっちゃ無いねと、俺は格好つけて答えるのが精一杯だった。
ごまかしだったのか、ヤリたいだけでちゃんと考えていなかったのか?
その時はそんなのどうでもいいと考えたし、あとでいろいろあったけど、そう考えたのはたぶん間違いじゃなかった。
人間万事塞翁が馬、って言うだろ?
◇
「お、ようやく戻ってきたな」
バーベキューピットまでレイザーと手をつないで戻ると、上級曹長殿がニヤニヤしながら早速茶化してきた。
くそう、と思いながら謝ろうとすると彼に機先を制された。
「いや、目を見りゃわかる。ね? 上等兵連れてきて正解だったでしょ?」
後段は少佐殿に向けての言葉だった。
少佐殿は腕を組んでふんとそっぽを向いた。
それを見て上級曹長殿とサムは微笑んで肩をすくめ、サムは俺の肩を叩いた。
「話は聞いてる。今回のことはお前にとってタフなことだったろう。それでもお前がやる気を取り戻したのは、海兵の先輩としてすごく嬉しい。だが、いいか。こんなのはまだ序の口だ。金輪際、自分自身を裏切るなよ」
「ありがとう、サム……俺はもう大丈夫だよ」
「よろしい。筋は通せ、いいな、伍長」
「イエッサー!アイアイ、中尉殿!」
俺はきっちり背筋を伸ばし踵を合わせ、ニューヨークまで響き渡りそうな声で少佐殿と上級曹長、エリザベート・ファースタンバーグ上等兵に謝罪し、海兵隊下士官信条を朗々と吟じた。
夜の帳が訪れ、青から漆黒へと深みを増す空には、沢山の星々が瞬いていた。
◇◆おまけ 1◆◇
「と言ったわけでポークリブが焼き上がったわけですが今回は非常に良いお肉をご提供いただきました海兵隊上級曹長として大変感謝いたしますありがとうございましたジャクスンさん、さてそれではレシピをご説明しながら切り分けさせていただきます今回はメープルシロップとピーナツバターとリンゴソースに市販の塩コショウガーリックのシーズニング、チリパウダーを使用しました炉の温度は華氏230度、よく乾かした桜の薪で」
「バート、話が長い。ほら少尉、じゃなかった少佐殿、熱いから気をつけろ」
「あ、これスゲーっすね上級曹長殿。骨ポロンと取れましたよ。ほらレイザー」
「うわうっま?!」「うっま!?」「ビールに合うなぁ」「あちち」
「このとき大事なのは肉に触りすぎないことで」
「誰か話きいたげて」
◇◆おまけ 2◆◇
「てかバートぉ、おまえなんでホーキンズ中尉がここに住んでるの教えてくんなかったんらぁ? 知ってたんらろぉ? おぉん?」
「めちゃ酔ってますね少佐殿……」
「おぉん??」バシバシ
「すんませんでした……」
「サムぅ、めんどくさくなる前に介抱してあげなよ」
「ううーん」
「いやぁ、面白いからこのまま見てたい」
「鬼かな?」
「ヒトだが?」
◇◆おまけ 3◆◇
「えーではー一番!エリザベート・ファースタンバーグ!」
「脱ぎまーしゅ……」
「やめろ!!」
「ぶひゃひゃひゃ!誰らこいちゅにしゃけのましたやつ!」
「」
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