ファッキン・エンド
レイザーたちを助けてから二十分少々。
第二小隊はヴィクター・アルファに閉じ込められた四十二人中、実に十一名が死亡、小隊長を含む十八名が重傷。戦闘可能はたったの一個分隊だ。
その頃にはリーコンにも損害が発生していて、二名が戦闘不能だった。
敵迫撃砲は二門が確認され、うち撃破したのは一門のみ、リーコンの迫撃砲チームは全弾射耗。
乗ってきたヘリはロケットもドアガンも打ち尽くし、燃料補給に戻っていった。
俺たちの弾薬は、一人当たり良くてあと三マガジン。手榴弾と四〇ミリグレネードも残りあとわずか。
三〇〇体からのグールを片付けた後は、二〇〇人からのイスラーム聖戦士に全周包囲されている、この状況。
俺たちは悲観していたか?
さて、どうだったかな。
グールどもを相手にするよりゃ、ずいぶん気が楽だったのは確かだ。
◇
「ファック!ファック!ファック!」
バン、バン、バン!
戦列に復帰したレイザーはものすごい勢いで敵を撃ち倒し始めた。
ヤツがファックと叫ぶたびに、聖戦士がひとり天に召される。
その勢いと精度きたら、マークワンはおろか、ほとんどが海兵スナイパースクールを卒業しているリーコンたちですら霞むほどのものだった。
普通のM4A4と普通のACOG四倍スコープ(編注:当時、
八〇〇メートルといや俺たちただの歩兵の間じゃ、ただ弾が届くだけの距離、っていう認識だった。当たるはずがない。でも彼女は当てまくった。
マークワンだって負けちゃいなかったが、あいつが使ってたのは分隊上級選抜射手用のSAM-Dってモデル。二脚とリューポルドの可変倍率スコープ、ヘビーバレルのついたゴッツイやつ。それでも八二〇メートルが限界だったそうだ。
マークワンとバート曹長が呆れ半分に「ただのライフルでなんでそんな事ができるんだ」というと、心底不思議そうにレイザー曰く、
「は? 別に難しくもなんもないでしょ、これぐらい。
と来たもんだ。
周囲の気圧が低ければ低いほど、弾はまっすぐよく飛ぶ。真空なら完璧だ。
確かに理屈はそうだが、何分もかけてじっくり照準するならともかく、今みたいな戦闘照準で次々にチューブ状の低気圧空間を精霊に作ってもらう? そんなことができるもんか!ってその時は思ったな。リーコンたちも怪訝な顔をしたから、まぁお察し。
けど、それを聞きつけた大尉殿はちょっと反応が違った。
一瞬あっけにとられてから、ゲラゲラと笑ってこう言ったんだ。
「曹長!そのおてんばと武装を交換しろ!」
バート曹長はむっつりと黙り込んで、銃をレイザーに貸してやった。
ドンピシャリ。
レイザーはしかめ面のまま、ひとしきり曹長のM14EBRをああだこうだと褒めちぎったあと、おもむろに膝射を始めた。
その姿勢でたちまち二〇発を撃ち尽くし、「
とうとう曹長は苦笑いを浮かべて、レイザーと残りの弾薬を交換した。
それを見て発奮したのは第二小隊の生き残りたち。
彼女たちはグールに取り囲まれた時に腰を抜かしてたレイザーをバカにしきっていたが、気を取り直したヤツの射撃の腕と気迫を見て考えを改めた。
ビンカウスキ軍曹はスチュワート一等兵を含めた第二小隊のほかの生き残り、十二名ほどをまとめると、村の側面援護を積極的に始めたんだ。
村落内部に侵入を図ったイスラーム聖戦士たちを銃剣突撃で蹴散らすわ、なんとか建物にとりついた敵の小隊を
中でもビンカウスキ軍曹とスチュワート一等兵ときたら、筋肉ムキムキマッチョ男が主人公の映画みたいでさ。敵を何人も蹴り飛ばしたり投げ飛ばしたりしてんの。
なんだこりゃって思ったよ。
さて、イスラームの男にとっちゃ女にケツを蹴り上げられるのはとんでもない恥だから、あいつらついに逆上しやがった。
後先かえりみないどころか、同士討ちも辞さない全力突撃を始めたんだが、
もし俺があのときの彼奴等に時間をさかのぼって忠告することがあるとすれば、恥も外聞も投げ捨ててさっさと逃げろってことだね。
つまり奴らが突撃を開始したその時、何が起こっていたかと言うとだ。
パパ・シェラ・スリーに展開した武器小隊の迫撃砲弾がやつらの迫撃砲を粉砕し、武器小隊を運んできたCH-46に同乗していた第二五二地上襲撃中隊の第三小隊と第四小隊が北から、パパ・シェラ・スリーを越えた
そしてなにより、大尉殿率いるリーコンとゼロユニットが村内に侵入する経路への待ち伏せの布陣を完了していて、俺たちただの歩兵は銃剣つけたライフルやそのへんにあったシャベルや農具を持ってリーコンたちの後ろに控えてたってこと。
最後に物を言うのは銃弾じゃなく闘志だ。それは海兵魂だ。
弾切れなんてメじゃないぜ。
銃剣を持ったエルフが、爪を伸ばしたワーウルフが、シャベルを持ったヒトが、覚悟を決めた
これらをやつらが知ってたら、ああはならなかっただろうね。
◆
他の国じゃどうか知らんが、俺たちはピンチになっても騎兵隊が来てくれると信じている。その騎兵隊は俺かもしれないし、アラバマの馬農家の三男坊かもしれないし、ロスのリトル・キョートで生まれ育ったオタク君かもしれない。
だがともかく、騎兵隊は必ずやってくるし、その日も来た。
「アイスマン!助かったぜ、
「おう、もっと感謝していいんだぜ?」
ハンヴィーで敵を蹴散らしながらやってきた騎兵隊の先頭はアイスマンだった。
俺がゲイか女なら、ヤツに抱きついてキスしたっていいぐらいだった。
もう一度言うがそういうのは顔に出るもんで、アイスマンに「お前はゲイパレードの旗か」なんて言われちまった。
でもってそれを担架で運ばれてたマザー・ビリーがちょうど見てて「あら、いい虹色ね」なんて言うし、大学で海洋生物学をやってたっていう小隊長殿は「ぴかぴかしてホタルイカみたいだ」、コマツに至っちゃ「刺身にしたら旨そうだな」と来たもんだ。
周りでは戦闘がまだ継続している──だが終わるのはもうじきだ。
「諸君!救援ご苦労!」
横転し、炎上しているトラックの前で大尉殿が腰に手を当て大音声を放った。
「だがまだ気を抜くな!まだ戦闘は終わっていない!これより撤退部署を発令する!周辺!敵狙撃手!グールの撃ち漏らし!トラップ!これらに気をつけて再度負傷兵並びに遺体を確認・回収し、車両と
俺は第三小隊の仲間たちに負傷兵を任せると、まだトラックの陰で通りの南方向を監視しているマークワンとレイザーのもとへ向かった。
「撤退部署が発令された。
俺の声を聞いて、二人は顔を見合わせ交互に後退を始めた。
二〇秒ほどでマークワンが俺のそばを駆け抜ける。
日はだいぶ傾き、雪がちらつき始めた。えらく寒い。
マークワンが援護位置についたのを確認してから、今度はレイザーが俺のそばを駆け抜けようとした。
だがあいつは足を緩め、俺を仏頂面で睨みつけた。
「……さっきのことは忘れてないだろうな」
「お前もしつこいやつだね。いつでも大歓迎だって。ほら行けよ上等兵」
俺がそう言うと、あいつは鼻を鳴らしてからようやく足を進め──俺の直ぐ側をなにか小さくて熱いものがビュンと通り過ぎ──あいつの腰を後ろから貫いた。
どうと前のめりに倒れるレイザー。
下半身から血溜まりが広がり始める。
誰かが「スナイパー!」と叫んだ。
そしてあいつの戦闘服は、グールの血を浴びたままだった。
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