嵐の中へ③
十二月のアフガニスタンは、冬のコロラド並みにはクソ寒い。低地地方では雪が少ないのが僅かな救いだ。
アラスカよりはまぁまぁマシという程度の環境で、だが、俺たちはヘリのドアを開けたまま高速で飛行していた。
大尉殿が説明するには、
彼らがつい先程までいた北東二十五キロメートルの現場で捕らえた捕虜から、ある重要人物がその村にいるという情報を得たからだ。
「それって、まさか!」
「ああ、例のクソ野郎だ!」
その捕虜はオックスフォード訛りの流暢な英語を操る軍閥の人間だったが、そいつ曰く、例のテログループとは手を切ったところだったという。
二〇〇一年九月のテロを実行したグループは、知らぬ間にアノニマニシスに蚕食され、アノニマニシス派とイスラーム派に分裂したそうだ。テログループのリーダーだった例のクソ野郎は、アノニマニシスに多数の手下とともに寝返っていた。
「でもなんで、あんなところに無防備で!」
「たぶん、ヤツは自分を囮にして、弱体化した軍閥や元手下のイスラーム戦士をおびき寄せようとしたんだろう!アノニマニシスにとっては目の上のたんこぶを潰すいい機会だし、軍閥やイスラーム戦士にしてみれば裏切り者を抹殺するのは私たちとの聖戦と同じぐらい重要だからな!」
俺は装備を再度点検しながら大尉殿を質問攻めにし、大尉殿は鬱陶しがらずに全て答えてくれた。
「アノニマニシスは匿名的なマニ教的思想だ!それだけならいいが、他の宗教と違って思想感染性が無茶苦茶に強い!インフルエンザみたいなもんだ!信徒一人ひとりが教皇でムッラーで大師なんだ。中央指導者は必要ない!」
「それが例のクソ野郎がよろこんで自殺する理由ですか!?」
俺が着込んでいるインターセプターボディーアーマーは、いろんなポーチが取り付けられてごちゃごちゃしていた。
M16の三十連
破片手榴弾二つは胸、煙幕手榴弾一つは左腹に、無線機は左背面、
止血パネルや圧迫包帯、気道挿入具やら軟金属添え木やら医療ステープラーがいっぱい入った医療キットは腰の後ろ。
「自殺じゃないぞ、坊や!ヤツは多数の
「その
「例のクソ野郎にしてみりゃもともと敵だ!巻き添えにして何が悪い!?」
「ファック!!」
長距離行軍用のやたらとかさばる
飯盒の中には固形燃料が二つと折りたたみストーブ。別にカエルを捕まえてシチューにしようってんじゃない。飯盒は煮沸消毒の鍋に、中蓋は膿盆になる。中蓋の中には真空パックの消毒脱脂綿が二パック。メスと鉗子が何本かずつ。使わずに済むならいいが。
ビタミン剤やモルヒネ注射に塩キャンディに、ビニールパックのMREが二つ。それに忘れちゃいけないエムアンドエムズのチョコレート二袋とマーズバーのチョコナッツを四つ。
背嚢の外側には1クォート水筒二つと折りたたみ担架、それに死体袋がもう一つくくりつけられている。死体袋は頑丈だから、簡易的な担架や手術マットになる。縁起が悪い代物だが、持っておいて損はない。
ボディーアーマーに三〇キロ、背嚢も三〇キロ。背嚢の中身は規定無視の無茶苦茶な詰め込み方だが、到底足りるとは思えなかった。
当時は誰の背嚢を開けても生理食塩水の点滴キットは必ず一つ入っていたが、第一小隊も第二小隊も、背嚢を持たずに出かけていたからだ。
「第二小隊の現状はわかりますか」
「子細はわからん。無線に反応がない。だが想像はつく。バラバラにされてグールに取り囲まれてるのは間違いないな」
「クソ、医療用品が足りればいいんですが」
「足りないほうがまだマシだ。この状況だと一つも使わないなんてことになりかねない」
冷たく言い放った大尉殿の目を、俺はまじまじと見つめた。
金色の瞳は「覚悟しろ」と言っていた。
「あと一分!」
ヘリの機長が俺たちを振り向いて怒鳴った。
◇
『スーパー64、位置についた』
「こちらウッドペッカー。ようし、行くぞ諸君」
大尉殿の立てた第二小隊救難計画はこうだ。
まずヴィクター・アルファ上空をフライ・パスしながらロケットとドアガンで包囲に穴を開ける。
ヘリは左旋回しながら機銃制圧、突撃発起点で俺たち歩兵はロープ降下。
歩兵が村落内部に突入したらヘリは75号線沿いに北上して待避、必要に応じて
シェラ・パパ・スリーへ降下したリーコンの分隊は迫撃砲を持っているから、直ちに火力支援の体制を整える。
ヴィクター・アルファ組は村落内部に突入したら、グールを排除しながら第二小隊の生き残りと──考えたくないが──死体をできるだけ一箇所に集め、絶対に後送が必要なけが人はヘリで後送。そうして持久しながら救援に駆けつけてくる第三小隊を待つ。
当時はそれでいいのかわからなかったが、この計画は偵察部隊である
だが大尉殿も曹長殿も涼しい顔をしていた。他のリーコンも顔色一つ変えなかった。
マークワンもゼロ・ユニットの二人も涼しい顔をしていたが、あとで聞いたらマークワンは気を静めるのに必死だったそうだ。
俺はもちろんブルってた。
自分がこれから入り込む戦場のことももちろん怖かったが、同じ釜の飯を食った連中の死体を見ることになると思うと怖くて仕方なかった。
それはもしかしたら、あの可愛くて美しい、素敵に生意気な黒エルフかもしれなかったんだ。
「攻撃!攻撃!攻撃!」
大尉殿が無線で怒鳴るのと同時に、四機のヘリが突撃を開始。一機は七五号線上の低い峠、シェラ・パパ・スリーの担当だ。機体の左右から吊るした武装ポッドからハイドラ70ロケット弾を一発、また一発とイスラーム聖戦士の散兵線に打ち込み、機銃弾をよたよた歩く民間人──グールの群れ──に浴びせていく。
村落を囲う軍閥の包囲陣は、直径おおよそ一キロメートル。村落の東西の差し渡しは三〇〇メートルほど、村から包囲陣の距離も三〇〇メートルほどだった。接近戦を好む彼らにしては妙な間合いのとり方だと思ったが、すぐに理由がわかった。グールは頭を砕くかどうかしないと行動をけして止めない。三〇〇メートルでも近すぎるぐらいだったんだ。
北回りに包囲陣を半周、その間見つけた敵には容赦なく機銃弾を浴びせかけ、ヘリは突撃発起点に戻ってきた。
曹長の怒鳴り声ともに俺たちはロープを手に取り、血と銃弾と呪いの嵐の中へと滑り降りていく。
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