嵐の中へ②

 じつのところ攻撃の予兆はあった。


 エリザベート・ファースタンバーグ上等兵の着任前後として、というよりは俺たちJ中隊3-3ジュリエットがカンダハルに到着してから、周辺の人口は大きく変動している。

 三ヶ月でだいたい三万か四万人以上は増えているはずだ。

 なぜなら、その頃のカンダハル周辺は空前の好景気を迎えていたからだ。

 周囲の敵対的な軍閥や民兵組織は完全には排除できていなかったが、市街地での戦闘は終結していたし、カンダハル市街から空港周辺に限って言えば秋津島皇国の連中が異常な才覚を見せて、ずいぶん安定し始めていた。


 さて、君が治安担当者だったとして、カンダハル市の景気が良くなって人口が増えたぐらいで敵対勢力からの攻撃を予想するか?

 そんなわけはないよな?

 それはいい。

 俺だって、景気が良くなったと聞いて「俺たちがやってる戦争は少なくとも間違いじゃない」って、ちょっとぐらいは思ってた。


 だからみんな気にしていなかった。

 カンダハル市で毎日百人近くの失踪者が出ていたとか、地元の水道業者や建設業者が人手が集まらないってこぼしてたとか、産廃業者が出す残土が妙に多かったりとか、敵対的なはずのムッラーたちが妙にこちらに親切だったりだとか。

 そういう細々とした情報をかき集めれば、が人員を集めてどこかに移送、攻勢準備を整えていることはすぐに察しがついたはずだった。

 だがそうはいかなかった。

 俺たちはみんながみんな、銃撃戦と日々良くなっていく地元の景気の間に挟まれて、おかしなことに気がついたりしなかったんだ。

 

 そんな調子だったから、地元有力者とコネクションを築いていたはずのCIAの連中も、のとんでもない攻撃手段に気が付くわけもなかった。


 まさかカンダハル市街から十キロメートル近くをぶち抜き、あまつさえ空港を包囲する長大なトンネルがあったなどとは!



 第二小隊からの救援要請が来た次の九〇秒で、事前の命令通り、俺たち第三小隊は中隊宿営地を飛び出した。

 第一小隊もパトロールを中止し、二個分隊ずつに集合してから戻ってくるように指示された。海兵隊歩兵一個分隊は一四名、陸軍よりよほど頭数は多い。俺たちにストライカー装甲車はなかったが、その分ライフルと軽機関銃なら有った。

 あとは俺たち海兵のクソ根性がどこまで通用するかだ。

 

 俺たちが宿営地を飛び出すのとほぼ同時に、空港を包囲した敵の迫撃砲弾だかRPGだかが着弾した。

 そのわずか二〇秒後には、第二五二地上襲撃中隊の箒乗りウィッチーズの最初の飛行編隊が飛び出した。”ザ・ソニック”ことシェリー・イェーガー中尉はトイレで用を済ませた直後、パンツ丸出しのままヘルメットを被り機銃と箒をひっつかんで相棒の”リトル・キディ”ことフランセス・ルッキーニ中尉とともに、周辺の強行偵察を敢行したんだ。

 

 かかる事態にカンダハル国際空港有志連合軍兵站デポ司令、ブリテン陸軍メイヤー准将は、カンダハル市内の有志連合軍司令部も同時に襲撃されていると予想し、それを前提にデポ及び空港施設の防御計画を実施に移した。この手の計画は元からいくつか立案してあったから、話は早かった。

 彼の予想は当たった。

 有志連合軍カンダハル方面軍がカンダハル市内に保持していた二個大隊相当の戦力がすべて同時に攻撃を受け、行動の自由が失われたという報告がデポに寄せられたのだ。

 おそらく軍閥との大規模戦闘を行っている時期ならこうはならなかった。カンダハル方面軍は最大で一個師団近い戦力を持っていたのだから。

 だがこの襲撃があった二〇〇三年三月の段階では、カンダハル方面軍の戦力は合計一個連隊弱まで減少していた。当然それにはカンダハル空港兵站デポの連中も頭数に入っているし、その八割ほどは輸送隊や事務連中と言った非戦闘部隊。そうでない連中は小隊、分隊、どうかするとライフル班単位で分散してパトロールやらなんやらに出かけていた。

 メイヤー准将はタジキスタン軍の機甲偵察中隊をカンダハル市内への増援に出すと、第二五二地上襲撃中隊とリベリオン軍の歩兵中隊、カナダ軍の歩兵小隊と戦車小隊、ウクライナ軍兵站中隊から抽出した偵察歩兵二個分隊と迫撃砲を掌握。カンダハル国際空港周辺の安全確保に乗り出した。



 俺たち第三小隊が進路上の敵を排除し、前進を再開すると無線が鳴り響いた。

 すかさずハンヴィーの助手席に座った小隊長が応じる。


『七五号線上の地上ユニット、七五号線上の地上ユニット。こちら合衆国海兵隊。応答されたし。送れ』

「こちら第三歩兵連隊第三大隊J中隊3-3ジュリエット第三小隊ロジャー・ヤング。誰何。送れ」

『ロジャー・ヤング、こちらコールサイン・ウッドペッカー。七時上空の我々が見えるか』


 それを聞いて後部座席左側の俺と、屋根の.50キャリバーを構えているオコネル上等兵が左後方上空を確認。

 意外と近くにUH-1N(M)ツインヒューイが四機。高度は一五〇メートル、距離は五〇〇メートルほど。

 確認した旨をウッドペッカーに伝えると、彼らは三〇〇メートル先に広がる空き地での合流を要求してきた。

 彼らは海兵隊偵察中隊フォース・リーコンだった。



衛生コアマンと特級射手を?」

「第二小隊の救援とヴィクター・アルファの制圧に、どうしても必要だ」


 ヘリから降りてきたリーコンの将校は、あのカッコイイ堕天使の大尉殿だった。ウチの小隊長は兵を二名貸せという要請に目を白黒させている。


「ヴィクター・アルファで包囲されている第二小隊は被害甚大、小隊本部の衛生と無線手は死亡している。小隊長も重傷だし、死傷者は合計で一個分隊以上に及ぶ。無論、私達にも衛生兵は居るが、率直に言って手も時間も足りない。本来なら二名と言わず、一個分隊借りたいぐらいだ。偵察・目標補足小隊STAはさっきまで居た現場に置き去りにしてしまったからな」


 有無を言わせない大尉の態度に、小隊長殿はぐっと喉をうごめかした。

 衛生と特級射手、つまり俺とマークワンは小隊の大事な護符タリスマンだった。

 マークワンはただのライフルで五〇〇メートル先の敵の目玉を一発で射抜くほどの腕前だったし、俺が治療してやったおかげで腕や足や指をなくさずにすんだ連中は多い。

 小隊長殿はそれを理解しないほど、アホでも馬鹿でも意識高い系でもなかった。彼に要請を断る権利はないが、小隊と俺たちに筋を通すことは忘れなかった。


「承知しました。ですが本人たちの意思を確認します。ゴッディ、マークワン。志願するか?」


 俺とマークワンは背筋を伸ばして答えた。


「イエッサー!」

「アイ、小隊長殿」

「だそうです、大尉殿」


 俺たちの返答を聞いて、堕天使の大尉殿はニッカと笑う。


「よろしい、二人とも。フォース・リーコンへようこそ!」



「小隊長! 二等軍曹! みんな! 行ってくるだ!!」

第二小隊ラフネックスを助けろ!」

「アイスマン! ヘマすんなよ!」

「うるせぇ、ぶよぶよ! そっちこそだ!!」


 俺たちは装備を確認すると小隊の仲間たちに見送られ、リーコンの乗ってきたヘリに飛び乗った。

 ヘリはあっという間に地表を離れ、全速力で南下を再開した。コースとしては一旦南西へ向かい、ヘリ四機のうち一機がシェラ・パパ・スリーへ、俺とマークワンが乗った機を含む三機がヴィクター・アルファに向かって西から同時にアプローチする。

 第二小隊ラフネックスが敵の攻撃にさらされ始めて四〇分以上が経過している。彼らは村長宅とトラックの残骸を使って野戦陣地を作成するのかと思いきや、分隊や班ごとに村の建物に分散し、各々で抵抗しているということだった。敵の圧力がなぜかあまり大したことが無いパパ・シェラ・スリーからの報告では、村落内部では多数の民間人が立ち歩いており、敵武装勢力は海兵だけでなく民間人も攻撃しているらしい。

 そういった諸々を武装偵察中隊フォース・リーコンの曹長から説明してもらっている間に、俺は別のことに気がついた。

 UH-1ヒューイはパイロット二名とドア・ガンナー二名のほか六名、無理をすればもうあと二~四名乗れる。俺とマークワンはその無理して乗せられた二名で、元から乗っていた乗客六名のうち二名は開け放たれた側面に腰掛けていた。機内ベンチに腰掛けているのは大尉殿と曹長、俺とマークワン、さらにリーコンとは違う迷彩、違う装備のやつが二人。


「彼らが気になるか!? ゴッド・スピード衛生伍長!?」


 向かいの席から大尉殿が怒鳴った。開け放たれたドアからは騒音と凍傷になりそうなほど冷たい、冬のアフガニスタンの空気が押し寄せていた。

 俺がガクガクとうなずくと、大尉殿と見慣れぬ二人はニヤリとした。曹長は無表情だった。


「彼らは秋津島の特殊部隊、ゼロ・ユニットだ!デルタよりすごい連中だ!」

「そんなのが来てるなんて聞いてませんよ!」

「当たり前だ! 普段は兵站部隊に偽装してたからな! コマツ軍曹にヒラオカ軍曹だ!」


 軽薄そうだが怜悧な印象も併せ持つほうがコマツ、少し馬面でいかにも人が良さそうだが頭も切れそうな方がヒラオカ。

 正直アジア人の年齢はパッと見よくわからんけれど、ふたりともまだ若いのにとんでもない場数を踏んでいそうなことだけははっきりとわかった。


「お前たち! ロボ上等兵から聞いてるだろう! クリスチャンでもイスラームでもない、罰当たりな連中がいることを! 彼らと私が追っているのはそいつらだ! 連中の名はアノニマニシス! 九七年に秋津島のエド・シティで毒ガステロをやらかしたアホどもの残党が入れ知恵をした、絶望主義者共だ!」


 俺とマークワンは顔を見合わせた。つまり大尉殿は。


「お前たちを選んだのは衛生とその護衛が足りないからってだけじゃない!」

「口封じってわけですか!!」


 俺は失礼にも、思わず要らんことを言った。

 曹長がブチ切れそうになったが、大尉殿が機先を制した。


「たわけ! それならとっくの昔に『処理』してる!!」


 それから彼女は思い切り真面目な顔をしてこう言った。


「誰かが真相を知っておかねばならん……お前たち四〇八四訓練小隊のアホども、そのうちの誰かはこの戦争を最後まで見届けなくてはならんのだ!!」

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