嵐の中へ

 レイザーがJ中隊3-3ジュリエットへ着任してから五日後、つまり彼女が実戦を経験してから二日後に事態はひっそりと、しかし急速に動き始めた。

 

 まず武器小隊が中隊宿営地を離れ、カンダハル国際空港内の有志連合軍兵站デポへ移動した。より正確には、その操車場のすみっこ、駐機場との境界へだ。


 同時に海兵隊の第三六海兵航空群の第二六二中型ヘリコプター飛行隊と海兵軽攻撃ヘリコプター飛行隊、それに第二五二地上襲撃中隊がトルクメニスタンからカンダハル国際空港へ移動・展開した。


 第二六二中型ヘリコプター飛行隊はCH-46Eシーナイト輸送ヘリを装備した輸送ヘリ部隊だ。このときまだMV-22は配備されていない。

 この連中は武器小隊の輸送に使うんだろうなと予想できた。


 海兵軽攻撃ヘリコプター飛行隊はAH-1WスーパーコブラとUH-1N(M)ツインヒューイを装備する攻撃飛行隊だ。

 地上火力支援のほか、中型ヘリコプターの護衛にも充てられ、空挺救難任務も行える。


 それにフォード・ベクターAB-4Fスーパー・ウィッチクラフト軽攻撃箒を装備する第二五二地上襲撃中隊の二十四名。非装甲・体むき出しのまんまで亜音速でかっ飛んで、魔法と機銃弾をぶち込んでいく、アドレナリン・ジャンキーどもだ。

 航続距離も短けりゃ被弾にも弱いが、歩兵に紛れて行動出来るうえに、地上で火力支援魔法を使わせることもできるため歩兵の人気は高い。当然ライフルマンとしても優秀だ。


 そうした諸々が大げさに運び込まれた裏で、ひっそりと持ち込まれたものがある。

 空軍第一特殊作戦群が持ち込んだ、ニグラスIV地上襲撃火竜四騎だ。

 グリーンランドに閉じこもったまま出てこないファブニールが合衆国との独占契約によって供給している、完全ステルス・超すごい・対地攻撃竜。

 一説によるとA-10サンダーボルトIIと同じく、聖戦車殺しセント・タンクキラーハンス・ウルリッヒ・ルーデルが運用思想設計アーキテクトにかかわっているとかいないとか。

 何をどうやってんだか知らないが、ミリ波センチ波のレーダーに対して全方位極小電波反射面積、武装ポッドを積んでもトンボ一匹分のレーダー反射しか起こさない。光学迷彩魔法は本能的に使いこなすし、肉食獣の本能で獲物に対して執念深い。こいつに狙われたらお陀仏間違いなし。アーメン。

 こういうのが三日ほどかけてカンダハルへ集積された。


 俺たちも宿営地に籠って飲んだくれてたわけじゃない。

 まず武装偵察中隊フォース・リーコンたちはロボたち偵察目標補足小隊STAを引き連れて、カンダハル東方を中心にパトロールへ出るようになった。

 俺達J中隊は武器小隊以外の三個小隊でローテーションを組んで、安全を確保できた周辺地域へ頻繁にパトロールと民生支援に出かけた。

 それ自体はそれまでと変わらないが、小隊長たちは各集落の族長たちに必ず「禁じられたものハーラムを持つものはないか」と聞くようになった。当然族長たちは首を横に振った。だがそれでいい。俺達が禁じられたものハーラムを持つ者たちを追っていることが伝わればそれでよかった。

 その意味を知るものは、中隊長と中隊曹長、それに俺たち四〇八四訓練小隊上がりの阿呆どもだけだ。



 全般的状況の変化は、レイザーが着任してから八日後に起こり始めた。

 

 八日目。

 第一小隊がパトロール中に、これまで襲われたことのない経路でゲリラに襲われた。損害無し。敵の死体に刺青は無し。

 第二小隊にスチュワート一等兵が通訳として同行することになった。


 九日目。

 第二小隊が給水・食糧支援を行っていた集落で、集まってくる民間人がめっきり数を減らした。

 レイザーはむっつりとふさぎ込んだままだった。


 十日目。

 俺たち第三小隊がある村落に立ち寄り、民家や道路の補修や医療支援をやっていると、族長が「明日は来るな」と言ってきた。

 宿営地に戻るとCIAのメッセンジャーが中隊本部から出ていくところだった。そいつは敵の大規模攻勢が予想される旨、警告に来たそうだ。


 十一日目。

 カンダハル国際空港周辺の町から人々が逃げ始めた。

 その中にはアフガニスタン暫定政府軍や現地の民兵までもが含まれていた。

 来るなと言われた村落からは人の気配が消え去った。あとに残されていたのは血溜まりと子供の靴が片方だけ。

 有志連合軍カンダハル空港駐留部隊は高度警戒態勢への移行を命じられたが、俺たち第三海兵連隊第三歩兵大隊J中隊の任務に変更はなかった。

 空港滑走路脇ではウクライナの連中が迫撃砲を展開させ始めた。

 

 そして十二日目。

 第一小隊はカンダハル南方、カンダハル国際空港から見ると西方の分散パトロールに出かけた。

 第二小隊は民生支援で、カンダハル国際空港から七十五号線沿いに約十キロメートル南下した川向うの集落を訪れていた。この村のことは仮に村落Aヴィクター・アルファと呼ぶことにしよう。人口は百人前後。そのあたりではまぁまぁ大きな村と言える。

 民生支援とはいうが、実際は避難支援だ。その集落の周辺には敵対的な武装集団が潜んでいるとみられ、一刻も早い保護が必要だった。そのため、第三輸送支援大隊から派遣されていた車両小隊のトラックを伴っている。

 俺たち第三小隊と武器小隊は予備戦力として待機だったが、いつでも飛び出せるように準備はしていた。



 1051時。

 第二小隊第四分隊は七五号線上の峠、パパ・シェラ・スリーに観測点を設営。

 ふもとの村までは一キロメートル。

 南北方向の見晴らしは良いが、東西には山肌が迫っていた。


 1108時。

 第二小隊、作戦地域ヴェクター・アルファに到着。

 敵性勢力は見当たらない。鼻の良いオークやワーウルフが匂いを嗅いでみたが、家畜の糞の匂いでよくわからなかったそうだ。

 雲はないが風が少し強く、砂埃が舞って視界は良くない。


 1120時。

 村人たちのトラック搭乗開始。第一分隊が支援に当たる。

 第三分隊は四輪駆動車ハンヴィー四両、二両一組で周辺警戒を開始。

 レイザーの居る第二分隊が、村落外周の建物と地形を利用して陣地線を形成。

 突撃破砕線FPLは300メートルに設定。だんまりで持ち出した携帯対戦車砲AT-4は第二分隊の各ライフル班に二本ずつ。


 1146時。

 第三分隊第三班のハンヴィーが仕掛け爆弾IEDでやられた。生存者なし。

 これを合図に中隊規模以上の敵武装勢力が姿を表し、第二小隊に対し攻勢を開始した。

 第四分隊の展開するパパ・シェラ・スリーも同時に攻撃を受ける。

 第二小隊長マザー・ビリーは直ちに救援要請をJ中隊本営に発信。直後、村人の中に紛れ込んでいたゲリラの自爆攻撃により小隊指揮班と第一分隊の半数が死傷した。

 爆風に吹き飛ばされ気を失ったスチュワート一等兵が目を覚ますと、トラック六台のうち四台が爆発炎上、もしくは横転して使用不能になっていた。トラックに分乗していた村人たちの、実に七割が死亡または重症だった。

 背後からの爆音に首をすくませたレイザーは、目の前に降ってきた犠牲者の生首と目が合ってしまい、それから目を離すことができなかった。

 地面に伏せたままレイザーがそれを見ていると、たぶん三〇秒ほどでそれは目を覚まし、レイザーに食らいつこうとするかのように歯をガチガチ言わせ始め、周りの連中も腰を抜かしたそうだ。

 取り乱したレイザーはライフルを乱射しその生首をバラバラの肉片へと変えたが、黒エルフ特有の恐ろしいほどの動体視力は、の左瞼の裏側になにか入れ墨が入っているのを確かに見たそうだ。

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