暴風中心
第二小隊の半減した指揮班と第一分隊の生き残り、第二分隊の一部は同じ建物に立て籠もっていた。で、誰にとっても幸いな事に、俺たちが最初に駆け込んだ民家が、まさにそこだった。
裏口から顔を見せていた海兵に手招きされ、俺とマークワン、大尉殿が直卒するリーコン1チームは屋内に入った。コマツとヒラオカもだ。他のリーコンと、もう二人いた秋津島の連中は外で周辺警戒と偵察に回った。
台所を通り居間に回ると、床には何人もの負傷兵が寝かされていた。無傷の兵隊は裏口の一人を含めて、五人しかいなかった。
俺たちの姿を見て、兵隊たちから安堵のため息が漏れた。
「やぁ、マークワン、ゴッドスピード。来てくれたのね」
部屋の奥の暗がりから落ち着いた、しかしかすれた声がした。
即座に駆け寄り、フラッシュライトで照らすと、果たしてそこにはマザー・ビリーこと第二小隊長ビリー・ワイルダー中尉が寝かされていた。
「やぁじゃないっすよ!」
ライトに照らされたマザー・ビリーの姿を見て、俺は仰天しちまった。
砂だらけの擦り傷だらけ、男だと分かってても見とれちまってたその美貌は、右頬がひどく腫れていた。右腕は肘から先がなく、左太ももも血に染まっている。
「慌てないで伍長。これぐらいで死なないわ」
よく見れば右上腕と左太もも上部には
「私は衛生特技取ってるのよ。どっちの傷口もステープラーで大血管はふさいでるから当面は大丈夫」
「……そっちの衛生兵は?」
「テディ・ベアは苦しまなかったわ。彼のやたらとでかい体と、彼が残してくれた医療キットのおかげで、この程度で済んだのよ」
テディ・ベアはいいオーガーだった。オレゴン出身、ジャガイモ農家の次男坊。体はでかいが優しくて、現地人の暮らしをリスペクトしていた。彼は誰からも好かれていた。
「ともかく、もう少し休んでてください……他の連中は?」
「第一分隊の無事な子たちは、みんな怪我してる。第二分隊の半分はこの家を守ってる。……他の子達は……村長の家や、他のところに分散してると思うの。
俺は大尉殿を振り返ったが、大尉殿は首を横に振った。
そこでヒラオカが口を開いた。
「最初の爆発のあと、何度か爆発は起きましたか?」
「……ええ、最初はゲリラの攻撃かと思ったけど、関係なく爆発した家が一軒あったわね……思えば無線機の調子が悪いのはそれからだわ」
いぶかしげにマザー・ビリーが答えると、ヒラオカはコマツにうなずいた。
「
「くそ。サトー少佐に報告。一足遅かったな」
「何かの証拠品はあるはずだ。探そう」
「チェ、特別手当がほしいぜ」
「仕事だよ、コマツ。仕事」
それでなお一層マザー・ビリーの表情が険しくなったものだから、俺は慌てて大尉殿とコマツたちを紹介した。
リーコンが来たと聞いて海兵たちは一人残らず表情を明るくした。元気な何人かは、残弾や水の残量を確認したほどだ。
「ありがとうございます、大尉殿」
「なに、礼には及ばん。まぁ見てろ。奴らが何を相手に回したか、思い知らせてやるとも。君の部下はここを保持させろ。必要になったら援護を要請する。頼りにしてるぞ」
最後の言葉は士気を回復させた第二小隊の面々に向けてだ。
それを聞いてマザー・ビリーはようやっと微笑んだ。
大尉殿はその場の全員をさっと見回し、低いがよく通る声で檄を飛ばした。
「野郎ども。用意はいいか」
「フーア!」
俺たちも声を張り上げずに、しかし力強く答えた。
「敵はグールにイスラーム聖戦士だ。イスラーム聖戦士は今でこそゲリラだが、正規軍の訓練も受けている。グールごと我々を潰そうとするだろうが、正々堂々、丁重に、礼儀正しくお相手しろ。それとこれは大事なことだが」
と、大尉殿はちょっと言葉を切った。
「グールに噛まれるとグールになる。もしグールになってる海兵がいたら、速やかに成仏させろ。苦しめさせるな。辱めるな。いいな」
俺たちは無言でうなずいた。
もしレイザーがグールになっていたら、俺がとどめを刺そうと思った。
もしイスラーム聖戦士もグールになっていたら?
彼らにも誇りはある。他者の誇りはリスペクトしなければならない。
「行くぞ!
「フーア!!」
俺たちは健全な分隊系無線機をマザー・ビリーたちに一つ残すと、その家の玄関から飛び出した。
向かうはトラックの残骸が燃え盛る村の広場と、その向かいの村長の家だ。
◇
直径20メートルもない広場に出ると、そこはグールがいっぱいよたよたしていた。
明らかに村人全員と海兵を足した数よりも多い。
どういうことだと訝しんでいる暇はない。
周囲ではトラックやハンヴィーが横倒しになったり炎上したりで、視界が悪いことおびただしい。イスラーム聖戦士たちは自分たちにグールが向かってくるのを嫌がって、あまり撃っては来なかった。
リーコンの二個チーム八名がマザー・ビリーの寝ている家の左右を確保しに走り、大尉殿の直卒する一個チームと秋津洲ゼロ・ユニットは(残りの二人はタナカとアマノと言った。どうせ偽名だ)は鏃のような陣形をとって走った。俺とマークワンとそれぞれのチームから抽出した衛生兵は、矢柄の部分だ。
「三時!」
「おっ」
バン、バン。ドサリ。
俺は蜘蛛のように目を増やして周囲を警戒しながら射撃、マークワンは俺の声に素早く反応してグールどもを打ち倒していく。
最初の家を出てから十メートルも走らないうちに、俺とマークワンの『戦果』は合わせて二ケタに迫ろうとしていた。そのうち半分は子供だったが、俺たちはためらったりしなかった。
そうとも兄弟、戦闘のショックなんてのはそんなもんなんだ。
だいたい、死んでからも死にきれないなんて可哀想過ぎる。
「やるな、坊やたち!」
「ありゃあしごきがいがありそうだ」
前方を走る大尉殿と曹長殿に褒められたが、ぶっちゃけ嫌味か何かに聞こえもした。あの人たちと来たら、一人でマークワンの三倍ぐらいは倒していた。
とはいえ流石に数が違いすぎる。
俺たちは広場の中ほどで、銃声におびき寄せられた大量のグールどもに取り囲まれることになった。ざっくり数えて百二十はいた。
それでも大尉殿は平気の平左で涼しい顔。ほかのチームやマザー・ビリーには「手出し無用」と伝えてさえいた。
「流石に弾がもったいないなぁ。バート曹長、アレやるぞ」
大尉殿はM4カービンを背中に回すと、左腰に刺していた伸縮式の警棒を振りだした。どういう理屈か知らないが、その先端は、バチカンが雇ってるスイス傭兵の鑓斧みたいな複雑な形を取る。
「いいんですか!?」
曹長は
「今日はお客さんも連れてるし、これは偵察任務じゃない。連隊長も少将もこの件はフリーハンドをくれている。遠慮すんな! サービス、サービス!」
「大尉殿がそう言うなら!」
曹長もライフルを背中に回し、「むん」と唸って足を広げて腰を落とした。掌どうしを打ち合わせ、何事か早口で唱えだす。
大尉殿は俺たちに集まるように指示すると、バカでっかい鑓斧を片手で振り上げ朗々と吟じた。
「聖なるかな聖なるかな、我が父、我が君、誉れ高き我が神よ! 見捨てたもうた御子らに今一度聖なる加護を! かしこみかしこみて、なにとぞお願い申し奉る!」
彼女が鑓斧を再度振り上げると、俺たちの周りをドーム状の光壁が覆った。
それが完成すると今度は曹長の番だ。彼は合わせた掌をパッと広げると、どんとばかりに地面にそれを叩きつけた。
「
俺たちを包む光の壁の向こうは、とんでもないことになった。
ざっくり半径七メートルばかりの地面からグールどもの脳天目がけて、鋭くとがった岩の
しかもそれが突き刺さるスピードは、どう考えても音速を超えていた。
グールどもは衝撃波とともに汚い血煙になって消え失せた、というのが視覚的表現だろうな。
視界に写るグールはもうあとわずかになり、曹長が地面から手を離すと岩の鑓は消え失せた。光の壁に囲まれた俺たちは、返り血一つ浴びちゃいない。
俺は「ひぇえ……」と間抜けな声を出し、秋津島のコマツはピュウと口笛を吹いた。
「大尉殿、あれを」
リーコンの一人が注意を促した。
彼が指し示す村長の家からは、ヒトだったものが溢れるように、よたりよたりと湧いてでてきている。
「ちっ。手に負えんな」
大尉殿が舌打ちする。
そこへ秋津島の連中が申告した。
「大尉、俺たちはあの中にいかなきゃいけない」
「エッ、やめようぜヒラオカ」
「コマツお前さ、リーダーだろ。仕事しろよ仕事」
ヒラオカがそう言ったその瞬間、村長の家の中から銃声が沸き起こった。
「くそ! 行くしか無い! ついてこい!」
大尉殿は叫んでイヌワシの翼を広げ、俺たちはそれに付き従った。
◇
「
叫びながら暗がりから湧き出るグールを撃つ、撃つ、撃つ。
銃声が反響し、家を形作る土壁からホコリが舞い落ちる。
ドアの吹っ飛んだ部屋の入口の横に立ち、もう一度「
部屋の中から「撃つな!」と返ってきた。ビンカウスキ二等軍曹とスチュワート一等兵の声だった。
部屋の中に踏み込むと、そこは一面血の海だった。
足元には頭を撃ち抜かれたグールや、そうなっちまった海兵の死体が山積みになっている。
彼女たちのもとに歩み寄り、改めて周りを見渡す。マークワンが「大丈夫だか?」と尋ねると、ケイティ・スチュワート一等兵は彼にしがみついた。
「二等軍曹も、お疲れ様でした」とマークワンが手を差し伸べると、ビンカウスキ二等軍曹は顔を真赤にしてそっぽを向きつつ、その手を取って立ち上がった。
俺は再度部屋の中を見回した。肝心なやつが居ない。
「二等軍曹、レイザーを知りませんか?」
俺が尋ねると、二等軍曹は俺の背後を指さした。
見れば彼女は、入り口の直ぐ側で膝を抱えてうずくまっていた。
血まみれで。
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