1-3.熱き血潮のアフガニスタン ~アフガニスタン2003

黒エルフ①

「ジュリエットHQ!ジュリエットHQ!こちらロジャー・ヤング!75号線沿いで待ち伏せを受けた!!支援を待機してくれ!!第二分隊!聞こえるか!」


 敵弾が進路の右側からピュンピュン音を立ててすっ飛んでくる中、小隊長は四輪駆動車ハンヴィーに積まれた無線機に怒鳴りつけた。

 小隊長は俺よりちょいとばかり年上でしかないオークの若造だが、性根は座っていた。やっこさんはきちんと小隊軍曹の意見を聞き、クアンティコの基礎訓練学校で習ったことを思い出し、中隊長や大隊長からもらった指示通りに動こうとし、何より歩兵の戦い方というものをよく理解していた。


 二〇〇三年十二月一二日、一二一〇時。

 俺たちロジャー・ヤング──第三海兵遠征群第三連隊第三大隊J中隊第三小隊は、カンダハル近郊の路上で敵武装勢力に取り囲まれていた。

 民生支援任務で南方に向かった第二小隊が支援先の集落近辺で包囲されたとの急報を受け、その救援に向かう途上のことだった。


 バシッ!──地面に伏せた俺のすぐ目の前に敵弾が着弾し、小石をバラバラにした。奴らは相手が衛生兵だろうとお構いなしだ──誰も彼も迷彩服を着て似たような装備をしているのに、誰が誰だなんて見分けが付くわけねぇか。おまけに俺は、普段ピンク色の肌を周囲に合わせた保護色に変化させていた。

 俺は視覚器官──倍率十倍のスゲェやつを、二本足のそれに模した右手人差し指の直ぐ側に増設した。若きジョン・ウェインそっくりのハンサムな顔面に作った眼球は、右目が鷹の目、左目は超広角になっている。

 巻き上げられた砂埃が目障りだ。


 ざっと見回して、居た。

 右手前方、ちょっとした地面の盛り上がり、その向かって左手にちらほらとゲリラが見え隠れしている。

 俺の射撃の腕はあまり褒められたものじゃないが、鷹の目と十倍視覚はいい仕事をした。俺のM16A4から放たれたM855弾がピュンとすっ飛んでいき、一二〇mほど先の髭面の右こめかみあたりを吹き飛ばしたのが見えた。

 小隊軍曹が指示を出して、第一分隊の一個射撃班が右に回り込み始めた。班長はマークワンだった。あの班に選抜射手は必要ない。なんせ我らがマークワンは、スナイパー・スクール直々にスカウトを受けている。任務のせいで入学は遅れていたが。

 俺と無線手のラフターマンは周りを見渡し、俺は嫌な空気を感じてハンヴィー越しに後ろを振り向いた。

 八〇mばかり後ろの丘の頂上にそいつはいて、俺たちのハンヴィーを狙っていやがった。


「八時方向!RPG!」

 

 叫ぶと同時に射撃を開始、当たらない、くそっ、あたらない!その頃の俺は、ビビりかけると途端に射撃精度が落ちちまってた。

 観念しかけた瞬間、丘の稜線に居たRPG射手は四〇mmグレネードの爆発で吹き飛ばされた。


「おたつくな、ぶよぶよ」


 三mほど離れたところの隣のトラックから声が飛んできた。声の主はトッド・ヒルビリー伍長だった。俺たちはもうヤツのことをヴァニラ・アイスワック野郎なんて呼んじゃいない。マークワンと同じぐらい頼りになる冷静沈着な兄弟、アイスマンと呼んでいた。


「サンキュー、兄弟!」

「ぶよぶよの兄弟なんか居ねぇよ、あほんだら!」


 俺が感謝を伝えると、やつは顔を赤くしながら混ぜっ返した。

 それを聞いて顔をしかめたのは小隊軍曹だけで、声が聞こえる範囲の連中は全員が全員、顔をほころばせた。俺たちの陰険漫才は小隊の名物だったからだ。

 

「第一分隊、もう少し耐えろ!後続の第二分隊と第三分隊を左右に回り込ませた!ここの戦は勝てるぞ!ロジャー・ヤング!闘魂ガング・ホー!」


 小隊長が俺たちを振り向いて叫び、俺たちは口々に「フーア!」と叫んだ。

 そう、俺たちはここでの戦には勝てるかもしれない。

 だが第二小隊は?

 あの生意気な黒エルフの娘のいる、あの小隊は今無事なのか?

 俺はそれが無性に気になった。



 その頃、というより俺がアフガニスタンに派遣されていた二〇〇三年頃は、例のテログループを囲ってた軍閥を北部軍閥が蹴散らし、多少は治安が回復していて、如何に医療支援やインフラ整備をスムーズに進めるかが大事なことになっていた。

 ……今より多少はまともな状況かもしれないな。


 待ち伏せを受けた日から遡ること十二日前、俺はカンダハル国際空港の敷地に作られた、有志連合軍兵站施設に赴いていた。

 何をしていたかって言うと、他の部隊──っていうのはつまり、カナダ軍やらリベリオン軍、ブリテン軍やらウクライナ軍やら秋津島軍やらタジキスタン軍やらなんやらかんやらの連中──との医療支援任務ミーティングに顔を出し、ついでに連中の衛生兵や兵站将校と立ち話をするのがその日の任務だったんだ。


 秋津島のサトーという、恰幅もあれば凄みもある兵站将校(には全然見えなかったが、やつはそう言い張った)や、ウクライナのなんとかいうドモヴィク(髭面のちっちゃなおじさんにしか見えないが、侮るな──お前の幸運を全部吸い取っちまうぞ!)と立ち話をしていると、ふわりと華やかな香りがただよった。

 気になって振り返ると、身長一七〇センチぐらいの黒エルフの兵隊が、もうひとりの女性兵士と連れ立って通りすぎたところだった。

 その黒エルフの娘は海兵の迷彩服を着て、揺れるべきところをゆさゆさ揺らしながら歩いていたが、その歩みには全くスキがなく、視線はカミソリのように鋭かった。

 俺はひと目ですっかり参っちまって、彼女が歩み去るのをぼんやり眺めていた──気がつくと周りの男どもは全員そうなっていた。


「なぁ海兵の兄弟、ありゃあ誰だ?」


 ドモヴィクが俺をつついて言った。

 女日照りのひどい俺たちが、同じ隊にいる女どものことを知らないわけはない。中でも各小隊に一人ずつ配属されてる衛生兵は事情通だ──なんせ小隊全員の健康を預かる身だからして。

 だが俺は、「さぁ、最近来たんじゃないか、観たことない」というのが精一杯だった。


 なにしろ黒エルフはほとんど人前に姿を表さない。

 もともと黒エルフは白エルフに敵視され、迫害されていた。第二次世界大戦ではユダヤ人ともども神聖第三帝国とその占領地域──あのチビのちょび髭のクソ野郎は汎ドイツ領域と呼びたがった──で捕らえられ、虐殺されてもいた。

 白耳長どもはそれをちょび髭の政党がやったことだ、俺たちは奴らに騙されていただけだと居直っていやがる。

 ちょび髭伍長の率いた政党名は放送禁止用語で、今じゃ奴らが何をしたか正確に知らないガキも増えているとか。


 ともあれ神聖第三帝国を東方教会と一緒にぶっ潰した西側諸国は、クソなことに、それでいいことにした。

 その頃の東方教会は共産主義という人工宗教に乗っ取られていた。共産主義はちょび髭の政党と似たりよったりの危険度があると看做され、西側は共産主義に対抗する必要があった。

 なぜって、共産主義はすべての宗教を敵視していたからだ。

 奴らには天使も悪魔も関係なかったんだ。


 そんなわけで合衆国に脱出した黒エルフたちだが、大多数はケンタッキーやテネシーの密林に引っ込んで狩猟採集生活を行い、そうでない少数の者が部族の利益確保のため、政財界で活躍していた。といっても、目立つのは上院議員が一人に下院議員が二~三人、銀行屋が数名、あとは化学や魔法の教授が何人かぐらいのもんだ。

 軍人となると更に珍しい。

 ヒトの寿命の三倍ぐらいは楽に生きる彼らだが、合衆国軍上層部ではエヴァーズマン海兵隊准将とホフマン陸軍少将ぐらいしか思い当たらない。

 少なくともその時まで、俺は黒エルフの兵隊なんか見たことなかった。


 てなわけで、それがレイザーカミソリことエリザベート・ファースタンバーグとの最初の出会いだった。

 もっとも、向こうは俺のことなんて一切気にしちゃいなかったがね。

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