おかしなふたり②
オークの名前はウェイラー・スミス。
ゴブリンの名前はマルティニ・ロレンツォ。
それがあのお騒がせ凸凹コンビの名前だった。
ウェイラーはウィルと呼ばれたがったが、俺たちは断固として拒否。エディと呼んでやった。いやまぁたしかにハンサムではあったし悪口の切れ味は天下一品、このまま訓練教官になってもいいんじゃないかと思うほどだったが、いちいち面白くて腹が立つ。
マルティニはウェイラーのボケにノリ突っ込みや重ねボケをするのが仕事みたいな男で、自分では気の弱い平和主義者なんだと言っていたが、嘘八百もいいところ。自分じゃウェイラーのボケを緩和してやってるんだ、俺のストレスを鑑みろなんていっといて、決まってウェイラーよりひどいキレ方をしやがるんだ。
でまぁ彼ら実は兵役六年目、現役バリバリの伍長殿で、昇進試験に二回も落ちていた。
もし今回昇進試験に落ちると除隊させられるってんで、彼ら曰く「クソクソまじめにやってんだ」ということだったが、今思い出してもその時の彼らは嘘を言っていたんじゃないかと思う。
で、入学初日に怒られたのはいったいなんだったんだと聞くと、あの曹長とはもう顔なじみで、毎回落第するお前たちの面は見飽きたとっとと失せろと言われて、ああいう態度をとったんだとか。
なんと言うか、無茶な連中だなぁと思ったよ。
だってあの曹長、下士官学校付け先任曹長だったんだぜ?
でまぁ教頭先生ならぬ先任曹長にケツを思いっきり蹴り上げられた俺は、なんか知らんがそいつらと先任曹長にも気に入られた。
どうもフィッシャー一等軍曹が俺のことを気にかけてくれと、ノーマン・スコットという名のその先任曹長に手紙を出していたらしい。
◇
「貴様のことはフィッシャーから聞いている」
「イエッサー!」
下士官学校入学二日目、正午。
先任曹長のオフィスに一人呼び出された俺は、緊張で石化しかねない勢いで背筋を伸ばしていた。実際問題、何本か多めに骨を作っちまったような気がする。
スコット先任曹長はまじめくさった顔で俺をじろじろと睨みつけている。
「フィッシャーはこう言ってきた──ぶよぶよにしちゃ骨がある、ひとつ鍛えてやってくれ、とな」
「イエッサー!」
そのときの俺の気持ちがわかるか?
この俺、いじめられっ子だったこの俺が、あのフィッシャー一等軍曹が気にかけてくれるほどの男だと知らされたそのときの気持ちが?
スコット先任曹長は一語一語区切るように、言葉を続けた。
「フィッシャーはワシが鍛えてやった一等自慢のクソ海兵だ……そのやつがお前をえらく気に入っている……元教官としては断然興味を持たざるを得ん……またフィッシャーはこうも言ってきた……新兵にしちゃ妙に海兵のやり方がわかっている、ともな。何か弁明はあるか?」
俺はピンクの肌に玉の汗を浮かべながら答えた。
「イエッサー! 自分の地元にサム、サミュエル・ホーキンズという海兵の先輩がいらっしゃいました! 自分は子供のころ、彼にずっと面倒を見てもらっておりました! 海兵になると決めたとき、即席の訓練もしてくださいました!」
俺がサムのフルネームを伝えたとき、スコット先任曹長の眉がピクリと動いた気がした。
「サミュエル・ホーキンズ……白人か?」
「イエッサー!」
「このほほからあごに傷のある?」
「イエッサー! ……サー、その、サムとは?」
たずねると先任曹長は少しばかり迷うそぶりを見せた。
だが結局は。
「……貴様には言っておこう。サムはワシらの命の恩人だ。
彼はそれだけをしんみりと語ると、燃え滾る目を俺に向けた。
俺も失礼なこととはわかっていたが、その視線を真っ向から受け止めた。
そうする必要があったからだ。
「わかるな、坊主……お前はサムやフィッシャー、それにこのワシから期待されている。貴様はそれに答える義務がある。お前は最高の海兵隊員にならねばならんのだ……わかるな?」
「イエッサー!」
「声が小さい!」
「イエッサー!!」
「ブートキャンプとは比較にならん地獄が貴様を待ってるぞ! やるのか!?」
「やります、絶対にやり遂げてみせます、サー!!」
俺の気分は高揚し、その気分のままに答えた。
俺ならきっとできるだろうしやり遂げてみせる。
その覚悟を伝えたつもりだった。
「よろしい、下士官候補生……くさい芝居はするもんじゃないな……いや、今言ったことは忘れろ」
そういって俺をにらんだスコット先任曹長。
「……サー? 自分には……なぜここにいるのかも実はよく……」
などととぼける俺。
おい、まてよ。そこで白けんなよ。
男にゃこういう小芝居も必要なんだって。ったく。
ともあれ、それで先任曹長はようやくもとの調子に戻った。
「ああそうだ。その件だ。貴様、昨日ワシに『そのアホ二人が何かしましたか?』と聞いたな? 実はそのことで任務がある。受けてくれるか?」
上官のお願いはジッサイ命令。
これ、試験に出るぞー。
というか、ハメられた気がしないでもない。
◇
「というわけです」
「俺らについて下士官の行儀見習い? 坊や、お前とんだ貧乏くじ引いたな」
「お前が言うなよ、相棒。坊や、改めてよろしくだ」
そんなわけで行儀見習いという名の監視役につけられた俺は、凸凹の隣の部屋に住まわされた。
海兵隊の宿舎は兵卒や下士官・士官候補生は二名部屋、正規の下士官や将校は一人部屋になる。二名部屋のバスルームは共用スペースだから、まぁシェアハウスしてるような感覚に近い。
「よろしくお願いします!」
「そうしゃっちょこばんなって。ノーマン親爺に俺らの素行を監視して報告しろとか言われてるんだろ? わかってる、気楽にやろうぜブラザー」
「そうだぜ。どっちも下士官候補生なんだから」
「といっても俺たちゃ現役の伍長で、坊やはまだ上等兵だ。わかるな? 意味が」
「ヘイ、ウェイラー、ウィル。やめろ。お前なんだってそうやってすぐに先輩風吹かす? それパワハラだぞ。毎回ケツをぬぐう俺の身にもなってみろ」
「なにがだ? 事実だろうが」
「それで前回隣部屋泣かして落第したの忘れたのか?」
「なんだ、俺が悪いってのか」
「そうじゃない、分をわきまえろって」
「よく言うぜ、お前だって昨日は」
とんでもないピッチで罵り合いを始めた凸凹コンビ。
でもその様子がおかしくて、俺はくすりとしてしまった。
即座に絡んでくるウェイラー。
「何だピンキー・ベイビー。なにがおかしい? あぁ? 何がおかしい?」
「いや……失礼しました。仲が良くていらっしゃるので、つい」
「「仲がいい?」」
俺が笑いをかみ殺しながら答えると、凸凹は二人声を合わせて反駁してきた。
その後はハリウッドのバディムービーみたいに、陰険漫才を繰り広げる二人に消灯後も付き合わされた。
翌朝はひどい寝不足で、兵站学の指導教官だった例のかわいい訓練教官に、泣くほど絞り上げられた。
ちょっといいかも、とか思ってねぇからな?
◇
上官に対する態度はともかく、凸凹コンビの二人は現場下士官としては実際やり手だった。
下士官学校では伍長や上等兵を下士官という型に嵌めてガンガン叩いて、下士官を製造する。
下士官に求められるのは、まず体力、次に射撃や体術の技量、それに負けず劣らず必要なのは考え方の柔軟性だ。
OODAループって聞いたことあるかな?
最近ビジネスの世界でも取り入られつつある考え方だ。
つまり「上は方針を決め、下が現実に応じて最適な形で実行する」ための手法となるんだが、この観察・判断過程で頭の柔軟性が問われることになる。
で、下士官にはこの辺の素養がものっすごく問われるんだが、凸凹コンビときたら本当に抜群だった。
どこが抜群だったかといえば、まずその観察眼だ。対抗部隊が何を目的にどんな作戦で来るのか、いやそもそも対抗部隊はなんの意思を持って何を目標にしているのか。周囲の状況、そして自分たちの目的は。人員、武器、弾薬の状況は。
それがわかんなけりゃ戦争なんて出来ない。
そんでもって判断力も大したもんだった。観察の段階で得た情報を、過去の経験や文化的伝統、新しい情報、遺伝的特質、それらの分析・統合、といった要素と突き合わせながら精査し、自分たちが求める結果にたどり着くにはどのような行動を取ればよいかを判断する。わかりやすく言えば作戦立案だな。失敗したときにどのようなリスクが存在するか、アドリブで動いていいのはどういう段階までかも示すべきだ。
戦術の授業ではウェイラーが、兵站学ではマルティニがピカイチだった。
意思決定はやるかやらんか、ただそれだけを決める工程だ。決心とも言うな。ここで決心が鈍いやつだと仕事が遅くなるのは、誰にでもわかるだろう? だからこの工程で鍵になるのは、暗黙的合意と了解だ。
ただ、決心は、特に戦争の場合は非常にストレスの掛かる工程だ。なんせ行動すれば、どんな規模だろうと誰かが死ぬ。分隊以下の規模ですらそうだ。そして責任は全て自分にかかってくる。部隊行動訓練でなんども分隊長や班長役をやらせてもらったが、本当にきつかった。
行動は行動だ。判断の段階で策定されたとおりに動き、どのようなものであろうと結果を出す。
そうして作られた新たな状況をまた観察し、判断し、意思決定のもと行動する。
これがOODAループだ。
兵隊は行動の部分だけを、命がけで担う。
彼らの命の危険を排除し、確実に目標を達成させるには、その前の観察、判断、意思決定こそが重要で、俺たちはそれを朝も昼も晩も叩き込まれた。
うだうだと述べたが、一言で言い換えることも出来るぜ。
つまり、頭の良さは要領の良さにつながるってことさ。
俺は二人を観察しながら、時に悪影響を受けつつ、要領の良さを磨いていった。もっとも、そのせいでしょっちゅう叱られる羽目にもなったんだけど。
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