おかしなふたり①

 そういやぁ以前、「衛生学校に行ってる間はいろいろ印象深い出来ことがあった」って言ったよな?

 そのうちの一つはもう話したが──おい、何笑ってる。アレほんとにきっついんだからな。畜生、犬のうんこ踏め、ベイビー!ハッハッハ!

 

 あー。あーおもしれ。くそみたいな話ですまんねホント。ぶはは。

 で、「いろいろ」っていうのはほとんどが、これから話す凸凹コンビにまつわることなんだ。

 そりゃほかにも細々としたことならいっぱいあるぜ?

 でも他人になんの問題もなく話せることといったら、これぐらいしかないんだよなぁ、これが。

 


 海兵隊の衛生兵は最低伍長、っていうのは前にも言ったよな?

 海兵隊は四年の任期を真面目に熱心に取り組んで、考課表って言う、そうだなあ、軍人としての成績表、これに傷さえつけなきゃ大抵は伍長、悪けりゃ上等兵にはなれる。なもんでほとんどのやつが上等兵か伍長で海兵隊を引退する。

 そこから任期延長するか、軍曹や少尉になって職業軍人ライファーになるかどうかは人それぞれだが、ともかく伍長じゃないといくら才能があっても責任をもたせられない役職っていうのはそれなりにあったように思う。

 衛生兵、管理栄養士、エンジン整備士、それに中隊付偵察分隊の狙撃手、ほかにもいろいろとなんやかんや。

 歩兵分隊長も伍長の役職だけど、こればっかりはきちんとした下積み期間、つまり兵隊として働く期間が必要ってことで、俺みたいに下士官学校で伍長の襟章もらっただけのやつは分隊長をやらせてもらえなかった。


 でも新兵の中にはいくらでも「これをやらせたらずいぶん具合がいいやつ」っていうのがいるからさ、そういう連中を上に引っ張り上げたり、逆にやる気があって軍曹以上になりたいやつを教育するための機関が下士官学校ってわけ。

 もともとは海兵隊に下士官学校なんてなかったんだよ。海兵隊は昇進試験自体も難しければ、平素の考課表の採点も総じて辛い。だけどヴェトナム戦争でまともに小隊や中隊の面倒を見れる下士官の不足が問題になって、それであわてて学校が作られたって話だ。

 海兵隊は二本足もぶよぬめもいるし、二本足の中だけでも種族はずいぶんいるし、彼らはそれぞれ宗教や生活習慣もちょっとずつ違う。下士官と士官はそこをわかった上で適切に部隊の面倒を見なきゃならんわけでさ、どうしたってそういう学校も必要になってくるよな。

 下士官学校には訓練教官学校も併設されてて、そちらに在籍されてる先輩方にはずいぶんと世話になったっけ。


 で、だな。

 その二人に出会ったのは下士官学校でだった。



 下士官学校に配属されて最初の日の昼休み。

 朝もはよから校長たる少佐と、教頭たる先任曹長からの訓示を賜り、宿舎に寝台を割り当てられ、今後の課業と生活についての諸注意を賜ってから食堂に行き、メスキットにメシを盛り付けてもらってたそのときだ。

 いきなり二人ばかりの下士官候補生がどやされてた。

 一人はいい具合に引き締まって、ちょっと着やせしたオーク。

 もう一人は筋肉と脂肪をいい具合に身にまとった、ドワーフと見間違えそうなゴブリンだった。

 二人を叱っているのはオークやミノタウロスよりおっそろしい顔つきをした黒人の曹長だった。


「貴様ら、何で叱られてるのかわかっとるのか?」と曹長。

「お前わかる?」とオーク。

「うーん、ああいや、たぶん」とゴブリン。

曹長「なんだその答えは! わかるのかわからんのか!」

オーク「わかるといえばわかります、サー」

ゴブリン「でもそれが誤答で、どやされるのがいやなんであります、サー」

曹長「あほたれ! 新兵も候補生もどやされるのが仕事だろうが!」

オーク「失礼ながら曹長、今は昼休みであります、サー」

ゴブリン「休み時間は仕事中ではないのでは? サー」


 そう返された曹長を見て、他の訓練教官も含めた一同はみんな顔を青ざめさせた。

 曹長のこめかみに浮き出た血管が今にもはちきれそうだったし、その曹長の胸には何個も略綬が付いている。要はヴェテランの、筋金入りの下士官殿さ。ママが曹長ならパパも曹長、爺ちゃん婆ちゃんは二人して海兵隊最先任下士官とか准士官で、ご先祖様に至ってはアレクサンドロス大王の先任下士官だったんじゃないかって言うぐらいの。

 手近な訓練教官──二等軍曹だった──をチラッと見たら「あのバカども止めろ!」って声に出さずに言われちゃって。いやぁこれがまた、目がクリッとしてかわいらしい女性の猫型獣人キャッツだったから俺もホイホイうなずいちゃってさ。バカだよねー。若いってのは馬鹿と同意だよねぇ。

 なんで訓練教官が行かなかったのかって、考えもしなかったんだもの。


 で、俺は意気揚々と歩み出て、三人のそばで立ち止まり、びしっと背筋を伸ばして言ったんだ。


「曹長殿! 自分はジョニー・ジャクスン下士官候補生であります! お時間を頂戴してもよろしくありますか!? そのものどもが何を行ったか、伺いたくあります、サー!!」


 したら件の曹長、真っ赤に充血した目のままこっちにゆーっくり振り向いて、俺の首根っこに噛み付いて食い殺しそうな圧力でこう来るんだ。


「うるさいぞ、ピンキー・ベイビー。俺様が忙しいのがわからんのか!!」


 その顔のまったく恐ろしいことと言ったら!

 体力強化小隊でついうっかりフィッシャー一等軍曹に反論してションベン漏らす羽目になったことがあるんだが、そのときとおんなじぐらい怖かった。

 それを受けてよせばいいのに、あのオークとゴブリンの凸凹コンビときたらこうだ。


「忙しいってさ」

「休み時間に働くのはサービス残業では?」

「エーイ、下士官はジャップかよ」

「緑の秋津島人なんていないのでは?」


 これにゃ俺も曹長殿もカチンと来ちまった。

 ここまで舐められちゃ曹長殿の立つ瀬がない。

 それに二人は明らかに俺と同期入学の連中だ。絶対にまずい。

 海兵隊の下士官学校と士官学校は、入学するたびにブートキャンプへタイムスリップさせてくれる素敵なアトラクションだ。この曹長がどのクラスを受け持ってるかは知らないが、俺たちが手荒くひどい目に会うのは確実だ。

 どんな手を使ってもあいつらを黙らせなきゃ!


 そこまでを瞬時に考え、まず着やせオークをぶん殴りかけた瞬間、俺は凸凹と団子になって吹っ飛ばされた。

 あとであの素敵な訓練教官のお姉さんに聞いたら、俺たち三人はまとめて蹴っ飛ばされてそのまましばらく気を失ってたんだと。

 どうやらあの曹長殿は足の早さじゃ海兵隊でもピカイチらしい。

 訓練指導じゃ手は出しちゃいけないから、ブートキャンプじゃずいぶんと蹴りを食らったもんだが、それにしたって俺らぶよぶよの気を失わせるような蹴りってどんなんだ?


 それよりなにより、だ。

 あの凸凹、なにが面白くて上官からかってたんだ。


 その日は目を覚ましたあとにあれこれガミガミ叱られるだけですんだが、この凸凹コンビにはこの後もずぅーっと振り回される羽目になるとは、まさか思ってもみなかった。

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