1-2.衛生学校、ほか

洗面器かびっくり袋のご用意を(クソほどクソな話)

 魔王の統治せる魔族連邦合衆国海兵隊は、独立軍種として扱われているものの、その予算は海軍予算の中の海兵隊枠として構成されている。

 そのせいかどうかは知らないが、海兵隊衛生兵は海兵隊員だが、軍医は海軍軍人で、海兵隊に衛生学校は存在せず、したがって、衛生学校に入学した俺は海軍軍人たちと肩を並べて勉強と実技に追われることになった。


 カリキュラムは野戦救急救命や野戦病院での外科手術などの外科実技はもちろん、公衆衛生学や栄養学、その他いろいろ、医科大学の一~二年で習うことを猛烈な勢いで叩き込まれた。

 もちろんその間に体力が落ちちゃかなわんから、朝晩のランニングとP.T.はしっかりやった。


 海兵隊衛生兵は小銃手ライフルマンでもあるからいっぱしの歩兵としても通用しなきゃならん。

 おまけに衛生兵は兵とは呼ばれども階級は伍長以上じゃなきゃならない。

 そんでもって衛生兵というのは軍医ではないので、合衆国の民法及び刑法ならびに一般軍法と海兵隊軍規に基づいて、やっていいこと悪いこと、やったら軍法会議にかけられること、なんかの法律の授業もかかわってくる。

 俺たち衛生兵は一般の病院だとER執刀医ぐらいは勤まるように仕込まれるんだが、実際に医師免許取る前にそれをやると手錠をかけられるっていうのも、まぁまぁ面白いことだよな。


 というわけで海兵衛生学生だったころの俺は、なんだかやたらと忙しかったことしか覚えていない。

 まず五週間は海兵歩兵戦闘学校に行って訓練だ。それから四週間ほど栄養学と緊急衛生を叩き込まれ、それが終わったら下士官学校へ、それが終わったら戦闘学校へ戻って外傷治療の実習インターン、そんでもって二週間法律の勉強をみっちりやって……ってな感じで、あっちこっちへ行ったりきたり。最後の四ヶ月はもう切って切って縫って縫っての大騒ぎ。最近だと外科医のインターンを六ヶ月やらされるっぽいけど、そっちのほうがいいんじゃないかな。知らんけど。

 そんなんだったから、印象に残ってる話っていうのはそう多くないし、話していいかどうかわかんない話のほうが多い。主に公衆衛生の点で。


 ただまぁそんなかでも二点ほど強烈な話があるから、それについて触れたい。

 そのうちひとつは結構クるから、洗面器かびっくり袋のご用意を。



 じゃあまずマジでキッツイほうの話から。

 本当にきついから、これ編集部でカットしてもいいよ。うん。大丈夫?

 本当に? レーティングかけたほうがよくない? いいの?

 いいのかなぁ。


 ええと。

 できるだけぼかして表現したいから、そのための前提知識の共有を計りたい。

 つまり戦場で受ける外傷、戦闘外傷についてだ。


 みんなは戦闘外傷と聞いてどんなものを想像するだろうか?

 貫通銃創? イエス。

 ナイフの切り傷や刺し傷? イエス。

 やけどに擦り傷、骨折? イエス。

 それだけ? 本当にそれだけか?

 もちろんそんなわけはない。


 砲撃でささくれた木の幹の破片が尻に刺さったり、流れ弾でアキレス腱を切ったりなんてのはまだ綺麗なほうかもしれない。

 傷口には普通、泥だの砂だのあやしげな虫だのが入り込んでくるからな。

 銃弾は肉体にめり込んだらばらばらの破片になるように作られているし、破片手榴弾には細かなベアリングが仕込まれている。当たった部位はぐっちゃぐちゃだ。

 砲弾や仕掛け爆弾の爆発で吹き飛ばされると手足は引きちぎられるし、爆圧で内臓が、あー、びっくり袋案件だからここはカット。

 .五〇口径弾やそれより大きな銃砲弾が当たると衝撃波が全身を駆け巡り、腐ってもないのに全身が膨れ上が、あー、ここもカット。

 魔法外傷もえぐい。やけどや裂傷ならいいほうで、体組織表面を別次元の肉食生物に、ってここもカットだな。

 破傷風も怖いし寄生虫もいるし、ブービートラップはエグい傷しか作らない。


 で、軍医と衛生兵は野戦病院での外傷治療において、こういうのの処置をしなけりゃいけない。

 手足ならぶった切って綺麗に縫ってそれで終わり。もしその場に魔法軍医がいるならめっけもの、手足を切断せずにすむかもしれないが──高度医療魔法が使える軍医はやたらと少ない。

 ブーツやボディーアーマーの性能が上がったおかげで、ヴェトナムの頃に比べると怪我の具合もずいぶんマシだって聞くけど、本当かね?


 難しいのは腹部の銃創だ。

 合衆国軍はかなり優秀なボディーアーマーを配備しているが、それでも横腹や腰より下の非装甲部位に銃弾を受けることはかなりある。

 さて、俺はさっきなんて言った?


 そう、「弾は当たったらばらばらになる」、だ。

 銃弾の大きな破片が肝臓や腎臓、まかり間違って心臓に当たったりすれば、まず助からん。俺たちにできるのは麻酔をやって、止血しながら、そいつの手を握って最後の言葉を聴いてやることだけだ。


 問題は消化器に当たったときだ。

 仮に、あんたが海兵や陸軍歩兵だったとして、朝からパトロールに出たとする。朝飯はたっぷりしっかり食って、腹の後半部分も空にしてキャンプを出た。五時間後あんたはゲリラの強襲を受け孤立する。そのとき大変なことに気づくはずだ。

 なんてこった、俺は朝飯をあんなに食べちまった、いまごろ尻の直前は大渋滞だぞ、ってな。

 そのとき同時に、敵スナイパーが放った銃弾があんたに迫っている。着弾地点はあんたの左下腹部だ。


 で、衛生学校の救急医療の実習では、おっそろしく精巧に作られた人形を使って、そういうひどい状況に対処する方法を教えてくれた。

 こういうシーンじゃ俺たちぶよぶよやぬめぬめは、他の誰より役に立つ。俺らより役に立つのは、経験を重ねたゴブリンの外科医か、治癒・麻痺系が使える魔法使いぐらいだ。

 ぶよぶよ野郎スライムは自分の体組織をいくらでも好きなように変えられるし、ちょっと訓練すればファイバースコープみたいなこともできる。ぬめぬめ野郎テンタクルズも似たようなもんで、細かいところに細い触腕突っ込んで、あれこれやれる。俺たちは二本足みたいに強靭な皮膚を持たない。そのかわりに常に殺菌作用のある粘膜やなんかで体表を包んでいるからうってつけだ。

 腹水や開放気胸になったときの胸腔出血をドレナージすることもできるし、体内出血の止血も、開放部から進入して特性の治癒パッチ──栄養に抗生物質や消毒成分、止血成分に麻酔成分を含んだ、俺たちのご先祖がエルフや女騎士と、え? あ。カット。アッハイ。

 ともかく俺たちぶよぶよやぬめぬめは二本足どもの体内奥深くに、そういうのを仕込んでやれるわけだが、ここで問題。


 さっき言ったクソファックな上にもクソシットな状況のとき、クソシャイセなことになったあんたの腹の中は文字通りクソメルデまみれで、そのクソジリモーをどうにかしなきゃあんたはクソ惨めアスサッカーな死に方をするってことで、俺たち衛生兵はクソメルダをどうにかしなきゃならんし、その練習をクソほどメニーメニーファッキンシットさせられる。

 さて、例のクソ高性能ブルシットクソったれアスホールマネキン君の罰当たりなクソマザファキンシットは、いったい誰のクソラァシィで、そのクソブラディシットはどうやって排除するんでしょうか、ってこと。


 正解は、誰のクソでもないけれど、限りなくそれに近づけたえぐいペーストでしたー。まさか本物なんて使うわけないだろ?

 一応無害だって言うけど、酷い臭いしてる時点で無害なわけねーだろ!

 責任者出てこい!

 ってまぁ、あの、責任者はあのほれ、こないだ退役なさった海軍少将のあの人だけどさ。


 でも今思い出しても、二本足どもはいいよなって思うよ。

 だってあいつら、自分の体使ってドレナージなんてできねーじゃん!

 案の定、その講習があった日の晩は、ぶよぶよとぬめぬめどもは夕食を食べる事なんてできやしなかった。


 そんなキッツイ体験だったけど、役立てずにすむならそれでいいと思ってた。

 現実はそんな期待を裏切るわけだが、その話はまたあとのためにとっとこう。

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