あの日①
一回目の中隊査閲。
俺たちは小隊ごとに整列し、訓練中隊長たるベックウィズ大尉の閲兵を受けた。俺たちは普段中隊長の姿を見ることはない。中隊長殿はあまりに忙しすぎて、訓練兵どもには観測できないんだ。
初めて見た中隊長殿は白いウサギ頭の
いささかリベラルすぎる指導方針のブリッキンリッジ二等軍曹の指揮で教練を受けている俺たち四〇八四小隊だったが、だからって取り立てて問題を指摘されることはなかった。
訓練教官たちは互いに補助しあって俺たちクソザコナメクジから「クソザコ」の接頭辞を省こうと努力してくださっているのだが、それはマインドファックも伴っている。
考えてもみろ。俺たち海兵隊は海外で問題があったら、いの一番に投入されるんだ。投入される状況は常にタフだ。
「プライベート・ライアン」は観たか?
「父親たちの星条旗」や「硫黄島からの手紙」、「パシフィック」は?
俺たちが投入される状況は、ああなる可能性が常にある。
そんなときに種族差別だのなんだの言ってられない。
そこで普通は種族差別の兆候が現れたら即座に小隊全員でP.T.つまりおなじみの懲罰的筋トレ、すなわち罰直になるわけだが、ブリッキンリッジ二等軍曹は俺たち自身で解決するように誘導された。
いいことかどうか。
少なくとも、俺とヴァニラ・アイスにはずっとあとでいい影響はあった。
キャンプの営庭にビシッと整列し、かっこよくキメた中隊査閲だったが、その終わり際にそれは起こった。
訓練大隊本営のジープがいい勢いでやってきて、それから飛び降りた訓練大隊付中尉がうちの中隊長どのに向かって全速力で駆けて来た。敬礼を交わし、なにか小声でやり取りする。中隊長殿は動揺しなかったし、訓練教官たちもそれは一緒、俺たちクソザコナメクジ訓練兵どもはちょっとびくっとした。
「気をつけ! 中隊長殿に傾注!」
いくらかのやり取りのあと、中隊長にくっついていた中隊最先任訓練教官──フィッシャー一等軍曹が大音声を張り上げた。
反射的にそれに従う俺たち。
中隊長殿は落ち着いた張りのある声でこうおっしゃった。
「諸君。今日の訓練はすべて中止。宿舎に戻り、規律を保って過ごすように。以上だ」
「
そうして俺たちは小隊ごとに別れて解散し、自分たちの宿舎に戻った。
完全休業の日なんて俺たちは知らないから、どうしていいかよくわからなかった。
ブリッキンリッジ二等軍曹に尋ねると、「喧嘩さえしなけりゃ、多少だらしなくても構わん。基礎動作練習とP.T.は自由にやれ」とのこと。
そんなばかな。
訓練教官が俺たちに自由を与えるだなんてありえない。
猛烈に嫌な予感がし始めた俺は、寝台を使って懸垂をはじめたヴァニラ・アイスを呼び止めた。
「邪魔するな、ぶよぶよ。俺たちはそういう取り決めのはずだ」
「わかってる。時間は取らない。だが大事なことだ。頼む、トッド」
苦虫を噛み潰したヴァニラ・アイスは寝台から降り立つと俺を見下ろした。
一応話を聞く気持ちはあるようだ。
「すまん。礼を言う」
「んなこたどうでもいい。要件は」
「……なんかすごく嫌な予感がする。俺たちや、小隊にってんじゃなくて、もっととてつもない何かが起きてる気がする」
「ああ。それで?」
「どんな事が起こってるかはわからんけど、内容によっちゃいままで思ってもみなかったやつがとんでもない無茶をやらかしかねない。それは絶対に小隊にとって良くない」
「そうだな」
「だから、お前にも小隊の面倒を見てほしい。ポークチョップ上がりやぶよぬめは俺が抑える。お前は耳長やクソマッチョを抑えてくれ。頼む」
そこまで小声で伝えると、やつは顎を撫でさすりながら考え込んだ。
しばらくそうしてからまた口を開く。
「あのな、そもそも小隊伍長はこの俺様だ。それに、俺たちが抑えんでも、訓練教官たちが抑えにかかってくるんじゃないのか?」
「そうあってほしい。だからこれは無用な用心かもしれない」
「そんなのは信じないって目をしてるな……いいぜ、一つ貸しだ」
「すまない。どうやって返そうか?」
「楽しみにとっとけ」
やつがそう答えると取り巻きたちがへっへとゲスな笑いを浮かべたが、ヴァニラ・アイスは舌打ち一つでそれを止めさせた。
「……いいか。俺はまともな海兵になる。だから手伝ってやる。それだけだ」
俺を見つめるやつの目は真剣そのもの。気に入った。
「オーライ、兄弟。次に小隊ごとで呼ばれることがあったら、中隊で一番かっこいいのは俺たちだってとこを見せようぜ」
「馴れ合うなよ。だが、中隊で一番格好いいのは俺たちだってのは同意見だ」
そうはならなかった。
その日の夕方、真実を知らされた俺たちはみっともなく腰を抜かしてへたりこんじまったんだ。
俺たちが中隊査閲を受けているその間、テロリストにハイジャックされた飛行機がニューヨークに突っ込んだ。
ツインタワービルに突っ込んだ飛行機は二機。二機目はご丁寧にも、突入の瞬間に神代兵装を励起させ、そのあたりに馬鹿でっかいクレーターを作りやがった。
他にも、ペンタゴンやノーフォークが同じような手段で狙われた。
犠牲者二万四千五四名。
言葉もない。
姿勢を乱した小隊の中で、一番最初に姿勢を戻したのはマークワン、それにヴァニラ・アイスだった。
奴らの目は怒りと悲しみに燃えていた。
このときから合衆国はテロとの戦いに狂奔することになる。
それは俺の人生に大きな大きな影響を与えると同時に、戦争の世紀の幕開けとなった。
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