ポークチョップたち①
一分一秒でも早くこの小隊を卒業して、もとの小隊に復帰することだ。
そのために訓練中隊でも最高の上に最高の訓練下士官がつけられている。
つまり俺たち
しかして肉をうまく焼くにはそれなりの手順というものがあり、部位によってそれは様々だ。
であるから俺たち十六名はそれぞれ別々のカリキュラムが与えられ、それをこなすことで前述の使命を果さんと努力することになる。
体重が重くてマラソンの記録が伸びないやつは、まず体重を落とす。
筋力が足りなくて懸垂が出来ないやつは、どう筋力が足りないか分析してから休み休みの筋トレと食事療法。
一分一秒でも早くもとの小隊に戻ることを求められていたが、実際はその後のことも見据えてのカリキュラムが与えられていた。
だから体力強化小隊上がりの海兵は、中途退役をまずしない。
正しいやり方をじっくり丁寧に教えてもらって、その成功体験を自分でトレースするようになるからだ。
◆
「ゴッドスピード
「イエッサー! スズキ二等軍曹殿、ゴッドスピード訓練兵、只今御前に! サー!」
一方で俺たちぶよぬめ兄弟たちは「二本足ではないから」という理由で体力強化小隊に無理やり押し込められ、ブーツの先からアホ毛の先までヒトそっくりに振る舞うように求められた。
ヘイ、ヘイ、ヘイ。落ち着け兄弟。
種族差別がどうたら言うんじゃない。これはそういう話じゃないんだ。
「ゴッドスピード、貴様、小隊伍長だったな?」
「イエッサー! 自分とホクサイ二等兵は一等軍曹殿より、小隊伍長の任を拝命しております! サー!」
「ポッター訓練兵の十五キロ走のタイムが縮まらん。手伝え」
「アイアイ、サー!」
「貴様の
「イエッサー! 失礼して意見を述べさせていただきます! サー! ポッター訓練兵は肩と腰の回転に工夫が足りんと思います!」
「続けろ」
「イエッサー! ありがとうございます、二等軍曹殿! ポッター訓練兵は力み過ぎであります……その、はじめから全力で走るので、中盤以降ペースが落ち、その時とき肩と腰の回転というか振り幅が少なくなり、歩幅も縮まります。ですから、はじめは抑えて、ペースが落ち始めたら肩と腰を多くひねるように意識すれば、全体のペースは保てるのではないでしょうか?」
「フムン。長ったらしく、おどおどしているが、内容は及第点だ。ポッター! 今の話はわかったな? まず今の記録の十九分二十四秒を、一秒でいい、下回れ! 行け! ……ゴッドスピード!」
「イエッサー!」
「意見は良かったが態度が悪い。もっと堂々としろ。それとさっき右手の造形が曖昧だった。ジャンピンジャック二〇回! 細胞は流動させるな! もっとしっかり二本足を演じろ!」
「イエッサー! アイアイ、サー!」
「
ポッターは例のちっちゃなヒトの子だ。魔法使いの家系で彼自身も
バッファーは自分に加護魔法をかけられないし、魔法使いは俺たち脳筋より体力的に劣りやすい。だから体力検定に落ちやすい。
それはともかく例のズルの一件後、教官連中に妙に気に入られた俺とホクサイは小隊伍長に任じられ、教官殿の手伝いをさせられていた。
訓練中は教官殿に混じってちょっといい顔ができるが、何かにつけて課題を与えられる。
二本足の姿勢をとったまま、
本当にきついもんだから、みんなには嘲り半分、同情半分の複雑な視線で見られていた。
ところがこれが俺たちぶよぬめにはマジでありがたい課題で、なんでかっていうと、そうすることで二本足の兄弟たちの動きがよく分かるようになるからだ。
考えてもみてほしい。
アンタが分間一二〇ワード打ち込める、まぁまぁ以上のタイピストだとする。別にプログラマーでも、旋盤工でもいいんだけどさ。
で、同じ年、同じ種族のくせして分間五ワードも打ち込めないやつが居る。
たぶん大抵の連中はこう言うだろう。「とんだのろま野郎だ」ってね。相手がそれまでキーボードなんて見たこともない連中かも、だなんて思わない。
自分にできることが出来ないやつは、どんなやつでもゴミ・クズ・カス。
つまりはそういうこと。
人間、種族によらず相手を見下したがるもんだ。
相手の事情なんか知るもんか。
ゴミクズカスはゴミ箱へ?
そりゃまあごもっともだが、軍隊みたいな能力主義かつ人種のるつぼで、そんな事を許したらどうなる? 大魔王様ですらバチカンに泣きついて、ミカエルの姉御に焼き払ってもらうような地獄になっちまう(関係ないけどミカエル姉御の今年のカレンダーまじやべぇよな。マジやべぇ。悪魔の親分連中が宗旨変えするのも納得、あ、これってセクハラ? じゃあカットしてくれ。すまんね)。
わかるか? 世の中の仕組みのほとんどは二本足向けに作られてる。俺たちぶよぬめはそれにもっともっと慣れなきゃならんって言うことだ。
俺たち向きのパレードドレスなんか見たことあるか?
少なくとも俺はない。
ところで二本足たちに、俺たちぶよぶよ野郎と全く同じことができるかい?
無理だって。無理ムリ。
出来ないことは出来ないのだから、出来ることでお互い助け合う。
それでいいし、世の中そうなってる。
特に海兵隊はそういうところだ。
でもそれってあんなにキツイ環境だとすぐ忘れっちまうから、それを骨、じゃないな、DNAの隅の隅にまで刷り込まなきゃだめなんだ。
そうじゃなきゃ実戦に放り込まれたときに、みんなお陀仏しちまうんだ。
◆
そんな次第で俺たちポークチョップはニューヨーク・ブルックリンの老舗ステーキ店でサーブされる肉よりも懇切丁寧に調理され、続々と体力強化小隊を卒業していった。
もちろん卒業できずにやめていったやつも居る。
そのうちのいくらかは三ヶ月後とか、一年後とかに再志願したり、陸軍や海軍に志願したやつもいる。
やめたからって俺は軽蔑したりしないよ。
出来ることで助け合えばいいんだ。
俺は海兵稼業に適正があっただけ。
ほんの三週間で体力強化小隊に残っているのは、俺、ホクサイ、ポッターと、あと三名だけになった。
ナヨナヨヴァンパイアことヘルシング、ひょろひょろワーウルフことロボ、すっかり痩せたのにマラソンのスピードが上がらないオークのマークワン。
皮肉と言うにはキツすぎる。
本物の「ヘルシング」は超有名ヴァンパイア・ハンターだし(ひ孫はiMSTAっていう写真SNSでアホやってこないだ捕まってたが)、本物の「ロボ」は西海岸を牛耳っていた魔狼でシカゴ・ワーウルフ・ギャングでさえ頭が上がらなかったという大英雄だ。
実際ヘルシングとロボは、就寝前の自由時間は実名で呼ばれたがっていた。
小隊伍長たる俺とホクサイにその自由はなかったけれど。
しかしマークワンだけは自分のあだ名をたいそう気に入っていた。
マークワン、すなわち戦車Mk.1は第一次大戦中に大ブリテン諸王連合が開発した塹壕突破機材にして俺たちクソ歩兵の守護天使だ。あの発明がなかったらあの戦争はもっともっと長引いたに違いない。
実際のMk.1戦車は今どきの第三世代以降の戦車と比べると、そうだな、ツインターボ・ディーゼル・一六リッターエンジンの一二トン牽引トレーラーと爺さんの電動車椅子ぐらいの違いがあるんだが、それでも歩兵にとってはミカエルの姉御やアシュタロスさまみたいな存在だった。いやまぁ、あの方々に例えるには、ずいぶん不格好でごつすぎたけど。
で、俺たちの兄弟のほうのマークワンも、十五キロ走こそ僅かに遅かったが、他の誰よりも多くの機材やぶっ倒れた二等兵を担ぐ事ができた。もっと長距離の持久走もラクラクとこなしていたし、腕立てや懸垂、スクワットは誰よりもたくさんできた。
それはあのフィッシャー一等軍曹ですら認めて、褒めてさえいたことだった。
やつを褒めるとき、一等兵曹は自慢の息子を見るような目つきをほんの一瞬だが、毎回見せたものだ。
わかるか?
俺たち二等兵に付けられるあだ名はただの皮肉じゃない。
期待も込めて付けられた、ありがたい洗礼名なのさ。
俺たちポークチョップの中でそれを理解していたのは、マークワンだけだった。
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