1-1.ブートキャンプにて

ブートキャンプ①

 話の続きはないのかって?

 そんなポンポン出てくるもんじゃないんだが、まぁいいや。

 一つお決まり通りに、ガキの時分から順を追って話してやるか。



 俺が海兵隊を目指したのは、前にもちょっと話したが、田舎特有のカビ臭い因習と、陰鬱な空から逃げ出したかったからだ。


 マディソン郡。

 俺の生まれた田舎。

 ジョン・ウェインの立像と屋根付き橋と、延々と連なる耕地に所々の湿地と川。

 そこにあるのはそれだけだ。


 俺の実家は郡役場のあるウィンターセットから、一マイル半ほども歩いたところの農場だ。

 牛と豚と鶏と、トウモロコシに囲まれた我が家。

 家族は八人、兄弟は四人。家の中はいつも牛糞の匂いがしていて、俺のブヨブヨした体にはその匂いがベッタリと染み込んでいた。

 俺は四人兄弟の末っ子で、身体が水色の頃はとりわけチビだった。

 農場の経営は思わしくなくて、オヤジたちはいつもピリピリしていた。そのせいか、ガキの頃は家の中に喧嘩が絶えなかった。

 ウィンターセット周辺にはスライムは四家族しかいなくて、農業をやっているのは俺の家だけ。

 トッドの家は薬剤師、シェリーの家は内科医、ブラウニコスキー家はスライムにゃ珍しい魔法使いの一族だった。彼らはそれなりに儲かってはいたが、俺んちは貧乏だった。つまり住んでる世界が違ったのさ。そのせいだろうか、エレメンタリー・スクールで俺ばかりしょっちゅういじめられてた。


 家の近所には海兵の始めた自動車カスタム店があって、俺は兄貴や学校の連中にいじめられるといつもそこに逃げ込んでいた。

 店主のサムは金髪でちょっと軽薄そうな白人のあんちゃんだったが、スライムの俺でも快く迎え入れてくれて、仕事がなくて暇な時は遊び相手にすらなってくれた。そうでないときは、俺はサムの仕事を工場の隅から黙って眺めていたが、邪険にされることは一度だってなかった。

 店の客の中には俺がいるとあからさまに嫌な顔をする奴もいたが、サムは「白人だの黒人だのスライムだのエルフだの天使だの悪魔だの、そんなもんは平等に価値がねぇよ」と笑って取り合わなかった。

 それは誰に聞いたお話なの? と聞くと、サムは「海兵に入ったら一番最初に訓練軍曹からみんな教わることさ。世界で一等マシな原理原則だ」って教えてくれた。

 サムは深酔いするとひどく落ち込む癖があったけれど、メカニックの腕も人の良さも天下一品の、気持ちのいい男だった。

 俺も海兵に入れば、サムのような気持ちのいい男になれるんだろうか。

 そう思ったのを今でも覚えている。


 ミドルスクールに上がって第二次性徴を迎えると、途端に俺の体はむくむくと大きくなり始めた。色も水色から男らしいピンクになり始めた。

 それと同時に二本足の形態模写ができるようになった。色や声音を変えられるようになるのはもうちょっとしてハイスクールに上がってからだったな。

 ようやく兄貴たちからいじめられなくなった俺は家の手伝いの傍ら、サムの店で整備や塗装も少しずつ手伝い始めたが、学校では相変わらずいじめの対象だった。エレメンタリー・スクールですっかりビビりぐせがついちまってたんだ。

 そんなある良く晴れた日、サムの店で六九年式フォードF250のツインターボ・フルタイム4WDカスタム、そのリアアクスルのボルトを締結しているとき、俺はぽつりと「遠くへ行きたい」と言った。

 なんとなくのことだ。

 たぶん意味なんてなかった。

 それが叶うなんて思ってなかった。

 向かい側で同じ作業をしていたサムは俺をちらりと見ると、静かに「なら海兵に入れ」とだけ言った。

 次の週からサムの海兵同期が遊びに来るようになってきて、俺はサムの店でのアルバイトの傍ら、体力トレーニングをしたり、マーシャルアーツを教わるようになった。

 

 ハイスクールに上がってようやく俺をいじめるやつは少なくなった。

 二本足の形態模写がうまくなったのと、喧嘩にめっぽう強くなったからだ。

 それと車にはねられた野良猫を治療してやったのが効いたのかもしれない。

 それでも俺に突っかかってくるやつはいた。

 一七歳のある日、そいつと喧嘩になってこてんぱんにぶちのめしてやった。

 相手はいかついミノタウルス。

 どうして俺を目の敵にするんだと聞くと、スライムのくせに生意気だと抜かしやがる。

 そうしているうちに周りに人垣ができていた。

 そいつらを見回すと、俺に怒りの視線を向けるものが二割、不気味なものを見る視線が六割。

 次の日から俺に口を聞くものは、家族とサムと海兵のおっちゃんたちしかいなくなった。


 全てに付き合いきれなくなった俺は、卒業式の終わったその日、その足で、デモインの募兵事務所に出向いて俺を海兵にしてくれと言った。

 次の週に望みは叶い、俺はバスに揺られてパリス・アイランドに到着した。



 海兵隊の入隊の儀式は皆知ってるよな?

 一昔前の映画、あれそのまんまだと思えばいい。

 丸刈りにされ制服などを支給された新兵どもが小隊ごとに小さな体育館みたいな部屋に通され、そこに並んだベッドの前で整列し、訓練教官から洗礼を浴びるってやつ。


「おはよう諸君!」

「おはようございます」

「声が小さい!聞こえんぞウジ虫ども!」

「おはようございます!」

「俺はブリッキンリッジ二等軍曹スタッフサージャント!この四〇八四訓練小隊の主任訓練教官シニアドリルインストラクターだ。今日から貴様らウジ虫どもをいっぱしの海兵の爪の垢ぐらいには仕立て上げるのが俺の任務だ。ここでは俺が神だ。俺の邪魔をすることは許さん。貴様らが発していい言葉はイエスとノーとアイアイ了解だけだ。返事をするとき、質問があるときなど口で糞を垂れるときは、その後にサーとつけろ。隣の中隊は女性訓練中隊だ。訓練教官も女性だから、彼女たちはマァムと呼べ。わかったかスキン頭スカムバッグ!」

「イエッサー」

「声が小さいと言った!!」

「イエッサー!!」


 てなもんだ。

 で、すぐにあだ名を付けられて訓練教官に目をつけられた意識高い系がぶん殴られて──とはならなかった。

 実際はこの後に運動着に着替えて体力検定、そこで基準に達しなかったやつは体力強化小隊フィジカルコンディショナルプラトゥーン送りとなる。

 体力検定の中身は腹筋やら懸垂やら一五km走やら。

 ちなみに俺たちぶよぶよ野郎スライムどもは体力検定に落ちるやつはまぁめったに居ない。世間の思い込みとは裏腹にね。だがその結果がどうであれ、一度は強制的に体力強化小隊P.C.P.送りとなる。

 なんでかって、そりゃお前、俺たちは二本足じゃないからさ。

 いやぁ、映画みたいにゃ話は進まないもんなんだな。



 体力強化小隊ポークチョッププラトゥーンには俺たちぶよぶよ野郎スライムぬめぬめ触手野郎テンタクルズみたいに骨が物理的に無い連中のほか、マジで体力の無い連中が集められていた。

 別に種族差別がどうたらいう、くだらん理由じゃない。そういう内容で騒ぎたいなら他所へ行ってくれ。

 

 さて、体力強化小隊に集められた連中についてだ。

 ヒトやダークエルフやゴブリンや、うっかり太りがちなオークなんかはわかるぜ。このあたりは獣人ライカンや純血悪魔種どもに比べれば、入営初期の体力は大幅に劣っていて当たり前だからだ。

 問題はその獣人ライカンや純血悪魔種からもポークチョップが出るってことで、俺は大層驚いたね。


 体力強化小隊の宿舎も他と大して変わりゃしない。

 違うところがあるとすりゃ、それは集められた連中の士気の低さだろう。

 もっと言うなら俺たちぶよぶよ&ぬめぬめ兄弟達と、純粋に体力の低さ故に集められた連中の意識の違いだ。

 俺たちぶよぬめ兄弟や、まだやる気を失ってない連中はとっくの昔に荷物を片付け背筋をビシッと伸ばして寝台ラックの前で整列していたが、やる気をくじかれた連中はなんだかのろのろ動いてた。

 最初はこれぐらいで凹んでんじゃねーよカス、って思ってたが、奴らの辛そうな顔を見てるうちになんだか気の毒になってきた。

 ちょうど隣の四人班がそんな感じの連中だった。海兵隊を志願する前に体重を絞りきれなかったオーク、ナヨナヨした感じのヴァンパイア、ヒョロヒョロしたワーウルフ、そいつらを急かしているチビのヒト。

 俺は隣に立ってたテンタクルズ──肌が磯紫だったからキューバあたりの出じゃないかと思った──に声をかけ、そいつらを手伝おうとした。

 その時、宿舎の出入り口が勢いよく開いて、いかつい訓練教官達ドリルインストラクターが姿を表した。


気をつけィ!アテーンション!


 

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