不思議の国の海兵隊 ~衛生兵と書いてスライムと読むことの何が悪いってんだ?
高城 拓
0.プロローグ
第9特設救難小隊
『降下ポイント到達、降ろし方はじめ!』
「降下! 降下! 降下!」
騎手の声がとっくの昔に降下扉が開いていた荷室に響き渡り、俺達6人は
俺達は
俺達の主任務は敵地の奥深くに入りこんだ友軍特殊部隊やら、敵に囲まれた非戦闘員を救難すること。つまるところ敵弾飛び交う中にわざわざ突っ込んでって、御味方背負って逃げ帰り、さもなきゃ肉の防弾チョッキになるってことだ。
馬鹿じゃないかって?
ああ、俺もそう思う。
俺はジョニー・ジャクスン海兵隊二等軍曹。衛生特技兵。
見ての通りの
仲間からはゴッドスピードとかゴッディと呼ばれている。
なんでこんな仕事してるのかって?
実家のあるマディソン郡には仕事がなかった。
田舎特有の因習が嫌だった。
学生時代の意識をもろに引きずったバカどもにコケにされ続けるのも嫌だった。
だから海兵隊に入った。
それだけだ。
文句あるか?
俺のあだ名は、ご存知海兵隊ブートキャンプで愛しの
「おい! 貴様はのろのろぶよぶよ動くのか!」
「はい一等軍曹殿! そうではありません!」
「どんなもんだか。まあいい。お前はこれからゴッドスピードだ。文句あるか?」
てなもんだ。
筋肉ダルマのミノタウロスで悪魔より怖い顔つきの一等軍曹に睨み付けられて、イエッサーマザファカと答える新兵がいるかってんだ。
全く有難い話さ。
で、俺は初期教育が終わったら即座に衛生科教育過程にぶち込まれ、いろんな最悪の状況下でのいろんな種族の治し方を突貫かつ丁寧に叩き込まれた。随分印象深いことも多くあった。あまり思い出したくはないが、その御蔭で救えた命もあるから、まぁ良しとしよう。
で、八ヶ月の教育期間が終わったら即席の衛生伍長さんの出来上がりだ。
ちなみに、海兵隊の衛生兵はもともと海軍から派遣されてたんだが、一八九八年の対ヒスパニア戦争、続く対フィリピン戦争からルールが変わった。
キューバやフィリピンでの着上陸戦闘に駆り出された
のちに第二六代大魔王となったセオドア・リューシフェールトが対ヒスパニア戦争の回顧録でそう述べており、また一九〇〇年に大魔王令で衛生兵を海兵隊予算で賄う旨を発布してもいるから、間違いのないところだ。
俺の最初の実戦は入営して二年が過ぎたころ、兵隊としちゃまだおむつも取れてない時期だ。海兵第三遠征群第三海兵連隊第三大隊J中隊第三小隊。アフガニスタンのカンダハル。俺はそこで初めて兵隊稼業のなんたるかと、海兵隊魂ってのを知った。
半年間のアフガニスタン派遣で、俺の小隊は海兵隊
アフガニスタンは無医村がとにかく多くて、パトロール先では医療業務は随分手広くやったもんだ。内科に外科に目医者に歯医者。
後で知り合ったグリンベレー勤めの長い曹長に聞いたら、グリンベレーじゃ医療支援は日常茶飯事なんだとか。
それはともかく、三三人の海兵を助けた軍功で俺はいくつも勲章をもらって、ついでに海兵隊
何か月かの訓練と実戦を繰り返し、気がついたらフォース・リーコンをすっ飛ばして
衛生大隊というだけあって構成人員は治癒能力に秀でているスライム系が多いが、海兵隊そのものと同じく人種のるつぼだ。
筋肉達磨のミノタウロスやオーガー、俊敏でパワフルなワーウルフ、とにかく器用なゴブリン。痴漢が触ったときにはそいつの手首をぶった切ってそうなダークエルフ。どいつもこいつも一癖ふた癖ありやがる、救難任務のためなら腕の一本や二本は簡単に捨てちまう、マジで信頼できる仲間たち。
気取り屋のデルタも、クソマッチョ頭のシールズも、俺達がいなけりゃすぐさま昇天コマンドだ。
俺達は世界のどこへだって行く。
行ってヤバいところに鼻づら突っ込んで、魔王軍や同盟国軍の兵隊や非戦闘員を助けるんだ。
それが俺達シャイ・ビーだ。
今回の任務はCIA、それに東方教会内務省からのお声掛かりだった。
目的は秋津洲から脱出した難民の救援、場所は黒竜江省南端付近。
キョウトからマイヅル橋頭堡を経て秋津洲本島を脱出し、ウラジオストクに到着する予定だった難民たちは何らかのトラブルで沿海州南端に漂着した。そこから正体不明の武装勢力──おそらく大日本帝国株式会社の”人材獲得コマンド”、いわゆる奴隷狩り部隊に追い立てられ北上してしまったらしい。
そのあたりは清龍民国と大朝鮮王国と東方教会の三つ巴のにらみ合いの土地だ。樺太とハバロフスク地方に脱出した秋津洲皇国が租借している土地からは遠すぎる。しかしここで東方教会が動くと清龍民国と大朝鮮王国を刺激してしまう。かといって自分たちの土地の中を、よその連中が大手を振って歩いているのを許す訳にはいかない。
そこで我らが魔王の統治せる魔族連邦合衆国、ユナイテッド・ステイツ・オブ・デモンズの出番ってわけだ。
合衆国はその地域に利害がほぼない。ちょっとブーツで地面を荒らすぐらいなら、清龍民国と大朝鮮王国と東方教会はいずれも見て見ぬふりしてくれるということだった。
だいたい合衆国は魔物や難民や少数民族が旧大陸から逃れてきてできた国だ、人狩り部隊を黙って見過ごすなんてそもそもできることじゃない。おまけに秋津洲と我が国の軍事同盟はいまだに有効と来ている。彼らの内戦に介入できないまま本土失陥を許した罪滅ぼしをしなくてはならない。
かくして人材獲得コマンドに追い立てられている難民を保護し、秋津洲亡命政権へ引き渡すという困難な役目が魔王軍特殊作戦軍に割り振られ、その後詰めとして俺達が出動させられた。
寒いのは苦手なんだが、文句を言える立場じゃない。
秋津洲皇国は現存する最古の王朝だ。二七〇〇年前から延々と存続している。
種族は珍しいことに、ほぼヒトのみで構成されている。普段は温厚、というより従順だが、いったんキレるとどうにも手のつけようがない。大ウルスの蒼き狼たちたちですらあの島に住む民族を平らげることはできなかった。むしろ逆にコテンパンに叩きのめされたのだ。
その彼らと我が魔王の統治せる連邦合衆国があの太平洋戦争を手打ちで終わらせ、同盟を締結したのが七〇年前。
それから五〇年ほど経って、彼らの行政府は経済政策で下手を打った。
その後の二〇年間の平均自殺者数は年間四万人。少子高齢化も進行して経済は火の車となった。
その二〇年以上の長きにわたって沈降した彼らの経済を救うべく立ち上がったのが、大日本株式会社だった。彼らはありとあらゆる産業分野で活躍し、利益を上げ、雇用を促進し、巨大コングロマリットとなった。
みんな最初はそりゃ喜んださ。秋津洲の投資先がどんどん息を吹き返していくんだ、世界経済も順調に上向いた。秋津島の労働者たちの労働環境がどんどん悪化していこうが知ったこっちゃなかった。技能研修生と銘打った奴隷労働者を集めていても、外交上大きな問題になることもなかった。
気がついたら秋津洲に大日本株式会社の息がかかっていない企業と政治家、法曹関係は一人もいなくなっていた。大日本株式会社に帝国のつづりが入り、秋津洲政権が転覆させられたのが七年前。
軍と皇室、大日本帝国株式会社の奴隷労働に抵抗する市民が武装蜂起し、国外に脱出し始めたのが五年前。その頃から大日本帝国株式会社は”人材獲得”との名目で国外で積極的に奴隷を駆り集め始めた。
そして今回、キョウトを死守していた一隊がようやく脱出してきたというわけだ。
数は現在およそ五〇名まで減少している。後続はない。
彼らが脱出した直後、マイヅル橋頭堡は陥落したからだ。
二本足形態をとった俺を含む六名は、高度一万メートルの高さから猛烈なスピードで降下していった。
俺の今の視力では見えないが、東アジア分遣第9小隊のほかの分隊も同じように降下しているはずだ。
降下完了、または緊急事態の発生以外、数百メートルしか電波が届かない近距離周波数しか発信してはいけない。他の周波数は受信のみ可能だ。
ナビで地図やらなんやらを確認しながら滑空しつつ、先行して降下したグリンベレーの無線を傍受する。どうやら救難対象とは無事接触できたようだ。生き残りの救難対象に重傷者はいないとのこと。
分隊の誰かが安堵のため息を漏らした。即座に分隊長のスパイディ中尉が気を抜くなと注意する。だが実際は皆同じ気持ちだったのは確かだ。
だがその直後、無線機から銃声が鳴り響き始めた。
『CP、CP、こちらアルファシックス、救難対象とともに武装勢力から攻撃を受けている』
『アルファシックス、こちらコマンドポスト。敵対勢力の規模を知らせ』
『CP、全方位から攻撃を受けている。東面が一番圧力が強い。敵部隊はおそらく中隊規模』
中隊規模だって? 俺達は全員が顔を見合わせた。
参加部隊全員で顔を突き合わせて行われたミッションブリーフィングでは、敵の人材獲得コマンドは一個小隊三六名規模と見積もられていたからだ。
こちらの参加兵力はグリンベレー第一特殊作戦グループからAチームが三個三六名、
ともかくその前提が突き崩された。
一個中隊といえばグリンベレーで言えばBチーム八三名、八二山岳師団で一二八名、海兵歩兵中隊では一八六名(建前上。実際は一三二名ぐらい)が相当する。それだけの規模の部隊になればいろいろと装備が変わってくる。ロケットランチャーや迫撃砲、重機関銃まで持っている。それだけでも脅威だが、もっと単純に頭数で圧倒的に差をつけられてしまったことになる。
古来より戦争に勝つ最も単純な手法が、敵を頭数で圧倒することだ。彼我の技術水準が同等である場合、敵の三倍も兵力をつぎ込めば大抵は勝利することができる。例えば、二方面で守備側と同数の数の兵力で陽動を行って残りの兵力を横合いや後からから叩きつけるなんてことができる。
つまりこの兵力差は、ヤバイ。
疲れ切り、弾薬もない難民たちを庇いながら一個中隊の攻撃を撃退する?
いくらグリンベレーでも無理だ。
目を凝らせば北の地面に発砲炎がちらちらと瞬いているのが見えるし、無線からはグリンベレーと難民たちに被害が続出している報告が相次いでいる。
『CP、増援はまだか。損害増大中、死亡六、重傷一二、救難対象もやられてる』
『アルファシックス、シャイ・ビーが降下中だ。あと八分。FDも向かってる。一五分待て』
『くそったれ、三分でよこせ。奴ら迫までもってやがる、そんなに持たないぞ』
『わかってる、アルファシックス。北へ移動できるか』
『ダメだCP、トラップが張られてる』
俺は分隊への回線を開いた。
「スパイディ、意見具申」
『いいぞゴッディ』
「俺が先行して降下、難民の防壁に。みんなは後から降りてくるってのは」
バディの
レイザーはみんなと同じ二本足だ。いくらHALOでも降下速度には限界がある。
『考慮に値する。だがお前ひとりではだめだ。戦力の逐次投入になる』
「各分隊には最低一人はぶよぶよ野郎がいる。俺達ぶよぶよ野郎だけでも先に降りれば。幸い俺たちはバラバラに吹き飛ばされるか焼き尽くされるかしなけりゃなんとかなる。今すぐやれば3分程度は時間がかせげる。トリアージしてくれ」
『少し待て。CP、CP』
スパイディが手早く作戦司令部に提案する。トリアージしてくれ、ってのは医療用語をもじった俺たちのスラングだ。犠牲を覚悟で決断しろっていう意味だ。
その間にレイザーが俺のほうに寄ってきて、降下ヘルメットを俺の頭というか、そういう部位に押し付けてきた。接触通話だ。
『おい、ぶよぶよ野郎、また格好つけやがって』
「お嬢さん、口の利き方に気を付けな。上院議員の親父さんが聞いたら泡吹いてひっくり返るぞ」
『……勝手に死んだらぶっ殺すぞ、わかったな』
「わかってるよレイザー」
『
短いやり取りを交わしてレイザーが離れたところで、スパイディからOKサインが出た。
俺は素早くパラシュートと酸素ボンベを捨てると銃と装具を体内に取り込み、細長い鏃のような形を取り、先端からライフルを突き出して加速した。
俺達ぶよぶよ野郎は降下速度時速二〇〇kmから一気に五〇〇kmまで加速した。
真っ暗い地面がみるみるうちに近づいてくる。
俺たちは視認可能距離まで近づき、新たに分隊を組んだ。
俺、ハードテイル、ロック、クラッシュ、全部で四人だ。
全部で四人のイカレ野郎ども。いや、クラッシュは女だったが。
『ようゴッディ、
「ようハーディ、
『分隊長は俺がやる。先任はお前だ』
「アイ、曹長」
『グリンベレーの防御が破れかけてる。壁になるぞ。俺は北面、ロッカー、ゴッディは東面、クラッシュは医療支援。超低空減速用意、ゴッディ、音頭とれ。一五秒前』
『用意良し』
『いつでも』
「いくぞお前ら。一〇秒前、九、八、コース最終確認、五、四、三、レディ、ステディ、ブレイク!」
俺たちは位置を取ると体をキノコのような形に広げて急減速した。
二本足どもなら内臓が破裂するような強烈な減速Gが体にかかるが、俺たちぶよぶよ野郎には内臓という概念がない。細胞の一つ一つが考え、動き、必要なデバイスの構成部品に即座に変化できるからだ。それでも体が引きちぎられそうな痛みが全身を襲うのは免れ得ない。
だからそれがそうどうしたってんだ。
俺は着地すべき位置と敵の発砲炎を確認すると、時速二〇kmで着地した。
ずいぶん手荒な着地をかましたが、体表組織はなんとか破れずに済んだ。
麻酔成分を一気に生成し、痛みをごまかす。
体を持ち上げ、体内に取り込んでおいた防弾チョッキを広げて防御態勢を取る。
周りを見回すと、うまくグリンベレーと難民たちの間に着地できたようだ。
荷物をばらまいてけがをさせるような真似もせずに済んだ。
難民たちはあっけにとられて俺を見ているが、グリンベレーたちは俺達をちらと振り返っただけで視線を前方に向け直した。
「誰だ! 官姓名を名乗れ!」
「ジョニー・ジャクスン海兵隊二等軍曹! シャイ・ビー第9小隊だ!」
「シャイ・ビー、待ってたぞ! ODA113、ブラウン曹長だ」
近くで伏せてたグリンベレーの一人がこちらを振り向いて叫ぶ。
途端に前方の森から銃弾の雨あられ。俺の後ろで難民たちが悲鳴を上げる。いや、俺の姿に怯えたのか? どちらでもいい。
何発かは俺に直撃したが、
銃を構えながら無線に呼びかけつつ、視覚器官をさらに複数構築する。
「ゴッドスピードよりぶよぶよ分隊、点呼!」
『ロック、着地成功。ODA114と合流した』
『クラッシュ、同じく。直ちに医療支援に回るわ』
「ハードテイル、俺たちは無事だ! お前は?!」
『ODA112、
『『「
驚いたことに難民たちには希少民族の鬼族が全部で二〇名ほど紛れ込んでいた。それどころか彼らは銃と刀を持ってグリンベレーたちと肩を並べていた。そしてそのほとんどが何らかの傷を負い、傷の痛みに顔をしかめることなく、黙々と引き金を引き続けてもいた。
彼らは明らかに難民たちの中心人物と思しきヒトの少女を守るために戦っていた。泥にまみれ、ぼろを着て、それでもなお高貴さを身にまとった凛とした少女。
彼女もまた銃を手に取り、刀を腰に刺し、周りの者たちを鼓舞していた。その周りの者たちというのが、難民というにはあまりに世間ずれしていなさそうな立ち居振る舞いを見せている。彼らはヒトだった。
俺は素早く移動し防壁になり、手近な怪我人を止血して回り、銃を撃ちつつハードテイルに呼びかけた。
「なぁハーディ、あのお嬢ちゃんてひょっとして」
『俺もシックスも何にも知らんぞ!』
「ファック」
マジでファックだ。マジでどでかいクソ案件だ。
おそらくアルファシックスも難民たちと合流してから気づいたに違いない。そしてハードテイルも気づいてしまった。だが俺たちはもっともっと早くに気付くべきだった。
キョウトから最後に脱出してきた?
大日本帝国株式会社の人材獲得コマンドが必死になって追いかけている?
くたびれ、打ちのめされても戦意を失わない武装難民?
武装難民と思ったらその半数は鬼族の寡黙な兵隊ども?
つまりは、くそったれ、そういうことだ。
「クラッシュ! 真ん中の女の子を守れ! 医療支援はその周辺でやれ!」
『馬鹿言わないで! けが人はそこら中に』
「言う通りにしろ! 鬼たちは難民じゃない! 秋津洲皇室御庭番衆だ! お前も聞いたことあるだろう、伝説のデモニック・ニンジャだ! 彼らはその女の子を守るために戦ってる! いいか、その子を守り通すんだ!」
『クラッシュ、ゴッドスピードの言う通りにしろ』
『
俺たちが戦っていたのは、おそらくたったの二~三分ほどだったと思う。
だがそのたった二分で、俺達は本当に追い詰められてしまった。
なにしろ敵は小銃とグレネード、ロケットランチャーはもちろん迫撃砲まで持ってきていたから。
難民たちのど真ん中に迫撃砲が撃ち込まれ、クラッシュは例の少女を守って気絶した。破片は近くの倒木が防いだが、衝撃波からは逃れられない。
ハードテイルはアルファシックスと一緒にばらばらになっちまった。自我を保てるほど再集結できるかどうか。俺たちは自我を保てないほど分割されちまうと、生命活動を維持できなくなる。
ロックと俺は壁になりながら銃を撃っていた。
体からライフルの先端と排莢口だけをはみ出させ、二本足にはできない精度とスピードで敵に連射を加えていく。敵弾が体にめり込み、熱と衝撃波で細胞が死んでいく。
もちろん俺もそうしていたし、そうなっていた。
「
「援護する!」
だがあっという間に弾丸が底をつきそうになる。
敵の人材獲得コマンドは多少の被弾はものともせずに突っ込んでくるからだ。一人倒すのに平均一〇発は使っていた。
噂によれば奴隷のうち使い物にならなくなった連中の脳の一部を切除して、命令に忠実に従うようにしているのだとか、自我を持たないクローンかロボットなのではないかといわれていた。
まるでゾンビ。
バカ野郎、ゾンビが銃を撃つものか!
「ヘイ、ゴッディ」
「
「ここは俺に任せてあの子を守れ。また迫撃砲弾がくるぞ」
「お前が行け」
俺は周りに視線を走らせた。
グリンベレーも鬼たちも、全員血だらけで戦っている。なかには俺が傷口を抑えてやっているおかげで息ができているやつだっているほどだ。
だが俺たちの話を聞きつけた鬼たちは、全員がだまってうなずいた。
「言い争ってる場合か。あの子はこいつらの魂だ。魂を亡くしちまったら生きてたってしょうがない。こいつらはそういう覚悟だ。あと、俺は弾を受けすぎてる。ちと限界が近い」
「ファック。グリンベレーもニンジャどもも、終わったらお前ら全員おごらせろ。ロック、死んでも死なせてもぶっ殺す」
「ガング・ホー」
俺はその子までの一五mを死ぬ気で走った。
走るって言うか、丸まって転がったって言うか。
ともかくそのおかげでほんの一〇秒でその子の前に立つことができた。
遅いっていうなよ? 泥と倒木と灌木とコケに覆われた地面でそれだけの速度を出せるってのが俺たちぶよぶよ野郎の自慢の一つなんだ。
その子は額から血を流して、怪我人の傷口を抑えていた。
遠目からでもはっきりそうと分かったが、近づいてみると本当に綺麗な女の子だった。切れ長の目、白磁のような素肌、きれいな黒髪。
だが見とれている暇はなかった。
「あっ?!」
「失礼、お姫様!」
俺は彼女の前に立ちはだかると、視覚器官を統合し、能力を拡張させた。
赤外線の視界の中に嫌に早く飛んでくる物体が一つ。
素早く狙いをつけ、マガジンの中の六.五mm弾一五発をすべて叩きこむ。
見事命中、迫撃砲弾はちょうど東側から突撃をかけようとしていた敵部隊の上空で爆発、四散した。爆風と破片は大したことないが、敵兵の勢いは削がれた。
へっ、ざまぁ見ろと思ったが、それはやはり油断だった。
俺の右手、南方で何かが動く。
そちらに素早く銃と視線を向けたが、遅かった。
ほんの四〇m先に現れた敵コマンドがグレネードを撃つのが、はっきり見えちまったんだ。
参ったね、赤外線でも紫外線でも俺たちはその気になれば見ることができるが、敵の致命的な射撃を直視したくてそうしているわけじゃない。
これで俺もお陀仏だ。
『伏せろ!』
そのとき突然無線ががなり、敵弾が爆発することなく四散した。
続けて銃弾が空中から雨霰と敵に向かって降り注いだ。
誰かが空中でパラシュートを切り離し、俺のすぐそばに降り立った。
嗅ぎなれた匂いが一瞬ふわりと漂う。
.三三八ラプアマグナムを使うスナイパーライフルを構えた、レイザーだった。
「この野郎、心配させるんじゃねぇよ!」
「すまん、レイザー」
レイザーが俺を殴り、俺はぶよんと震えた。
そのあと、スパイディたちも降りてきて、勝負はついた。
スパイディたちと同時に、一五分しないと到着しないといわれていたFD、つまり火竜たちが運用制限を無視したスピードで突っ込んできて、濃密なブレスとロケット弾、二〇mmバルカンやらそのほかいろいろで辺りを焼き払ったんだ。
全てが終わったのは一時間後。
焦げ臭いにおいと煙の中に降り立った影龍のカーゴポッドに俺たちは一人残らず詰め込まれ、ハバロフスク郊外へ向かって飛んで帰えることができた。
それから二週間して、俺はまだハバロフスク郊外の秋津洲租界にいた。
遊んでいたわけじゃない。
秋津洲と合衆国が軍事基地として租借している旧ハバロフスク国際空港、その一角を改造した病院に押し込められていたのだ。
俺達ぶよぶよ野郎がいくら自己治癒能力に秀でているからと行っても、あれだけ被弾して無事でいられるわけもない。
実際、俺もあの戦闘の後の医療活動は栄養と抗生物質の点滴を受けながら行っていたほどだ。
なんのかんの言って俺達ぶよぶよ分隊は全員が生還した。
俺とロックは鉛そのほか銃弾に含まれる毒の排除のため、泥と血肉の中からかき集められたハードテイルと衝撃波にやられたクラッシュは再構成のために入院させられた。ハーディとクラッシュについては初期の緊急救命措置が終わった直後、トヨウラの米軍基地を経由してハワイの海軍病院に移送になった。
他のシャイ・ビーやグリンベレー、ニンジャどもも同様で、俺の左隣のベッドにはグリンベレーのブラウン曹長が、向かいのベッドには皇室御庭番衆のどえらい美人さんが寝かされていた。
俺たちは見舞客たちと一緒に、壁にかけられたテレビを眺めていた。秋津洲で作られ、ロシア語に吹き替えられたアニメーション。合衆国でも流行ったことのある名作美少女戦隊モノ、そのリバイバル作品だった。
「「「月に替わって、お仕置きよ!」」」
主人公が変身したあとの決め台詞を、入院患者たちがそれぞれの国の言葉で叫ぶ。
大盛り上がりもいいところだ。
俺の傍らには和やかな表情の
黒くしっとりとなめらかな肌。夜のようにウェーブし、軍の規定通りにお団子にされている紫がかった黒髪。整い、彫りが深いが柔らかな印象の顔つき。カミソリのような目つき。よく発達した僧帽筋や、長い軍務ですっかりゴツくなってしまった手。長い耳にはすっかりふさがったピアスのあと。アフガニスタンで助けたときから変わらない、ほんの僅かに漂う華やかな香り。
そういったものを感じ取り、見惚れていると、レイザーは俺の視線に気づいて振り向いた。
「どうした? そんなに大きな目を作って」
「うん。いや。びっくりしてた」
「なにに?」
「ワオ、とんでもない美人さんがいるぞ、すげぇなぁ、口説きてぇなぁ。おや? この子の手は俺の上に置かれているぞ? これはもしかしてそういうことか? ってね」
そう言いながらレイザーの手を優しく包み込んでなでてやると、彼女の体温が一気に上がったみたいだった。
「バカ」
「バカで結構……心配させたな。すまない」
「うん」
レイザーは俺の上に頭を載せて、他の連中から見えないように制服のボタンを一つ外した。
馬鹿でかい山の間の深い峡谷が、制服の隙間から見える。
他の連中に聞こえないよう慎重に、レイザーは囁いた。
「なぁ……その、溜まってないか?」
「嬉しいけど遠慮しとく」
俺は体表をざわつかせないように我慢しながら断った。
レイザーは残念そうな顔をした。
「俺はいいのに」
「バカ。露出狂なのかよ」
「……実はそうかも」
「スケベだなぁ。そういうのはさ、二人で休暇とってさ、シチリアかどっかに旅行に行って、落ち着いた雰囲気のホテルで朝から朝までやるもんだ」
「シチリアかぁ。俺は今の時期ならシドニーでもいいなぁ」
「それもいいな」
とかなんとか言いながら、ちょっと辛抱できなくなって彼女の谷間に滑り込もうとしかけたところ、スパイディが病室の開け放たれたドアをノックした。
「夕食後の歓談中にすまない、諸君。どうしても今夜きみたちに会いたいというお客さんが見えている。お忍びだ。気を楽にしてくれ」
病室内がちょっとざわついた。
時間はもうそうろそろ面会時間の終了する二〇四五時。
こんな時間に、わざわざお忍びだと宣告して? それも病院付きでもない将校が先触れだって?
あんまりいい予感はしないんだけど、まさかなぁと思っていると、はたして予感的中。
入ってきたお客様は、簡素だが流麗な印象のスーツを着込んだ、あの少女だった。
「皇国皇位正統後継者、内親王麗子です。皆さん、どうか楽に」
そうして室内を室内を見回し俺を見つけると、彼女はニッコリと微笑んだ。
そういやあのお姫さんの額の傷も治してやったっけ、とつぶやくと隣でレイザーが怖い顔をする。
これはつまりそういうことなのか。絶対このあと、あのお姫さんとレイザーにめちゃくちゃに振り回されるんだ。
いやいや勘弁してくれよ、俺は秋津洲のラブコメの展開は苦手なんだ。
くそったれ、俺の身の上にこそ
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