第4話「願い星エメラルド」後編

 とある魔法学校の学生が1人、行方不明になりました。


 翌年、林檎の塔に、3人の人影がありました。

 三角の炎を宿すランタンを持つ、桃色の髪を二つに結んだ少女。隣には眼鏡の気弱そうな少女。そして後ろには活発そうな顔つきの少年でした。

 キシキシと古い通路の歩く音が3人分と、少し離れたところに小さな四本足。時折振り返って「にゃあ」と呼びます。

 長い通路を歩くと、3人の後ろから風が吹いてきました。

「「光の網よ!」」2人の少女の杖の先から十字の光をあふれさせます。

 同時に背中から緑の光の玉が迫ってきます。

 猫の目の前で、1年前と同じことが繰り返されます。

「星を捕まえて!」

「おう!」

 網の裏側で待っていた男の子が突っ込んできた星を胸で受け止めました。

「やった!捕まえたよ!」

 3人が網から星を出して喜び合います。

(ああ…この子達は…。)

 星はこの3人のことを知っていました。特に桃色の髪の少女については。

 星が星でなかった頃、「あの子」とよく呟いていた相手が、この少女です。

 勉強ができるわけでもなく、特別な力を持っているわけでもないのに誰にでも優しくて、いつもみんなの注目の的だった転校生。あの頃と変わらない3人組に、星は涙がこぼれるのを止められません。それでも涙はキラキラと光になって、誰も星が泣いているなんて思わないのです。

 かつて同じ学校で机を並べたクラスメイト達と1年ぶりに再会した星は、たった1年の間にこんなにも遠い存在となっていました。

「ずっと会いたかったんだ。私が今ここに居られるのも、あなたのおかげだから。」

 桃色の髪の少女は懐かしそうに星を見て、教えてくれました。

 彼女には生まれつき魔法の能力はありません。なぜなら、人間だからです。

「覚えてる?もう7年くらい前かな。私を魔法使いにしてってお願い、叶えてくれたでしょ。」

 星は罪悪感でいっぱいになりました。

 だって、その願いを叶えたのは今の星ではなく、エメラルドの方なのです。

「ありがとう、あなたのおかげで今すごく楽しいの。」

 星は言葉が出ません。1年の間に、話すことを忘れてしまっていました。

 それでも心の中で、「ああ、この子がやっぱり大嫌いだ」と思いました。

 星が星でなかった頃、1度だけ桃色の髪の少女と授業でペアを組みました。口数の少ない星は授業では成績が良く、少女もそれを素直に褒めてくれたものですから、星はなんだかそんな様子がいじらしく見えたのです。

 懐かしい思い出を振り切るように、星は少女の手のひらからフワリと浮き上がりました。

「早めに願い事言った方がいいんじゃねーか?」

「うん、また飛んで行っちゃうかも…。」

 2人に頷き、桃色の髪の少女が杖を向けます。

「私の友達の、エメノウという女の子を見つけて!」


 星が虹色にきらめきました。


 塔の中を光が照らして、眩しさに全員が目をつむりました。

 光が弱まり、目が慣れてくる頃。

 3人の目の前には髪を緑に染めた少女が1人座り込んでいました。

「エメノウさん…。」

 眼鏡の少女が呼びます。

「…私……。」

 エメノウがゆっくりと顔をあげます。

 3人は歓声をあげました。

「エメノウ、大丈夫?立てる?」

「ったく、今までどこにいたんだよ。」

「猫ちゃんのおかげだね…。」

 少女の声に、茶色の猫がすり寄りました。

 温かい、滑らかな毛並みは1年前と変わりません。

 少女の願いを叶えた星は、元の姿に戻ったんだと気づきました。途端に両目から涙が溢れました。

 大丈夫、今度は皆、エメノウが泣いているんだと気づいています。

「おかえり、エメノウ。」

 桃色の髪の少女が優しく笑いました。

「まったく、おかえりじゃありませんわ!」

 鼻をすすって湿った声で、4人の後ろから現れた担任の先生が言いました。

「せ、先生!?」

「つけて来たのかよ!」

「皆心配していたんですよ!学校に帰ったら手始めに反省文100枚ですよ!わかりましたか、エレノアさん!」

 ぎゅいぎゅいとエメノウを抱きしめながら甲高い声を震わせます。

「先生、エレノアって…?」

「…私の本当の名前だよ。魔法書類書き換えてずっと偽名だった。」

 エメノウは魔法の国では”緑の石”という意味の名前です。エレノアはエメラルドに憧れて、入学後にこっそり書類を書き換えていたのでした。

「その分もあとできつーくお仕置きがありますので。」

 エレノアを小脇に抱えた担任がコホンと咳をします。

「さぁ皆さん、学校の寮に帰りますよ。」

 茶色の猫がエレノアの頭に飛び上がります。

「…私のことを忘れないでいてくれてありがとう、アンジー。あなたのおかげだよ。」

 エレノアの頬にすり寄って茶色の猫が「にゃあ」と鳴きました。

「エレノアって良い名前。私の国では”光”って意味だよ。すごく似合ってる。」

 桃色の髪の少女が塔の出口へ向かいながら、こっそり褒めました。

 内心「そういう所だよ、大っ嫌い」と思いながらもエレノアは「ありがとう」と言いました。

 5人と1匹が塔の外に出ると、1年前と変わらない3つの星が、夜空を優しく照らしていました。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

惑星クロートのお話箱 みにゃも @minyamo357

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ