第五章 デザ⑤

「素晴らしい!」

 ゼスは絶賛した。

「こうしてまたここを歩けるようになるとは……」

 クラウドキャッスルのとある公園――ゼスとロシリーは二人して公園内で育った植物を観覧していた。

 繁った緑樹や、色とりどりの花々。小さく生えた様子がいじらしい様々な草たち。そして公園の上空に広がる、煌めく青空。

 クラウドキャッスルに林立する建築物や樹木によって、あまり広範囲に青い空を目にすることはできなかったが、それらの景観は廃れた地上のものとは違い、ゼスの目を白黒させた。

「ネレイア様にクラウドキャッスルでの居住権を与えると言われましたが、それはお断りしました」

「なぜだ?」

「あまり神の命令に忠実でいるのも何かと思いましてね……」


 ゼスとロシリーのやり取りを、近くの建物の窓から覗いていたのは、ミリとメルアだった。

「何を話してるんだろう……」ミリが言うと、メルアは肩を竦め、

「何だっていいじゃない。それより、ナイルくんの方はどうなったの?」

「無事、義手の手術を終えたそうだよ」

「よく手術代払えたわね」

「それもこれも、ふんふん」

 とミリは言いながら、下方にいるゼスを指差す。

「ゼスがネレイアって神に取り入ってくれたおかげ。居住権はいいから、ナイルくんへの手術費用を払えって言ったんだって……」

「それは、それは……」

 感心した様子のメルア。

 ふふふ、と頬笑むミリ。何が楽しくて笑うのか、メルアも知った風に、くすくすと笑った。

 笑みを交わす理由である、メカエイジの男性の背中を眺めながら――。


「やるわね、あのメカエイジのおじさん……」

 クラウドキャッスルの中央に位置する巨大な塔。そこに四人の神が普段仕事をする各個室があり、その中の一室でネレイアは溜息混じりに感嘆の音を上げた。

「ネレイアお姉さまが嘆くなんて。その方はよほど優秀な方なのですか?」

 四人の神の一人、小柄で紺色の髪をしたアルデナが、ネレイアの後方で言うと、

「ケージが神の実験場であることに反感を抱いているのよ。彼は」

 ゼスもメカエイジである前に一人の人間だ。ネレイアは自分が神であることに自負していた。そんな自分に、ゼスという一般人がお近づきになることで、それさらに強められると考えていた。

 しかしゼスは、権力を持ち、人間を支配する側であるネレイアの提案を柔軟に躱した。

 ネレイアは神として、それを却下することもできたが、彼女もそれほど意地が悪いというわけでもなく、ゼスが行った功績を十分に称えたかったということもあって、その意に従った。

 互いに物腰柔らかなやり取りだったと言えるが、ネレイアは神という立場から、その柔軟さが今後、行く手を妨げることになれば、やりにくい相手になるのではと不安がるのだった。

「彼なりのマイルドな反発ということですか?」

「だから嘆いているのよ……」

 アルデナの言葉に、ネレイアは淡い紅を塗った唇を噛んでみせた。


 クラウドキャッスルのとある庭では、ゼスとロシリーの会話は続いていた。

「ネレイア様はなんと?」

「残念そうにしておりましたが、数日、旅行という形で、ロシリー殿やミリたちと訪れることはできますか、と申し出ましたら、渋々受けいれてくださいました」

 ゼスが一人でクラウドキャッスル抗うには相手が大きすぎる……。

 そんな抵抗感があろうとも、ゼスには今のところネレイアに示したような微弱な反撃しかできないでいた。だが今はそれもやむなしか……。ギースの二の舞にはなりたくはない。

「そうか……。で? ミリたちとは一旦離れ私と話があるとのことだが……。話とは?」

 ロシリーの言葉に、いや、それは、その……、とゼスは言い淀んだ。

 以前マルニアに相談したとき、アドバイスをされた、ロシリーを誘う、という話はゼスの中ではまだ生きていた。ここにロシリーを連れてきたのも、ロシリーの意味深長な表情や態度に、自身の方に落ち度があるのではと思い、それを問い質そうとしたからである。

 しかし、滑らかにことを運ばせるほどゼスも饒舌ではなく、聞くか聞くまいか、気持ちは右往左往した。

 ――神よ。どうか私に勇気を……。ほんとマジでどうしたらいいのでしょう? 誘えたんですよ、この私が……! ちなみにこれまでの経過は神のお力ではなく、私自身の力ですので、大事なのはこれからです。ロシリー殿がバイクに二人乗りになり、しかも私にしがみつかれることを、どう思っているかどうか、それを……。

 しばし、熟考していると、ロシリーの方から急かされた。

「それで、話とはなんなのだ?」

 はっと我に返るゼス。こうなれば勢いに乗るしかないのだと、思いきってロシリーに尋ねた。

「その……。ロシリー殿の顔が、いつも任務の時無表情なので、何か嫌なことでもあったのかなあ、なんて考えておりましたら、一つ思い当たる節がありまして……」

「それは?」

「えっと……。バイクに二人乗りするとき、私の腕と頬が密着するので、もしかしたらそれが嫌なのかと……」

 ロシリーは突然、目を反らした。顔も赤く火照っているようだ。

「い、嫌なのかと聞かれると、その私は……何て言うか……」


 ――メカエイジという、私とは異なる体をしたゼス殿に興味があるのは確かなのだが……。

 機械仕掛けの体に、ロシリーの好奇心が疼く。

 ――しかし、こんな特殊な好みなど口にすれば、ゼス殿とて嫌悪感を示すだろう……。

 目を泳がせつつ、ロシリーはあのときのことを思い起こした。

 バイクに乗り合わせた際、あのゴツゴツとした厳めしい肌触りの腕が、自分の腹に巻き付く――奇特な趣味かもしれないが、ロシリーはその行為を別段、嫌悪しているわけではなかった。むしろ悦に入るほどに、ロシリーの胸の鼓動は高鳴るのだった。

 腹部に残るあの感触を思い出し、話そうとしていたロシリーは閉口してしまった。

「顔が赤くないですか。ロシリー殿?」

 ゼスが顔を覗き込ませてきた。ロシリーは碧い瞳を泳がせる。


 ゼスはロシリーの顔を見つめつつ、彼女の今の態度が気になった。思考が覚束無いというのだろうか。

 確かに、嫌だ、という拒否の言葉は、人により言いにくい場合もあるだろう。世の中には、はっきりものを言う人もいるから、ロシリーのそれは、明確な嫌悪を顕示するのをためらっているようにゼスには思えた。気を使っているに違いないが、顔が赤く染まるというのは、どういうことなのか。やはり、憤怒の情に駆られているのではないだろうか。

 私は、その……、と頬を赤く染めながら、口をもごもごさせるロシリーに、ゼスの祈りは頭の周りを回転するかのように、

 ――神よ、お救いください、お救いください、お救いください、お救いください、お救いくださーーーーーーい……!

 小鳥たちがさえずりながら、空を飛ぶ。

 幸先よさそうに、太陽は燦々と笑んでいた。



                   了



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