9.アンティークショップ

 そう言ってジェイコが入ったのは、広いアンティークショップだった。一階は店舗。二階が作業場になっているという。家具が中心に店内にレイアウトされている。角の丸みや、光り方で、よく使いこまれ、大事にされてきた物だということがうかがえる。木目が計算されてデザインされた木製の家具は、琥珀色の輝きを放つ。様々な柄が刺繍された布も、落ち着いた雰囲気を醸し出す。柔らかな照明も相まって、店の中はまるで大国時代に迷い込んだようだ。それに、エルは多民族国家だ。本物か模造かは分からないが、どこか民族的な模様の刺繍や絵が目に入る。だが、値段は驚くほど高い。ほとんど客がいないことに納得がいく。マスハは旧東の大国の首都としては豊かな町だが、これらの家具を一括で買える人間はほんの一握りだろう。学生の身であるジェイコがここの常連であることをアスコラクには不可解だった。だが、シャクヤの目に輝きが戻ったのを見ていると、そんなことはどうでもよくなった。


「まあ、これは……」


懐かしい、と言うところをシャクヤは飲み込んだ。シャクヤにとってそれは伝統や格式といった物ではなく、人々によって日常のなかで使われていた物だった。アブマンやジェイコにとっては歴史的な資料だが、シャクヤにとっては日常的な家具だった。


「素敵ね」


シャクヤの心からの賛辞にジェイコは顔を赤くした。ここにきてようやくジェイコはシャクヤを真正面にとらえて目のやり場に困っている。


「わあっ、これも、これも素敵」


見たことがあるものばかりだわ、とはさすがに言えない。まして、リョートの使っていた椅子や机に似ているとは、口が裂けても言えない。


「このアンティークショップは、大国期のものが主流なのか?」


アスコラクはシャクヤの様子から推察したことを述べた。


「一瞥で年代が分かったんですか? 一体貴方は何者なんですか?」


アブマンはまたも嬉々とした表情になる。アブマンはどうやら自分の周りに話が合う人間がいないことにあきているようだ。それはアブマンの知識に比肩する者がアブマンの周囲にいないということを示している。歩く百科事典は様々なことを知りすぎているがゆえに、孤独なのかもしれない。シャクヤの様子を見ていればわかる、ともさすがに言えない。


「女が突然男になっても取り乱さなかったお前にそのまま返すよ」


目を伏せてため息交じりにアスコラクは言う。


「何のことですか?」


とぼけた様子もなく、アブマンは首を傾げた。


「いや、何でもない」


アスコラクは人間の姿をしている時、他人の記憶には残らない。それは男女どちらの姿をしていても同じことだ。おそらくアブマンとジェイコの記憶からは、女版アスコラクは消えていて、初めからシャクヤとその連れの男を観光案内している気になっているのだろう。


「まあ、見て。アスコラク。この椅子も机も全部そろっているわ」


シャクヤは一人で店の中を歩き回って歓声を上げていた。完全にジェイコを振り回し

ている。触れてはいけないと書いてあるにもかかわらず、シャクヤは嬉しくなって触ろうとしてしまうので、ジェイコが必死でそれをとめている。シャクヤは生前、社会の最下層にいた。だからシャクヤは、リョートの部屋で見たり、身請け先の話しで聞いたりする家具や食器には憧れを抱いているのだ。


「まあ、食器まで」


椅子や机は通常一揃えで作られるのが一般的だが、時代を経るにつれて片方がなくなったり、壊れたりして、そろっていることが珍しいのだ。レプリカもあるのだろうが、よくできている。食器の類になると、それはもうアンティークというよりも博物館の展示品のレベルだ。


「そうだな」


シャクヤが喜んでくれることは、アスコラクにとっても嬉しいことだった。だが、アスコラクの目を引いたのはシャクヤとは別の所だった。


「ところで、奥は壊れたものか?」

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