8.面影
シャクヤは目を閉じて眉間にしわをよせた。その残酷な「再会」に耐えられず、シャクヤの体は傾いだ。アスコラクはそんなシャクヤの肩を強く抱いた。
「私がついている。大丈夫だ。だが、無理はするな」
アスコラクがシャクヤにそう耳打ちすると、シャクヤは弱弱しくうなずいた。美しくも艶やかなシャクヤの顔は青ざめていた。赤く艶めかしい唇の色も色褪せ、体が微かに震えていた。
「リョート女王は、その後どのような人生を送ったのでしょう?」
シャクヤは青ざめた顔でなおも問う。アブマンはシャクヤの様子にも気づかぬよまま『時の女王』から目を離さずに答える。まるでアブマンは、今自分がリョートと対面しているかのようだった。
「ここマスハ以外での彼女の評判はあまりよくありません。大戦の色が濃くなると、リョートは西へ亡命したのです。もちろんその時には王の座は退き、研究に没頭していたのですが、裏切り者としてのそしりは避けられず、亡命途中で捕えられ、処刑されたとされています。処刑は残忍なものでしたが、その分様々な伝説が残りました。まあ、今は政権抗争のために貶められた、華やかで悲劇的な女王という話しも語られています」
アブマンの言う様々な伝説とは、先ほどアブマン自身が言っていた「時間を操る」といった類のものだろう。しかしリョートの研究はシャクヤから聞く限り、化石の研究がほとんどだった。今でこそ化石は人々に認知されているが、三〇〇〇年も前になると「石化魔法」の産物と考えられていたのだろう。
アブマンはこの時ばかりは苦虫をかみ殺したような顔になる。「ああ」とシャクヤは心の中で思う。ジェイコがアブマンを思うように、アブマンもリョート女王を想っているのだ。そしてシャクヤもリョートのことを想っている。リョートの後世にどのような脚色があったかは、アブマンの話しから押して知るべしというところだ。ただしシャクヤの知るリョートは、死の直前まで政務に向き合っていた。しかし悲しいことに、歴史は後世の人々によって改ざんされる。リョートとて例外ではない。
「そういえば、シャクヤさん、でしたか。リョート女王に顔立ちが似ていますね」
ジェイコが不躾にシャクヤの顔を覗き込むのを、アブマンが制した。
「ジェイコ、失礼だぞ」
ジェイコはアブマンからの叱責が余程ショックだったようで、深くうな垂れていた。だが、アブマンが本当に失礼だと言いたかったのは、シャクヤに対してではないということに、アスコラクもシャクヤも気づいていた。アブマンにとってはシャクヤがリョートに似ていることが失礼に当たるのである。
「シャクヤ、大丈夫か?」
アスコラクの問いかけに、シャクヤは頷いた。今度は無理に笑えるくらい、回復していたようだった。
「そういえば、お前達の制服についているボタンの色が違うが、これは何を表している?」
アスコラクは、意図的に話題をリョートからずらした。本来ならば、標的の情報収集を第一にすべきだったが、アスコラクにとってシャクヤはそれを差し置いても守るべき存在なのだ。何故ならアスコラクはシャクヤの守護天使であり、シャクヤの生前に彼女を守りきれなかったという後悔があるからだ。
「私は考古美術を専攻しているので茶色ですが、ジェイコは美術家を目指す画家の卵なので紫なのです。他にも専攻する学科によって色違いのボタンをしています」
アブマンの知識の豊富さはここにきて合点がいった。考古を専攻している美大生ならば、画家の生きた時代に詳しいのは当然だろうし、絵の真贋を見抜くための技術や知識も必要だろう。特に有名な画家になればなるほど贋作や模写が増える。アブマンのような人材はまさに国をあげて育てていきたい学生なのだろう。
「なるほど。ところで、ここ以外で見聞に値するところはないのか? シャクヤは血なまぐさい話が苦手でな、気分を変えたいんだ」
ここで初めてアブマンがシャクヤの引きつった笑顔に気付いた。
「他、ですか?」
アブマンは人差し指を立ててあごを叩いた。考えるときの癖らしく、本人は無意識でやっているようだ。そして、考えを巡らせ、パチンと指を鳴らした。
「ジェイコ行きつけのあそこはどうだ?」
「あそこですか? 確かに女性は好きかもしれません」
ジェイコはアブマンから促されたことで勢いづき、自ら先頭に立って歩き始めた。そのジェイコの顔はどこか華々しい。憧れの先輩に提案される「行きつけ」が、そんなに誇らしいのだろう。人でごった返すエル国立美術館から大学へさかのぼって、しばらく歩く。ジェイコが手を差し伸べたのは、表通りにある大きめの店だった。
「ここです」
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