4.大学生

変わった人間だ、とアスコラクは思う。何故か人間はシャクヤに会うとその胸元を見て顔を赤くしたり目をそらしたりするが、この二人はそういった素振りを見せなかった。シャクヤは人間から見れば、飛び抜けた美貌の持ち主であると、アスコラクも理解していた。しかも、娼婦だっただけあって、その妖艶な体つきや仕草が、相手を翻弄してしまうこともある。普通の男なら、すぐさまシャクヤの虜になってしまうだろう。しかしこの二人は違った。ややあって、ジェイコは終始アブマンを見ており、アブマンはアスコラクを見ているのだと気付く。アブマンに至っては、シャクヤを目の端にも捉えていなかった。どうやらこの二人は、自分が見たいものしか目に入らないようだ。 

 クランデーロを見ていたアブマンは苦笑してアスコラクを、ジェイコはシャクヤを、それぞれエスコートする。二人の青年が同じ制服を着ていたことに気付いたのは、シャクヤだった。二人とも白い襟に黒の上下を着ている。ボタンの位置まで一緒だ。そう言えば二人と同じ格好の男性とよくすれ違ったり見たりしていた。流行なのか正装なのかとシャクヤは首を傾げる。


「お二人は何の職業なのです?」

「同じ大学に通っています。アブマンさんが一つ上で、僕の先輩です。この服は大学の制服なんです。この通りはエル国立美術館と国立美術大学をつないでいるので、大学通り、もしくはフェルズ通りと呼ばれています」

「ああ、だからお前たちの特徴は違うのだな」


アスコラクはアブマンとジェイコを見比べるようにしながら言った。


「その大学はエル全土から優秀な学生を募っているのだろう? だから様々な人種の学生がいるというわけか」

「はい、その通りです」


アブマンの父親は北の山岳地帯に住む先住民であり、母親はマスハの出身だった。アブマンの容姿は父親から受け継いだものだった。しかし二人とも早くに亡くなってしまっているとのことだった。


「よく分かりましたね」

「いや、気分を害したなら謝る」

「気になさらないで下さい」


そう言ってアブマンはマスハの説明に話しを戻した。


「ここには、元東の大国の首都が短い間置かれていました」


アブマンがジェイコの後を受け継いで、ここエル国マスハ町の歴史を語り始めた。

 西と東の二大大国が力の拮抗を見せていた頃、東の大国では恐怖政治が行われていた。その恐怖政治を行っていた皇帝が死亡すると、その息子が皇帝として即位した。しかし、息子が幼く、病弱だったため、母親(前帝の妃)が権力を握った。恐怖政治に怯えていた国民は、彼女の華やかさと大胆さを歓迎し、権力集中を促した。彼女は一時、大臣によって権力と命を奪われ、彼女の評判は地に落ちた。大臣は彼女の息子の後見人として、権力を振るった。しかし、大臣の圧政と汚職まみれの政治に、反乱がおき、大臣はわずかな期間のみで政治の表舞台から姿を消した。そして、彼女の評判は再認識されることになる。特に彼女は美術、芸術を奨励した。世界最大規模のエル国立美術館も彼女が建て、街づくりは西の都を模している。カーメニが大聖堂を中心として放射状に町が整備されているように、マスハも彼女の宮殿兼美術館を中心として放射状に町が整備されている。やがて独立期が訪れ、東西大国に属していた国々が独立を果たした。それでも世界第一位の国土を有するエルは、北に永久凍土、南に砂漠と山脈、世界最大の森や湖を抱えている。つまりエルは今でも世界の縮図だ。地理的には北に領土を持っているエルは、どこに首都を置いても、「寒さ」や「雪」といった冬の印象を他の国々の人からはもたれがちだ。しかしそれは間違いだ。エルの広さは先ほど述べたのだが、人々がそこから受ける印象以上にエルは広い。国の南端には夏の海を楽しめるところまである。マスハも比較的暖かな地域に置かれている。マスハは夏場でも曇天が多いことから「寒い」印象をもたれていた。しかし、よほど北に行かなければ、マスハの夏は過ごしやすい。空気が乾燥していて、ジメジメしておらず、汗をかかなくて済む。緯度が高いから夏は日が長いから人々も活動的だ。そして何よりマスハは空気が澄んでいるから夜には満天の星空を見ることができる。今日はそんな貴重な晴れ間だった。

「見えてきましたよ」

アブマンは広場から巨大な建物を指さした。美術館というより、宮殿と言ったたたずまいをしている。女王が個人的な時間を過ごすために建てられたものなのだから、当然と言えば当然だ。ただし執務に没頭するリョートは人生のほとんどを城で過ごしたとされる。玉ねぎのように膨れた屋根は金色で、壁全体はコバルトブルーだ。白い窓枠が等間隔に配置されている。西を模した街づくりがなされている一方で、建築様式は東のものだ。町の建物とは明らかに異質な建物だった。美術館に近づくにつれて人が多くなり、最後には入場券を販売の最後尾が見えてきた。


「ここ、僕たちは無料なんですが……」


シャクヤの一歩後ろを歩くジェイコが気まずそうに言葉を濁し、申し訳なさそうにシャクヤを見る。


「私たちは有料なのね」


シャクヤが察して苦笑する。


「まさか、お前達の大学と言うのは、女人禁制か?」


アスコラクが何の感情もなく、事実確認をした。だがアブマンにはアスコラクが腹を立てたように聞こえたようだ。

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