第6話『祈願 ~魔王を信仰する者達~』前編
*
月夜の下、西の海から来た巨大な黒い軍船がポルトギーゼの港に錨を下ろすと、その船に合わせたような黒い軍服の兵士達が続々と陸に降り立った。
軍靴の音をザッザッと一定のリズムで鳴らしながら兵士達は夜の街並みにその身を潜めながら隊列を崩すことなく、街を進んでいく。
その前方に二人組の男が立っている。
一方は浅黒く焼けた肌の巨漢で、もう一方は髪を金色に染めた痩せぎすの男だ。
「なんだあれ? なあエギル、ちょっと目の前に立って邪魔してみねえか?」
「ハハハ! キラッチ、それはいいな! どこの軍人だか知らねえけどああも」
一糸乱れぬ隊列を前にして、二人はその進路に立ちふさがる。
「どういう面を晒してこのポルトギーゼにきやがったんだこの野郎!」
「そうだぜ! この街に来たからにはここの影の支配者であるキラッチに挨拶しやがれ!」
口からでまかせを吐きながら二人は凄むが、兵士達の足は止まらない。軍靴はそのまま二人組の方を向いて近づいてくる。
「お……おい! 聞いてんのかよこの野郎! おい!!」
「や、ヤバいよキラッチ! 俺は逃げ――」
二人が接近する隊列に恐れをなして背を向けたその瞬間――
軍靴の音が急激に早まり、隊列は瞬く間に逃げ出す彼らを飲み込んだ。
『うぁああああああああああ!』
何かが砕かれる音と悲鳴は、夜の闇に吸い込まれていった。
やがて、黒い隊列は街の歓楽街にあるとある居酒屋を取り囲んだ。
「なんだってんだいあんた達は? こんなことされたら商売あがったりだから勘弁しておくれよ」
居酒屋『Captain Jenni』の店内。
店主のジェニー・リーチは、眼帯に覆われてない方の眼で目の前の怪しい男を睨みつける。
その視線の先で、黒い甲冑に身を包んだ血色の悪い男は不気味な微笑を浮かべていた。
その両耳には、銀の十字架が揺れている。
「生憎、オレはここにいる人間たちに用事があるのだ。それがすんだらすぐに立ち去るつもりだ」
「まずあんた、何者なんだい? 話はそれからだよ」
「オレはウェッジ。ブレイブ国王の命を受け、このガーニッシュを支配する裁罰竜姫エリーザを滅ぼすためにここに来た」
ブレイブという言葉を聞いて、ジェニーはヴァーブルが来たあの日に伝えられたブレイブ王国の疑惑を思い返す。
「ブレイブ王国がこんな居酒屋になんのようだい? あんな大所帯を入れるほどの空きはないから別に当たりな!」
「いや、ここでなくてはならない。グランギアを倒したいという戦士が、ここにはたくさん集っているとオレは聞いたぞ?」
どうしてそんなことまでこのウェッジという男は知っているんだとジェニーは言いようもない不安感に襲われた。
できる限り秘密裏に行ってきたはずだし、ブレイブ王国のような大国の介入は今までなかったはずだ。
「それは何かの間違――」
「――オレは君たちに力と機会を与えようと思っている。それはヴァーブル・サマル・グランギアにはできぬことだ」
ジェニーを無視して、ウェッジは戦士達を見る。彼らは武器を構えながらもウェッジの人並ならぬ気配に身を震わせ、警戒の念を強めていた。
「力と機会? それはどういうことだ」
「我らブレイブ王国の『黒き死霊団』は、10日後にグランギア王国への総攻撃を開始する。ついていきたくば、ついてこい」
ウェッジの虚ろな眼から放たれた怪しい光が、フロア中を包み込んだ。
*
バレンティナとヴァーブルは馬を駆って、ルメールから更に東へと進んでいた。
前方の草木が枯れて土と岩が露出した荒野を見渡しながら、三人は出立前にコナンから聞いたことを思い出していた。
『ルメールからグランギアへの道中に、魔王アムルゲートを信仰する邪教徒の住処があるみたいです。オレは遭遇したことはないのですが、なかなかの曲者らしいのでお気をつけて』
「邪教ねぇ……アムルゲートは覚えある?」
『答えは否だ。人間が魔王たる我を信仰するなど、ありえないしあってはならない』
「そこまでいうか?」
顔をしかめるヴァーブルの体には、先の大会でリューグなる魔物から得た灰色の鎧が身に付けられ、とそれに接続された長柄の刀が背中にかかっている。
戦いの後、どんなに力を込めてもその鎧が体から外すことができなくなったため、やむを得ず装備し続けていた。いわゆる呪われた装備に近いものがあったが、この鎧の場合は完全に留め具が潰れてしまっていたのだ。
アムルゲートにもその出自ははっきりわからず、明らかな贋作なのだがその威力はリューグをはじめとした魔物を瞬殺した程であり、ヴァーブルとしてはいい収穫だった。
『然り。祈りとは、恩恵を求めてするものだ。だが、魔王である我が人間へそれを与えるということは絶対にないのだ。魔王たる我は、魔物のための存在であるが故』
「アムルゲートって時々言ってることが分からなくなるなぁ」
「そう、かな……いや、そうか」
――武器には、使用する者が必要だ。
ライオネルスとの戦いの最中でアムルゲートがバレンティナに言った言葉。ヴァーブルはそれを知らない。
魔王アムルゲートが、魔物によって利用された武器、兵器とするならばアムルゲートのいうことにはなんとなく得心が言った気がした。
クォオオオオオオオオオオオオオオオオ――!
空気を揺るがす何かの咆哮が周囲一帯を覆いつくす。
「ヒ、ヒヒーン!」
「きゃっ!」
バレンティナが駆るジンジンがそれに驚いたように前足を高く上げ、上のバレンティナは地面に落ちてしまった。
「バレンティナ!?」
『怪我は……ないな。動けるかバレンティナ?』
「痛たたた……アタシは大丈夫だけど、一体どうしたのジンジン?」
ジンジンは大きくいななきながら荒野の中を突き進んでいき、その中のとても大きな岩の影で腰を下ろした。
バレンティナはヴァーブルの後ろに飛び乗ってそこまで行くと、意外と広いその空間に身を潜めた。
ヴァーブルは岩陰から青空を見上げると苦々しそうに舌打ちする。
「グランギアが近づいて来たってわけか。ドラゴンが来てやがる……これは当分は動けねえぞ」
バレンティナもヴァーブルが見ているあたりを目を凝らして見てみると、青空より少し濃い色の鱗に包まれた両翼が羽ばたいているのを認めた。
「そういう習性があるの?」
「いや、あいつらが地上から見えるくらいだと、なんの障害物がなければ地上の生物は丸見えだ。ドラゴン自体はテメエと俺で倒せはするだろうが、死体を処分するのも手間だから俺たちの場所を教えてしまうことになる。大体、俺の鎧が未知数すぎる」
「……色々考えてるんだね、ヴァーブルも」
バレンティナがヴァーブルの顔を覗き込むと、ヴァーブルは赤面しながらフンと鼻を鳴らす。
「ったりまえだ! 失敗なんてできないからな……ん? バレンティナ、お前俺の尻触ったか?」
「いや、何言ってんの? そんなことするはずないじゃない」
『我もそんな趣味はないぞ?』
「ヒヒヒン……」
バレンティナとヴァーブルは恐る恐る後ろを見るとそこには、小さな人影が一つ。
「こっち。来て」
銀髪のあどけない顔立ちの子供が、手招きしながらこちらを見上げていた。
「どうしてこんなところに子供が……ねえ君、どこから来たの?」
「あたいは、下から来たの。今、上危ないから、こっちに来て」
抑揚のない声でその子供は何度も言葉を続ける。
その背後には、大きな空洞が見えた。
「どうする?」
「どうするもこうするも……ん?」
不意に後ろから岩陰に僅かに差し込んでいた陽の光が遮られる。
後ろを見れば、艶のある青い鱗と白い牙が覗いていた。
「ゲッ……気づかれた!!」
「危ない!」
バレンティナは咄嗟に子供を抱き寄せた。
その瞬間、猛烈な息吹が岩陰を襲い一行は空洞の方へ吹き飛ばされた。
「あぶねえあぶ……バレンティナ!?」
「あ……!」
ヴァーブルと馬達は踏みとどまったが、バレンティナだけは子供と一緒にそのまま真っ逆さまに暗闇の中を落ちていった。
「アムルゲート!」
『応っ!』
空中で叫ぶバレンティナに呼応して鎧の両肩から巨大な爪が生えるとそれを壁に突き刺して、バレンティナの落下は止まった。
「ふぅ……これでなんとか」
その壁に縄梯子がかかっているのを確認すると、子供を抱えてない方の手でそれを掴む。
「ありがと、姉ちゃ。差し支えなかったら、下に、来てね」
銀髪の子供はバレンティナの懐の中でにっこりと微笑むと、そのまま身軽な身のこなしでするすると下へと降りていった。
「下、か……」
もしかしたら、彼女はコナンが言っていた邪教徒の関係者なのかもしれない。
それでも、何とかなるかもしれないし、アムルゲートについてより知ることができるかもしれない。
バレンティナは縄梯子を昇っていき、ドラゴンを追い払ったヴァーブル達に無事を知らせ、彼らを下の空間へと導いた。
縄梯子を降りきると、薄暗い広場のようなところで黒い聖職者然とした服を着た老若男女がバレンティナ達を出迎えた。
その中で一歩前に出ている眼鏡をかけた筋肉質な男はその場に跪いて大きく頭を下げた。
「私達の子を助けて下さり感謝します、アムルゲート様。ここはカタコンベ、アムルゲート様を崇拝する教徒達の住まいです」
『どうしてだ』
アムルゲートは声を震わせる。
『どうして、
広場の中心には巨大な壁画があり、そこには一つ目に一対の角を生やした大男が人間たちに囲まれて両腕を広げている様子が描かれていた。
魔装勇者 ~魔王を装備したら真の勇者になれますか?~ 浅門汰斗 @tightmad
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