第5話『仕合 ~戦士よ武器を取れ~』後編 

   *


『勝者、勇者コナン・ウロボロス!』


 順調だ。順調に奴は勝ち進んでいる。


 人間共には決してわからんだろうが、私にはわかる。


 奴が、忌々しきヴァーブル・フォールティであることが!


 元々は我が尖兵を作るための方便だった『銀の武装』であったのに、まさかその一発目の武道大会で奴が現れるとは、真に私はツイている!!


「バリュージャ様……あなたの仇は、必ずやこのリューグが取りましょう」


 そう、心の中で繰り返した。


   *


「やっぱりヴァーブルって強いんだね。改めてそう思ったわ」


「当たり前だろ? 腐っても魔武衆を二体も倒してるんだよ俺は。それに、武器が壊れる心配をしなくて済むのはとてもいい」


 銀の武装アムルゲート争奪トーナメントが始まってから3日が経った。


 ヴァーブルは順調に勝ち進み、あとは明日の朝一番に決勝戦を残していた。


 バレンティナとヴァーブルとコナンは、コナンの部屋で卓を囲んでいた。


 窓の外は夜の闇が広がっている。


 コナンの傷や毒はある程度癒えて、何とか身体を動かせるようになっている。


「戦いぶりは見させてもらいましたがね、いい拳ですよヴァーブルさん。こりゃあオレの出番はなさそうだ」


 コナンは盃の酒をちびりと舐めながら、穏やかな表情でヴァーブルを見た。


 酒はコナンのファンだという街の酒場の主人からヴァーブルが受け取ったものだ。


「武装も、いらないんですか?」


「ええ。色々考えたんですがね、手前自身が戦うよりも、他に出来ることがあるのではないかと。オレも戦士としてはだいぶ年ですしね」


「……出来ること、ですか」


「ヴァーブルさん。あなたはこの大陸に縁がある方でしょう? 出来たらここで教えてほしいのです。俺が思った通りならば、オレもこの内心をあなたに告白できる」


 ヴァーブルは目を見開いて数瞬思考したのち、口を開く。


「わかった。そういえば、バレンティナにも詳細は話してなかったな」


 ヴァーブルは滔々と話し始めた。


「俺の本名はヴァーブル・サマル・グランギア。グランギア王国の第一王子として生まれた」


「偉い人だとは思っていたけど王子様!?」


 バレンティナは驚いて素っ頓狂な声をあげる。


「だが、コナンさんが言っていた通りグランギアは魔武衆が一騎、エリーザが率いる軍勢によって征服され、俺は側近のフォールティ卿夫妻と共にグランギアを脱出した」


「確か、14年ほど前でしたね、あれは」


「ああ、俺が7つの時だった。それで、フォールティ卿夫妻と一緒にサウサリアの外れまで逃げて隠れ住んでいたが、やがて二人とも殺されてしまってな。それで食い矜持を得るためにノーサリアのブレイブ王国まで流れて勇者候補になったってわけだ」


 そこまで聞いて、バレンティナはヴァーブルがガーニッシュについてからそれまであった軽薄な印象が薄れたことの理由がなんとなく分かった気がした。


 ヴァーブルの心境を考えれば、精神的に余裕がなくなってそんな態度を取ることが難しくなることは容易に想像できた。


 ヴァーブルは言葉を切ると、そのままコナンの方を見る。


 コナンは、両眼から滝のように涙を流しながらヴァーブルを見つめていた。


「やはり王子殿下でしたか! 確かに父王陛下の若いころとよく似ていらっしゃる……!」


 立ち上がって近くまで行って両手でヴァーブルの手を握ると何度も首を垂れる。


「ならば……オレがこの街の戦士達を参集してヴァーブル様の下へと連れて参りましょう」


「ありがたいが、コナンさんがやって大丈夫なのかよ? 一回命も狙われてるんだしさ」


「そうだよ、せめてこの大会が落ち着いてからにした方がいいと思う」


 バレンティナとヴァーブルが心配するのは、トーナメントが終わった後に銀の武装と言われているものを狙ってコナンやヴァーブルを襲撃する人間がいないとは限らないと思ったからだった。


 しかも、その大会の運営に魔物が絡んでいると推測されればなおのこと深刻だ。


「そういえばバレンティナ、色々探ってたみたいだけど実際のところどうだったんだ?」


「ああ、それなんだけどね……」


 歯切れ悪くバレンティナは口を開く。


 大会の開始と共に、バレンティナとヴァーブルはそれぞれの行動を開始したのだが、お互いに多忙であったため三日後の今になってやっとまともに会話する機会ができていた。


「結論を言うと、そのような武具は見つからなかったんだ」


「なんだって! じゃあ、この大会で景品にする銀の武装とやらも完全な嘘ということか」


「話は最後まで聞いて。ヴァーブルさ、バリュージャって覚えてるよね?」


「ああ、俺が以前倒したアポリーを支配していた魔武衆だな。それがどうかしたか?」


 ヴァーブルは懐かしむように虚空を見上げながら右の耳に触れる。


「アムルゲートとも話したんだけど、どうにもこのルメールに潜んでいる魔物が、そのバリュージャの配下の系統の魔物なんだよね。具体的に言えば、蛙。なんだっけ、フロッグイーターが山ほどいたんだ」


「フロッグイーター、だと!?」


「なんと、魔物がこの街に!? そんなバカな、そんなことに気づけないとは、オレも衰えたのか……」


 ヴァーブルは目を剥き、コナンは狼狽してバレンティナの話に聞き入る。


 バレンティナはそれに肯定するように頷く。


「魔物がこの大会を運営していたと考えるのが自然だ。でも、たとえそうだとしてもヴァーブルは最後まで戦うべきだと思う」


「どうしてだ? アムルゲートの意見か?」


「違う、これはアタシの考え。アムルゲートは大会なんてほっぽってさっさと運営のところに殴りこむべきっていったんだけど」


『そうだ、何も人間達の目につくところでこの大会の主催たる魔物に戦いを挑んで色々と吐かせるのは非効率的だ。ただでさえ銀の武装について歪んだ情報が伝わってしまっている。これ以上の魔物達の狼藉を許すわけにはいかぬ』


 アムルゲートはこの問題が長期化すること自体を忌避していた。


 原因を早急に断ち、銀の武装についての噂もうやむやにしようと考えた。


 しかし、バレンティナの意見は違った。


「ヴァーブルがコナンとして優勝して、それで皆の前で『銀の武装』を受けとる。そこでグランギアへの対抗を呼び掛ければ応えてくれる人もたくさんいると思うんだ。このルメールには魔王軍にやられた人間がいっぱいいるんでしょ?」


『とはいえ、決めるのはバレンティナとヴァーブルだ。好きにするといい』


 アムルゲートは半ばあきらめたような声音でバレンティナとヴァーブルに投げかけると、反応することを止めた。


 自分の我を強制することはしないんだな、と内心奇妙に思いながらヴァーブルは二人に目配せすると、口を開いた。


「最後まで、俺は戦う。戦って、この大会の主催の人間の化けの皮を剥ぎ取ったうえでエリーザへの反抗を表明する」


 静かで、それでいて意思の籠った言葉に、バレンティナとコナンは優しく微笑んだ。


   *


『さてさて、たくさんの挑戦者も今は二人を残すのみとなりました本トーナメント! 只今より両者入場です!!』


 調子のいい実況の声と、四方からの揺れるような歓声が闘技場を包んでいた。


「こんなに良く見える席をもらえたなんて、よかったねコナンさん!」


「ええ。まさか運営の方から二席用意してもらえるとは。別に呼ぶ親戚も仲間もいないんですがねえ……魔物なりの気遣いって奴なのかも」


「多分一緒に行動しているアタシやヴァーブルの分だと思いますけどね」


『そりゃあ、とんだ気遣いだな』


 バレンティナの隣に座るコナンの風貌は髑髏のような形の口元以外を隠す鉄製のメットにそれに合わせたような骨の装飾が入った鉄製の鎧だ。


 今日は銀の武装争奪トーナメントの決勝戦。彼こと、コナン・ウロボロスがファイナリストとして参加するのだから、素顔をむやみに晒さないために慌てて準備した次第である。


 ふと、歓声がどっとより大きくなる。下の砂の戦いの舞台を見ると、戦士が二人入場していた。


 一方が、鉄仮面に鋼鉄の鎧を身に着けた見た目は丸腰の戦士、コナンことヴァーブル。


 もう一方は、金髪を頭の両側で三つ編みにした獣耳の筋肉質な女だ。


 バレンティナはその姿を見て眉を顰める。どうにも見覚えがあった。


 すぐにアムルゲートへ語りかける。


「ねえ、あれってポルトギーゼにいた獣耳の女じゃない?」


『……ああ、そうだなあれは。容姿も背格好も完全に一致する』


 二人の困惑をよそに、実況による紹介が始まる。


『赤コーナー! かつて爆裂竜王ボルーガを打ち倒した勇者! コナン・ウロボロス――!!』


「コナンさーん! 頑張ってー!」

「グランギアと、勇者コナンに栄光を!!」

「俺はアンタに全財産賭けたぞ! こんな軟弱な女子なんてぶちのめしちまえー!!」


 鉄仮面のヴァーブルが片手をあげると、あちこちから声援が起こる。


 色んな人がいるんだなあとバレンティナが思っていると、もう一方の紹介が始まる。


『青コーナー! 正体経歴一切不明! 謎のグラップラー美女! ジャンヌ・トゥグル!』


「可愛い! 凄く可愛い!!」

「女の子なのに筋肉質なのが実にいい!!」

「多分魔物だろうけど俺にとっては関係ない! 愛してるよー!!」


 野太い声援に茶色い獣耳のジャンヌと呼ばれた女は両手を振って応えながら、その視線はバレンティナを捉えていた。


「ねぇ、こっちをすごく見てるんだけど……もしかして気づかれてる?」


『注意しろよ。アレは間違いなく魔物で……しかも強い』


 二人は、息を呑んでジャンヌの一挙手一投足を注意深く見つめた。



「テメエ、どこかで見たことがあるな? さて、どこだったか」


「さぁねえ? でも、あんたは別に見逃すつもりは全然ないんだ。むしろさっさと始末したいくらいだよ」


 ジャンヌは両手をボキボキ鳴らしながら笑みを浮かべる。


 鋭い獣の眼がヴァーブルを貫く。ヴァーブルはそれに僅かな恐怖心を抱きながら鋭い目つきで睨み返し、両拳を握りしめる。


「それはこっちのセリフだ。もし俺が勝てばテメエの正体とあの日ポルトギーゼに来た小僧のことは洗いざらい教えてもらうからよお、覚悟しな!」


「はっ! ほざいてろ――」


『両者戦闘意思を確認! では、決闘開始!!』


 銅鑼の音と歓声と共に、ジャンヌはヴァーブルの眼前に一瞬で近づく。


「ヴァーブル・フォールティ、あんたを殺す!」


 驚愕に胸が支配されると同時に、差すような痛みがヴァーブルの顎と脳天を襲った。


 気づけば全身が壁に叩きつけられていて、マスクののぞき穴の向こうではジャンヌが拳を振り上げていた。


「なんて奴だ、こいつ!」


 ヴァーブルは軋む身体を奮い立たせながら斜め前の地面に向かって身を転がす。


 背後で、壁の建材が砕ける音が聞こえた。


 ヴァーブルは片手で地面を掴むと身を反転させ、その手と腕をばねにして身を起こす。


 そこに振り下ろされる足の一撃を両手で受け止めて、そのふくらはぎをがちりと掴んだ。


「やっと捕まえ――」


「隙だらけなんだよ、死ねこの野郎!」


「がぁああ!」


 投げ飛ばす前に、ヴァーブルの側頭部に蹴りが炸裂し、ヴァーブルはよろめく。


 仮面が軋む音が、ヴァーブルの耳に響き渡る。


 しかし、その手は離さない。


「俺は、グランギアを……両親を救うんだ! こんなところでくたばってたまるかよ!」


 雄たけびと共に、足を持ったままジャンヌを後方の地面に叩きつける。


 ジャンヌは顔面から落下し、呻き声をあげる。その下からはどくどくと鮮血が流れて地面に染みていく。


「コナンこの野郎! 女の顔を傷つけるのが勇者なのかよ!」

「暴力的よ、酷い!」

「勇者なんて名乗るんじゃねえぞこの糞野郎!!」


 観客席からは悲鳴と怒号が上がる。その大半が、ジャンヌの容態を心配するものだ。


 バレンティナはそれを闘技場に来てまでいうことなのかと呆れ、コナンは肩身が狭そうにあちこちの人々の顔色を窺っていた。


『あっーーーとこれはいけない! ジャンヌ選手酷い流血だー!』


「お、おい――」


 大丈夫か。

 何故かヴァーブルはそう声をかけようとしたが、それは届かなかった。


「グルルラアアアアアアアア!!」


 咆哮が響きわたり、光が一閃。


 カランと金属の音がしたかと思うと、ヴァーブルが身に着けていた鉄仮面と鎧が真っ二つになって地面に落ちる。


「な、なんだよこれは……」


 ヴァーブルはそんなことよりも、目の前にいるジャンヌの様子に目を驚愕に染め上げていた。


 鮮血を顔面からダラダラ流しながらも、その眼を爛爛と輝かせてジャンヌは立っていた。


 両腕は肥大化し、腕に付いた籠手ははじけ飛んでいた。


 バレンティナは最前列まで走ると、その淵で身を乗り出して叫んだ。


「ヴァーブル! そいつは危険よ! 無理だけはしないで!!」


「無理だけ? 出来るかよそんなこと。そいつは俺が倒……んん?」


「グルルルルアアア……グルウ!」


 ヴァーブルは両拳を握りしめて身構える前で、ジャンヌは周囲を見渡しながら荒い息を幾度も吐くと、そのまま高く跳躍し、観客席に飛び移ると、雄たけびと共に走り去ってしまった。


『これはジャンヌ選手……試合、放棄ですね! コナン・ウロボロス? 選手の勝利です! 優勝です! おめでとうございます!!』


 白けた空気が闘技場中を流れたが、誰かが拍手をしたかと思うと、それに続いて段々とそれは大きくなっていった。


「何だったんだアイツは、急にいなくなりやがって」


 ヴァーブルは歯軋りしながらジャンヌが消えていった方を横目で見ながら、観客席の最前列にいたバレンティナとコナンに手を振った。


『では、主催のリューグ・ホルン様から優勝賞品である銀の武装アムルゲートが贈呈されます。では、お願いします!』


 実況の声に合わせて、ヴァーブルの前に黒いローブを頭から被った長身の男と、その背後で一枚布の男たちに引かれる黒い幕に覆われた巨大な箱が現れる。


「結果は相手の試合放棄という形で、納得しない者もいたかもしれないが、私は素晴らしいと思ったよ! 圧倒的な敵に対してそこまで無謀に対抗する気力とあり方は、私が好意を抱くものだよ!」


 黒ローブの男は、両腕を広げながら芝居がかった口調でヴァーブルに語り掛ける。


「そいつはどうも。で、それが銀の武装アムルゲートか?」


「いかにもそうですよ、コナン・ウロボロス。ではこちらに来て私の前で装備してみせてください」


 リューグ・ホルンが細い腕を振るうと、幕が外され観客の歓声が上がる。


 それは、鎧と長柄の武器だった。


 いずれも灰色基調で、鎧の至る所に牙の意匠が形作られた。


 その左肩から管が伸びて武器に接続されている。


 長柄の武器は先に大きな刀がついており、他の世界では冷艶鋸や青龍偃月刀と言われている武器に酷似していた。接続された管は、刃の付けねあたりの四角い物体につながれていた。


「ねえアムルゲート、アレって鎧だし銀の武装じゃないよね?」


『どう見ても違う、アレは贋作だ』


 鎧と武器を捕捉したアムルゲートは苦々しく言う。


 同じく銀の武装を装備したことがあるヴァーブルにとっては、それは底知れない雰囲気を感じはするが、銀の武装とは異質であるものだと感じていた。


「どうしました? 何か問題でも?」


 リューグは何食わぬ顔で不信感を顔に募らせるヴァーブルを不愉快そうに見る。


「これは、銀の武装ではないな。テメエ何者だ!」


「知られてしまったらしょうがない! 嫌でも装備してもらうぞヴァーブル・フォールティ!!」


 ヴァーブルが敵意を向けた瞬間、リューグが指を鳴らすと、鎧がひとりでに動き出しヴァーブル目掛けて飛んでいく。


「なんだこれは!? それにどうして俺の名を!」


「これぞ古代都市に秘されし禁断の兵器! ヴァーブル・フォールティ、我が主バリュージャ様の無念を刻みつけながら自壊するといいわ!」


「そうかやはりテメエはバリュージャの! それでこの武装は!!」


 ヴァーブルの言葉が終わる前に鎧がその全身を包み込む。


 高笑いと共にリューグの黒衣がバリバリと剥がれていくと、そこに現れたのは両手に武器を持ち、細い口にひょろ長くねじれた体を持った異形の魔物だった。


 それはタツノオトシゴに酷似していた。


「我が名はリューグ! 今は亡き牛鬼騎兵バリュージャが忠実なる配下、海馬騎士リューグである! フロッグイーターども、我が下に集え!!」


『グルルルルルルルルル!』


「な、なんだ! 魔物だ! 魔物がいるぞ!!」


 一枚布を着た大会の運営の関係者の体が崩れその姿を巨大な蝦蟇へと変えていく。


 観客たちは悲鳴をあげながら我先にと闘技場から逃げようとする。


「いけない! コナンさんはここで待ってて!」


「あ、ああ!」


 バレンティナは魔物達とヴァーブルがいる舞台へと飛び下りる。


 しかし、蝦蟇たちはそんな観客やバレンティナには眼もくれずにリューグの周囲に降り立つ。


「ゲロゲロ。うまくいきましたねリューグ様。これで強き人間を我らが尖兵にすることができましたな」


「フハハハハハ! バリュージャ様が隠していた古代の兵器をちょろまかしてこれまで取っておいたかいがあったというモノ! まさかバリュージャ様とドグマリスを倒した戦士を素体にできるとはなあ!」


 おかしくてしょうがないといった感じに身を震わせるリューグの目の前で灰色の鎧に全身を包んだヴァーブルが立ち尽くしていた。


 一行はニヤニヤしながらその眼の前に近づく。


「ゲロゲロゲロ! これならば、この大陸に大威張りしているエリーザだっ――」


 フロッグイーターの首が寸断されて、明後日の方向に落ちる。


 一行は驚いて首のなくなった同法の方を見た。それが致命的だった。


「ぷえ?」


 突如襲い来た無数の魔力弾がリューグとフロッグイーター達を貫いて風穴を開けた。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 灰色の甲冑を纏った戦士は、全身から魔力弾を放出しながら咆哮する。


 しかし、その声は段々と弱々しくなっていき、戦士はその場に倒れ伏した。


「ヴァーブル!?」


 魔力弾の直撃を運よく避けたバレンティナは、ヴァーブルの傍におっかなびっくり近づいて様子を窺う。


『……魔力を使い切って、気絶しているようだ。それにしてもこれがまさか現存しているとは』


「生きているんだね! それならよかった」


 バレンティナは、ヴァーブルのだらりと脱力した体に肩を貸した。


 海馬騎士リューグとその一味は、ヴァーブルが放った魔力弾によって完全にこと切れていた。


 こうして銀の武装争奪トーナメントは、終わった。


 結局ヴァーブルが戦士達に自身の名を明かして、反グランギアを標榜して参集する、といったことはできなかった。


 一行は闘技場内の空き部屋に身をひそめると、そのまま一晩を明かした。



   *


 薄暗闇の中で、一つの小さな影が浮かんでいる。


 その頭部には巨大な角を冠した黄金色の鱗がついた兜を被り、凹凸の少ない体はビキニアーマーに包まれている。背中には、怪物の足を模した造形が刃の付け根に付けられた身の丈以上のサイズの銀色の鎌が輝いている。


 肩くらいの赤毛の髪を指でいじりながら、目の前の光がともった四角い板を見つめていた。


「エリーザ、最近元気がないね。どうかしたのかい?」


「うーん、別に大したことじゃないんだけど、面倒事が多くてね」


「それは大変だ。ボクも頭がいたくなるようなことが最近会ってドタバタだよ。お互い、苦労しちゃうね」


「ええ、その通りねトゥルーガ。本当に、『頭』が痛いわ。それじゃあ、もう私は寝るから」


「え? もう終わり? もう少――」


 深くため息をつく。


 この胸騒ぎはなんだ。この苛立ちはなんだ。


 入ってくる様々な情報に胸がかき乱される。


 城のバルコニーに出ると、冷たい夜風が彼女の体に刺さる。


 その感覚は、あんまりいいものじゃないけど。


 それが、生きているということなんだと、エリーザはやっとわかるようになっていた。


「ああ、どうしてこんなに会いたいんだろう。彼は、私を憎んでいるに違いないのに」


 群青色の瞳が、完全な闇に包まれた城下町と、彼方の山を映す。


「会いたいよ、ヴァーブルお兄ちゃん」


 その声を、誰が聞いたか。


 一つの大きな影が、月に照らされた夜空を飛んでいった。

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